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12・《どうでもいいじゃないか》

 末藤に真実の一部を明かす事は、太陽の独断だった。

 もちろん、共犯者である高嶺や月花の事を洩らすつもりは毛頭ない。

 二人の事だけは絶対に秘密にしておくつもりだ。

 どうやって二人の事を隠しながら、コンピュータに無知な末藤に説明するかを考えながら太陽は口を開く。


「僕は間黒が追試の前日にテストを作る事を知った。だから、ソレを利用する事にした」


 テストを作成したならば、印刷しなければならない。

 その為には、家で印刷してきた物を学校でコピーするか、職員室のパソコンからプリントアウトするしかない。

 猜疑心の塊である間黒が前者の方法を取る事は考えられなかった。もし紛失や盗難が起きた場合、取り返しがつかないからだ。


 学校にデータを持ちこむ方法は、メールに添付するか外部記録媒体(メモリ)を携帯するか。

 太陽は以前、間黒がUSBメモリを持ちこみ、職員室で書類仕事をしているのを確認していた。

 ならば、間黒がテスト問題を学校に持ち込む方法は外部メモリの持参しかない。

 太陽はそこに目を付けた。


「コンピュータウィルスを目一杯詰め込んだUSBメモリを、間黒の物とすり替えたんだ」


 実際にすり替えたのは高嶺千晶だが、黙っておく。

「ち、ちょっと待ってくれ」

 説明を続けようとした太陽を、末藤が制止する。


「確かにソレならウィルスはばら撒かれるだろうけどテストはどうなるんだ? すり替えちまったらテスト問題はお前の手に渡っちまうんだから色々とヤバくないか?」

 末藤は軽率ではあるが馬鹿では無い。

 彼の言う通り、テスト問題がウィルスとすり替わっていたら、何らかの事件を連想するだろう。

 今の世の中、大学入試のカンニングが刑事事件として取り扱われる時代なのだ。

 当然、太陽も対策を練っていた。


「僕がすり変えたのはテスト問題の入ったメモリじゃない。テスト問題を作る前のメモリさ」

「は? なんでそんなモンを?」

「ちょっとした仕込みだよ」

 ウィルスが詰め込まれたUSBメモリは、中身を見ただけでは何もデータの入っていない白紙(ブランク)状態だ。

 平常時なら、データの消失(ロスト)を疑うだけだろう。何せ見た目は全く同じ物体なのだから。

 データの消失を惜しみながらも、間黒は自宅でテストを作成し、USBメモリを使って学校に持ち込む。そうすれば、ウィルスに感染したテスト問題が学校中にばらまかれる事になる。


