プロローグ
「おばちゃん!おはよう」
「あら、アキくん。おはよう」
時間は朝の9時だったような気がする。夏休みに、そんな早い時間に起きていたのかと思うとわれながら感心する。
その頃のぼくの朝は、必ずと言っていいほど〝家族〟で朝食を食べていた。まぁ家族と言っても、その頃のぼくは親戚の家へ預けられていたので家族とは親戚の家族のことだった。
昔父さんは、ほとんど出張で家にいなかった。なので長期休暇は、いつも親戚の家に預けられていたのだ。
「アキくんは、大人になっても私のことを覚えていてくれるのかな?」
「え?どういうこと?」
そんな会話をしたことも覚えている。
そう、あれは確かおじが経営している民宿の一室で、近所の子供たちが集まったときのことだった。
その辺りは、子どもが多く、遊び相手がたくさんいた。
その中に、高校生のお姉さんがいた。
ぼくは、その人のことが好きだったのかもしれない。だからその人のことを鮮明に覚えているのだろうか。
そんな人と、会話したときの話だ。
「成長って結構早いんだよ?あっという間に高校生だもん、来年はもう大学生。あぁ~あ、私もアキくんみたいに夏休みしたかったな」
「お姉ちゃん、そんなこと言ってると年寄りって言われるよ?」
「う、うるさいなぁ!そんなことないよ!私は、華の高校生だもん。ガキンチョには言われたくない」
そんな姉妹喧嘩を聞いていた。その子達は、親戚の子ではなく近所の子だった。
「ぼく、またここに来るよ。だから、また会える。そうしたら、きっと忘れないよ、姉ちゃんも、友貴も、孝兄も、冬人も」
そう、言った。
みんなの顔を見て、そう言った。
「もちろん、おじちゃんもおばちゃんも、この街の他のみんなも絶対に忘れない」
「は、恥ずかしいぜ」
孝弘は照れながら答える。
「うん、ありがとうねアキくん」
そうだ。
ぼくにとって、あの夏休みは輝いていた。
ぼくにとって、あの夏休みは世界そのものだった。
毎日が発見で、探検で、成長だった。
ぼくはそんな毎日が、あって当たり前だった。
今だからこそ思う。
あんな日はもう、戻って来ないのだと。ぼくは恵まれていた。人に、環境に、世界に。
そんなことを思いながら、電車に揺られるぼくは、窓の外を見る。
あれから、10年。かなりの時間がたってしまったが、それでも夏のあの景色だけは、変わらずに残っているようだった。
「・・・懐かしい、潮の香りがする」
今まさに、ぼくの、高校二年生のぼくの、夏休みが始まろうとしていた。