勇者パーティーを追放された俺、魔王討伐の請求書を国王に送り返したら世界が静かになった
## 戦略SS
### 返送先は、王様でした
勇者が魔王を倒した日、俺は勇者パーティーを追放された。
「ハル。今日で終わりだ」
魔王城の崩れた玄関前で、勇者レオンは聖剣を鞘に収めた。その顔には、勝利の笑みが浮かんでいる。俺の背後には食料袋や回復薬、予備の武器と魔石が積まれていた。勇者一行が壊した天幕まである。
「終わりって、何がですか」
「お前の仕事だよ。魔王を倒したんだから、もう荷物持ちはいらない」
レオンはそう言って、俺の足元に黒い封筒を投げた。
「これは?」
「王城へ届けろ。討伐後の事務処理だ」
「報酬ではなく?」
「お前に報酬を払う契約なんて、最初からない」
聖女のエマが目をそらし、弓使いのロイが鼻で笑った。
俺は拾った封筒を見つめる。
俺の固有スキルは【返送】だ。手渡しや投擲、契約で送られた物を、差出人へ送り返すだけの力である。受け取っていない物は返せない。生き物も返せない。剣も振れない。
だから俺は、戦えない荷物持ちだった。
「せめて最後の仕事くらいはしろよ」
レオンは俺の肩を叩いた。
「王様に届ければ、孤児のお前でも職くらい見つかるかもしれないぜ」
それだけ言うと、勇者たちは魔王城を去っていった。
俺は黒い封筒を握った。封蝋には、アルヴァン王国の王家の紋章が刻まれている。紙一枚のはずなのに、腕が沈むような嫌な重さだった。
俺は封を切った。中に入っていたのは、王国財務院の印が押された一枚の紙だった。紙の上に、黒い文字が浮かぶ。
――禁呪【代償転嫁】執行通知。
――発動者、アルヴァン王国国王バルガス。
――目的、聖剣に魔王の結界を破る力を与え、王都を守る。
――代償、発動者の寿命五十年。王都住民三十万人の大切な記憶。
――魔王討伐後、この手紙を保持している者に請求が移管されたものとする
ー【現在の徴収先:ハル 支払い確定まであと2日23時間55分12秒】
禁呪が世界の理から前借りした力と、その代わりに奪う代償を記した契約書だ。
禁呪は、願いを実現するために、命や記憶を燃やして力へ変える。
魔王の結界を聖剣で斬れたのも、王都を結界で守れたのも、この術があったからだ。
レオンは寿命を五十年燃やされ、王都の人々は記憶を奪われた。それでも足りない分を、国王は俺の人生で払わせようとしている。
しかも、発動者である国王は、俺を代償の徴収先に指定していた。
遠征前に王城で渡された名簿の末尾には、俺の名前だけが「補助要員」として記されていた。孤児で、身寄りがなく、勇者のそばにいる俺なら、誰も代わりに抗議しないと思ったのだろう。
俺の名前を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。
「……なんだよ、これ」
俺は封筒を閉じた。
「俺は禁呪を頼んでいない。誰かの記憶や人生を、荷物にされた覚えもない」
封筒に指を触れる。
「返送」
黒い封筒は、手の中から消えた。
◇◇◇
同じ頃、アルヴァン王国の王城では勝利の式典が始まろうとしていた。
大広間の中央で、国王バルガスが民衆へ手を振る。
「勇者レオンは魔王を討ち果たした! 今日より我が国に、永遠の平和が訪れる!」
歓声が上がった。
その瞬間、国王の手の中に黒い封筒が現れた。
封蝋がひとりでに割れ、中から請求書が滑り出す。紙は王の胸へ吸い込まれ、大広間の壁に黒い文字が浮かび上がった。
――受取拒否を確認。
――禁呪【代償転嫁】の徴収先を発動者へ変更。
――禁呪の効果を解除。
「違う! これはハルへ送ったものだ!」
王が叫ぶと、王冠から黒い煙が噴き出した。
王都を覆っていた結界が音もなくほどけ、勝利を告げていた鐘が途中で止まる。
城下町でも異変が起きていた。
人々の頭から黒い煙が抜け、奪われていた記憶が持ち主へ戻っていく。
「息子の名前を思い出した……」
広場で、老人が泣き出した。
「私の娘は、死んだんじゃない。記憶を奪われていただけなのね」
パン屋の女主人が、両手で口を覆う。
俺の中にも、ひとつの記憶が戻った。
雨の日の記憶だった。
まだ母さんが生きていた頃、俺は泥だらけの袋を背負っていた。母さんは俺の背中から袋を下ろし、優しく笑った。
「ハル。いらないものまで抱えて歩かなくていいんだよ」
母さんの指が、袋の結び目をほどく。
「誰かが勝手に詰めた荷物なら、ちゃんと返しておいで」
忘れていた声が、胸の奥ではっきり響いた。
その直後、王都の門から騎士たちが駆けてきた。
「ハルという孤児はいるか!」
「俺です」
「王命だ。請求書を受領しろ」
「断ります」
「拒否は認められない!」
騎士が槍を投げた。
俺は逃げず、槍の柄に指を触れる。
「返送」
槍は空中で向きを変え、投げた騎士の手へ戻った。勢いを殺せず、騎士は尻もちをつく。
「なっ……」
「俺に向けて送った物なら、送り主へ返せます」
別の騎士が剣を抜いた。
その前に、レオンが手を上げた。