 コンピュータに関して完全に素人の末藤に説明するのは骨だったが、どうにか分かってくれたようだ。理解が早くて助かる。

 そして、理解した彼は太陽の予想通りの質問を投げかける。

「ウィルスをばら撒いたからって間黒がエロ画像をアップロードしてたって事にはならないだろ? だってウィルス渡したのはお前だし」

「だから言ったでしょ。あくまでも仕込み。容疑に説得力を増させるだけの理由しか無いんだ」


 そう。メモリをすり変えたのは本命では無い。

 間黒が逮捕された容疑は児童ポルノである。

 そして、間黒はファイル共有ソフトとは無縁の生活を送っていた。 


「アイツが何か共有ソフトを使ってれば話は早かったんだけどね。そう言う事実は無かったよ」

「無かったって……どうやって調べたんだ?」

「空き巣」

 さらり、と言い放った太陽の言葉に末藤の顔が青ざめた。

「定年前のあの年で一人暮らしらしいからね。留守の時間を狙うのは簡単だったよ」

 追試の前日、高嶺千晶が持ち前の《技術》でUSBメモリを月花が用意した物とすり替えた。

 そして、午後に体調不良を理由に早退して貰う。


――《本当の目的》を達成するために。


 空き巣と言っても別に何かを盗むわけではない。ただ、少し置いてくるだけだ。

 月花特製の《プログラム》を。


「って事は、協力した奴がいるって事だな? お前はずっと学校に来ていたし、それに――」

「協力者はいない。詮索は禁止だよ。例えいたとしても、話す訳にはいかない。何が起きても庇えないよ?」

「……分かった」

 特に、物騒な思考をする先輩だけは太陽に止める事ができる気がしなかった。

 不満顔の末藤だったが、正体不明の犯罪者集団に怯えてか表面上は納得してくれたようだ。


「話を戻すね。プログラムの内容は、一言で言えばさっき言ったファイル共有ソフト。オープンソースの物を少し改造した」

「おーぷんそうす?」

「ソースって言うのは、設計図みたいなものだよ。それが公開に(オープン)されてるから、知識がある人はソースをもとに改造したりできる」

 改造と言っても、追加した機能はほとんど無い。後はソフトに備え付けのものを利用した。

 パソコンと同時にファイル共有ソフトも自動的に起動させる機能。

 常にバックグラウンドで動作する機能。

 そして、入力した文字列が含まれた動画を自動的にダウンロードする機能。


「分かりやすく言うと、持ち主にばれないようにパソコンが勝手に児童ポルノをダウンロードし続けるソフトをインストールしたって事」

「間黒に黒い所が無いから、作ったって事かよ」

 顔をしかめ、抗議の顔を向けられる。胸が痛んだ。

 末藤は、《善人》すぎると太陽は感じている。

 先ほど告白した表面上の人間関係。他人に耳触りの良い言葉。どちらも傷つける事のない《優しさ》とも言い替えられる。

 だからこそ、例え間黒のような人間であろうと、罪を擦り付ける事に加担した事に罪を感じているのだ。


「自動的にダウンロードされ続けるポルノ動画。学校のウィルス騒ぎ。そして、匿名の告発文。全てがそろった時、警察が動かざるを得ない揺るぎない証拠になる」

 告発文書は思いつく限りありとあらゆる場所にばら撒いた。勿論、送り主が特定されないよう細心の注意を払って、だ。

 何かの弾みに警察が来ても知らぬ存ぜぬを通す自信はある。

 警察や検察の仕事は《容疑者を有罪にする事》なのだ。都合の悪い事実は闇に葬られる。


 所詮、公務員。サラリーマンなのだ。テレビドラマのように誇りを持って法の番人を務めている人間なんて一握りもいない。


 日本における容疑者の有罪率は、国際的に見ても尋常ではない。逮捕される=有罪の図式がほぼ出来上がっているのだ。

 平和な日本の高い犯罪検挙率には、間違いなく多くの冤罪が混じっていると言っていいだろう。

 さらに、現職の教師の児童ポルノ規正法違反となればマスコミも大騒ぎをする。隠しだてするわけにもいかない。


「けど、間黒はどうするんだよ。アイツ、何もしてないのに刑務所に入れられちまうんだろ!? それって、やっぱおかしいだろ!」

 末藤が肩に掴みかかり、吼える。

 真っ直ぐに目を合わせ、彼自身の持つ倫理を説いてくる。


 しかし、太陽の考えは違った。


 太陽は、凍りつくような冷たい声で――


 痛いほどの純粋な眼差しで――


 末藤の本心に応える為の《本音》を放った。


「あんな奴、刑務所に入ったって――」


 太陽の放った言葉は、「刑務所に入ったって構わない」ではなく。


「刑務所に入ったって紗耶香が戻ってくればいい」でもなく。



「――どうでもいいじゃないか」



 間黒修光という人間に対する無関心だった。

 別に、間黒が有罪判決を受けようが受けまいが関係ない。

 例え無罪判決が出たとしても、逮捕された以上世間的には犯罪者だ。もう、二度と自分たちの前に姿を現す事は無い。

 全てが終わった以上、太陽にとって間黒の事はどうでも良かった。ただ、多くの人を傷つけて生きてきた罰を受けただけなのだ。


 しかし、末藤の考えは違ったようだった。

 何故か、表情が凍りついていた。


 まるで、人間では無い《バケモノ》を見てしまったかのように。

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