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勇者パーティーを追放された俺、魔王討伐の請求書を国王に送り返したら世界が静かになった

掲載日:2026/09/03

## 戦略SS


### 返送先は、王様でした


 勇者が魔王を倒した日、俺は勇者パーティーを追放された。


「ハル。今日で終わりだ」


 魔王城の崩れた玄関前で、勇者レオンは聖剣を鞘に収めた。その顔には、勝利の笑みが浮かんでいる。俺の背後には食料袋や回復薬、予備の武器と魔石が積まれていた。勇者一行が壊した天幕まである。


「終わりって、何がですか」

「お前の仕事だよ。魔王を倒したんだから、もう荷物持ちはいらない」


 レオンはそう言って、俺の足元に黒い封筒を投げた。


「これは?」

「王城へ届けろ。討伐後の事務処理だ」

「報酬ではなく?」

「お前に報酬を払う契約なんて、最初からない」


 聖女のエマが目をそらし、弓使いのロイが鼻で笑った。

 俺は拾った封筒を見つめる。

 俺の固有スキルは【返送】だ。手渡しや投擲、契約で送られた物を、差出人へ送り返すだけの力である。受け取っていない物は返せない。生き物も返せない。剣も振れない。

 だから俺は、戦えない荷物持ちだった。


「せめて最後の仕事くらいはしろよ」


 レオンは俺の肩を叩いた。


「王様に届ければ、孤児のお前でも職くらい見つかるかもしれないぜ」


 それだけ言うと、勇者たちは魔王城を去っていった。

 俺は黒い封筒を握った。封蝋には、アルヴァン王国の王家の紋章が刻まれている。紙一枚のはずなのに、腕が沈むような嫌な重さだった。

 俺は封を切った。中に入っていたのは、王国財務院の印が押された一枚の紙だった。紙の上に、黒い文字が浮かぶ。

 ――禁呪【代償転嫁】執行通知。

 ――発動者、アルヴァン王国国王バルガス。

 ――目的、聖剣に魔王の結界を破る力を与え、王都を守る。

 ――代償、発動者の寿命五十年。王都住民三十万人の大切な記憶。

 ――魔王討伐後、この手紙を保持している者に請求が移管されたものとする

 ー【現在の徴収先:ハル  支払い確定まであと2日23時間55分12秒】


 禁呪が世界の理から前借りした力と、その代わりに奪う代償を記した契約書だ。

 禁呪は、願いを実現するために、命や記憶を燃やして力へ変える。

 魔王の結界を聖剣で斬れたのも、王都を結界で守れたのも、この術があったからだ。

 レオンは寿命を五十年燃やされ、王都の人々は記憶を奪われた。それでも足りない分を、国王は俺の人生で払わせようとしている。

 しかも、発動者である国王は、俺を代償の徴収先に指定していた。

 遠征前に王城で渡された名簿の末尾には、俺の名前だけが「補助要員」として記されていた。孤児で、身寄りがなく、勇者のそばにいる俺なら、誰も代わりに抗議しないと思ったのだろう。

