3.螺旋階段
天を見上げてみるも、其処には天は無く。
地を見下ろしてみるも、其処に地は無い。
ただ、立っている事に違いは無いのだが、地に足が着いているのかという話になると如何せん答えようがないのだ。
上も下も、左も右も。
結局のところ、大多数の人がその漠然とした概念を信じているだけで。
もしかしたら…そう、本当にもしかしたら。
全員が全く違う景色を見ているかもしれないじゃないか。
螺旋階段、そう呼ばれている塔のような物に近づく。
全てが黒の闇の世界にありながら、一際異なる存在感を示している塔。
上りきった先には一体何があるのか。
以前塔の近くに散歩しにいった時に拾った色のついた腕時計。
何かの衝撃で秒針が取れていた。
という事は、腕時計に衝撃が加わる高さから落ちてきた事になる。
あの塔の上には…確実に「何か」がある。
今とは違う、新しい「何か」が。
見てみたい。
感じてみたい。
触れてみたい。
確かめてみたい。
最初はほんの好奇心であった、しかし次第にソレは紛れも無い願望へと変わっていった。
今の私の腕にはこの世界では在り来たりな真っ黒な腕時計。
正しい時刻を指しているのだろうが、文字盤も黒いので何時なのかが分からない。
いや…仮に時刻が読めた所で、それは一体何を基準とした時刻なのだろうか。
何でもかんでも同一色に染め上げられた世界に不自由はない。
仲間はずれも無い。
だが、しかし。
変化がない。
皆、一様に変わる事を恐れているのだろうか。
変化を加えようとしていない。
私は変化が欲しい。
私は皆と違うという安心が欲しい。
同一は耐えられない。
皆と同一という事は、代わりが利くという事だ。
此処に、私がいなくてはならない存在理由にはなり得ない。
私は、私だけの私になりたい。
私。
私は私。
私は…本当に私…?
私は…
私は…
私は…
塔が近づいてきた。
間近で見上げると本当に大きな建物だ。
一体誰が、何の為にこんな建物を作ったのだろうか。
期待と不安に胸の鼓動が高鳴るのを感じつつ、私は階段を一段、また一段と踏み締め登っていった。