「待て」
勇者は王城から歩いてきた。
聖剣を携えているが、その顔に勝利の笑みはなかった。
「ハル。請求書を受け取れ」
「あなたも、あの紙を見たんですね」
「国王は言った。お前が受け取れば、禁呪が成立して王都は救われると」
「一人に押しつければ、みんな助かるんですか」
俺は請求書が消えた手を握った。
「それは救うって言わない。弱い奴に代償を押しつけるだけだ」
「俺だって好きで禁呪を使わせたわけじゃない! 魔王の結界を破るには、誰かが力を差し出すしかなかった。俺は勇者だから、やるしかなかったんだ!」
「じゃあ、どうして代償を全部読まなかったんですか」
レオンの口が止まった。
聖剣の柄に走っていた黒いひびが、ゆっくりと広がる。
「俺は、聖剣を一度だけ強化する術だと聞かされていた。代償は俺の寿命五十年。それだけだと思っていた」
「国王は、王都の人たちの記憶と俺の人生まで、同じ術の代償にした」
「知らなかったんだ! 俺は、王の言葉なら正しいと思っていた!」
レオンは聖剣を地面へ突き立てた。
「魔王は世界を滅ぼす怪物だと聞かされていた。倒せば、王国は救われると」
「禁呪を使わなければ、本当に王都は滅んだんですか」
「分からない。俺は、確かめる前に剣を振った」
王城から、国王の声が響いた。
「禁呪を使わなければ、王都は魔王の呪いで消えていた! 国を守るためには必要だったのだ!」
王は大広間の窓から、俺たちを見下ろしている。
「魔王を倒したのは勇者だ。ならば勇者が代償を払え! 勇者が払えないなら、勇者の荷物持ちが払え!」
城下町から、ざわめきが広がった。
「聞いたか」
「国王が禁呪を使ったと言ったぞ」
「勇者は何も知らされていなかったのか」
レオンが顔を上げた。
「ハル。王城へ行く」
「俺を捕まえるんですか」
「違う。俺も、禁呪を使わせた責任者に話を聞く」
◇◇◇
大広間へ入ると、国王バルガスは玉座の前で震えていた。
王冠から伸びた黒い煙が、王の腕や首に絡みついている。
「請求書を受け取れ!」
王が叫ぶ。
「もう返しました」
「ならば、もう一度受け取れ!」
「差出人が誰か、分かっているでしょう」
俺は王を見た。
「アルヴァン王国国王バルガス。あなたが俺へ送った」
「国を守るためだ!」
「違う」
俺は一歩進んだ。
「禁呪を使うことが必要だったとしても、代償を俺へ押しつける必要はなかった」
王の顔が歪んだ。
「国王が代償を負えば、王国の統治が失われる! 王が倒れれば、国民も道連れだ!」
「だから、何も知らない孤児を選んだんですか」
王は答えなかった。
「あなたは禁呪の発動者です。代償の徴収先を俺に変えたところで、責任まで消えたわけじゃない」
「三十万人の記憶を戻せば、王都の結界が消える! 魔王の残した呪いが戻ってくるぞ!」
「魔王はもう死んだ。あなたが守りたかったのは、国じゃない」
俺は黒い煙に覆われた王冠を指さした。
「あなたの椅子です」
王の膝が震えた。
「返送の契約には、受取拒否の条項がある」
俺は静かに言った。
「差出人に返された禁呪は、発動者が代償を負う」
「やめろ」
「もう始まっています」
黒い煙が、王の中へ流れ込んだ。
王が膝をつく。
「やめろ……私に三十万人分を見せるな……」
奪った記憶が、すべて王へ戻っていく。
赤子を抱く母親。帰りを待つ少年。名前を忘れられた老人。
その一つひとつが、王の中で悲鳴になった。
同時に、城下町では人々が自分の記憶を取り戻していた。
レオンの聖剣から黒いひびが消え、髪に混じっていた白さも薄れていく。
王冠が床へ落ちた。
国王バルガスは、ただの老人になった。
レオンが聖剣を抜き、王の前へ歩く。
「バルガス王。あなたは俺たちに、魔王を倒せと命じた」
王は顔を上げられない。
「だが、禁呪を使い、代償を隠し、罪のない人々へ押しつけたのも、あなた自身だ」
レオンは聖剣を床へ置いた。
「俺は英雄じゃない。禁呪の明細を読まず、王の言葉だけを信じた馬鹿だ」
俺は王の前に落ちた黒い封筒を拾った。
もう、重くなかった。
「俺はただ、受け取れない物を返しただけです」
◇◇◇
それから三日間、王都の鐘は鳴らなかった。
王は退位し、王城に残されていた禁呪の記録はすべて公開された。魔王討伐の式典も中止になった。
代わりに広場では、人々が家族や友人の名前を呼び合っていた。
母さんの声を思い出した俺は、孤児院の古い記録を探した。
母さんの名前は、ちゃんとそこに残っていた。俺が忘れていただけだった。
数日後、王都の門前に小さな看板を立てた。
返送屋。
誰かに押しつけられた荷物を、差出人へ送り返す店だ。
最初の客は、元勇者レオンだった。
「国王から押しつけられた勇者の称号を返したい」
俺は笑った。
「それは物ですか」
「契約だ」
「なら、返せます」
俺が手を伸ばすと、レオンは少しだけ笑った。
禁呪も王の声も、勝利を騒ぐ鐘も消えた日。
俺は初めて、自分の名前を自分で名乗った。
「返送屋のハルです」