 俺の名前を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。


「……なんだよ、これ」


 俺は封筒を閉じた。


「俺は禁呪を頼んでいない。誰かの記憶や人生を、荷物にされた覚えもない」


 封筒に指を触れる。


「返送」


 黒い封筒は、手の中から消えた。


◇◇◇


 同じ頃、アルヴァン王国の王城では勝利の式典が始まろうとしていた。

 大広間の中央で、国王バルガスが民衆へ手を振る。


「勇者レオンは魔王を討ち果たした! 今日より我が国に、永遠の平和が訪れる!」


 歓声が上がった。

 その瞬間、国王の手の中に黒い封筒が現れた。

 封蝋がひとりでに割れ、中から請求書が滑り出す。紙は王の胸へ吸い込まれ、大広間の壁に黒い文字が浮かび上がった。

 ――受取拒否を確認。

 ――禁呪【代償転嫁】の徴収先を発動者へ変更。

 ――禁呪の効果を解除。


「違う! これはハルへ送ったものだ!」


 王が叫ぶと、王冠から黒い煙が噴き出した。

 王都を覆っていた結界が音もなくほどけ、勝利を告げていた鐘が途中で止まる。

 城下町でも異変が起きていた。

 人々の頭から黒い煙が抜け、奪われていた記憶が持ち主へ戻っていく。


「息子の名前を思い出した……」


 広場で、老人が泣き出した。


「私の娘は、死んだんじゃない。記憶を奪われていただけなのね」


 パン屋の女主人が、両手で口を覆う。

 俺の中にも、ひとつの記憶が戻った。

 雨の日の記憶だった。

 まだ母さんが生きていた頃、俺は泥だらけの袋を背負っていた。母さんは俺の背中から袋を下ろし、優しく笑った。


「ハル。いらないものまで抱えて歩かなくていいんだよ」


 母さんの指が、袋の結び目をほどく。


「誰かが勝手に詰めた荷物なら、ちゃんと返しておいで」


 忘れていた声が、胸の奥ではっきり響いた。

 その直後、王都の門から騎士たちが駆けてきた。


「ハルという孤児はいるか!」

「俺です」

「王命だ。請求書を受領しろ」

「断ります」

「拒否は認められない!」


 騎士が槍を投げた。

 俺は逃げず、槍の柄に指を触れる。


「返送」


 槍は空中で向きを変え、投げた騎士の手へ戻った。勢いを殺せず、騎士は尻もちをつく。


「なっ……」

「俺に向けて送った物なら、送り主へ返せます」


 別の騎士が剣を抜いた。

 その前に、レオンが手を上げた。


「待て」


 勇者は王城から歩いてきた。

 聖剣を携えているが、その顔に勝利の笑みはなかった。


「ハル。請求書を受け取れ」

「あなたも、あの紙を見たんですね」

「国王は言った。お前が受け取れば、禁呪が成立して王都は救われると」

「一人に押しつければ、みんな助かるんですか」


 俺は請求書が消えた手を握った。


「それは救うって言わない。弱い奴に代償を押しつけるだけだ」

「俺だって好きで禁呪を使わせたわけじゃない! 魔王の結界を破るには、誰かが力を差し出すしかなかった。俺は勇者だから、やるしかなかったんだ!」

「じゃあ、どうして代償を全部読まなかったんですか」


 レオンの口が止まった。

 聖剣の柄に走っていた黒いひびが、ゆっくりと広がる。


「俺は、聖剣を一度だけ強化する術だと聞かされていた。代償は俺の寿命五十年。それだけだと思っていた」

「国王は、王都の人たちの記憶と俺の人生まで、同じ術の代償にした」

「知らなかったんだ! 俺は、王の言葉なら正しいと思っていた!」


 レオンは聖剣を地面へ突き立てた。


「魔王は世界を滅ぼす怪物だと聞かされていた。倒せば、王国は救われると」

「禁呪を使わなければ、本当に王都は滅んだんですか」

「分からない。俺は、確かめる前に剣を振った」


 王城から、国王の声が響いた。


「禁呪を使わなければ、王都は魔王の呪いで消えていた! 国を守るためには必要だったのだ!」


 王は大広間の窓から、俺たちを見下ろしている。


「魔王を倒したのは勇者だ。ならば勇者が代償を払え! 勇者が払えないなら、勇者の荷物持ちが払え!」


 城下町から、ざわめきが広がった。


「聞いたか」

「国王が禁呪を使ったと言ったぞ」

「勇者は何も知らされていなかったのか」


 レオンが顔を上げた。


「ハル。王城へ行く」

「俺を捕まえるんですか」

「違う。俺も、禁呪を使わせた責任者に話を聞く」


◇◇◇


 大広間へ入ると、国王バルガスは玉座の前で震えていた。

 王冠から伸びた黒い煙が、王の腕や首に絡みついている。


「請求書を受け取れ!」


 王が叫ぶ。


「もう返しました」

「ならば、もう一度受け取れ!」

「差出人が誰か、分かっているでしょう」


 俺は王を見た。


「アルヴァン王国国王バルガス。あなたが俺へ送った」

「国を守るためだ!」

「違う」


 俺は一歩進んだ。


「禁呪を使うことが必要だったとしても、代償を俺へ押しつける必要はなかった」


 王の顔が歪んだ。


「国王が代償を負えば、王国の統治が失われる! 王が倒れれば、国民も道連れだ!」

「だから、何も知らない孤児を選んだんですか」


 王は答えなかった。


「あなたは禁呪の発動者です。代償の徴収先を俺に変えたところで、責任まで消えたわけじゃない」

「三十万人の記憶を戻せば、王都の結界が消える! 魔王の残した呪いが戻ってくるぞ!」

「魔王はもう死んだ。あなたが守りたかったのは、国じゃない」


 俺は黒い煙に覆われた王冠を指さした。


「あなたの椅子です」


 王の膝が震えた。


「返送の契約には、受取拒否の条項がある」


 俺は静かに言った。


「差出人に返された禁呪は、発動者が代償を負う」

「やめろ」

「もう始まっています」


 黒い煙が、王の中へ流れ込んだ。

 王が膝をつく。


「やめろ……私に三十万人分を見せるな……」


 奪った記憶が、すべて王へ戻っていく。

 赤子を抱く母親。帰りを待つ少年。名前を忘れられた老人。

 その一つひとつが、王の中で悲鳴になった。

 同時に、城下町では人々が自分の記憶を取り戻していた。

 レオンの聖剣から黒いひびが消え、髪に混じっていた白さも薄れていく。

 王冠が床へ落ちた。

 国王バルガスは、ただの老人になった。

 レオンが聖剣を抜き、王の前へ歩く。


「バルガス王。あなたは俺たちに、魔王を倒せと命じた」


 王は顔を上げられない。


「だが、禁呪を使い、代償を隠し、罪のない人々へ押しつけたのも、あなた自身だ」


 レオンは聖剣を床へ置いた。


「俺は英雄じゃない。禁呪の明細を読まず、王の言葉だけを信じた馬鹿だ」


 俺は王の前に落ちた黒い封筒を拾った。

 もう、重くなかった。


「俺はただ、受け取れない物を返しただけです」


◇◇◇


 それから三日間、王都の鐘は鳴らなかった。

 王は退位し、王城に残されていた禁呪の記録はすべて公開された。魔王討伐の式典も中止になった。

 代わりに広場では、人々が家族や友人の名前を呼び合っていた。

 母さんの声を思い出した俺は、孤児院の古い記録を探した。

 母さんの名前は、ちゃんとそこに残っていた。俺が忘れていただけだった。

 数日後、王都の門前に小さな看板を立てた。

 返送屋。

 誰かに押しつけられた荷物を、差出人へ送り返す店だ。

 最初の客は、元勇者レオンだった。


「国王から押しつけられた勇者の称号を返したい」


 俺は笑った。


「それは物ですか」

「契約だ」

「なら、返せます」


 俺が手を伸ばすと、レオンは少しだけ笑った。

 禁呪も王の声も、勝利を騒ぐ鐘も消えた日。

 俺は初めて、自分の名前を自分で名乗った。


「返送屋のハルです」

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