心の空腹
最初から上手くいかない予感がしていた。
私が5歳になった時に最初の婚約が決まった。
父が仕事の関係で打診された婚約者との顔合わせの日は朝から泣き出しそうな鉛色の重い雲に覆われていました。
家督を継ぐのは産まれて間もない弟。
私は何処かに嫁ぐことになるのだが振り返って考えると産後ハイになっていた母は私を早く家から出したかったのでしょう。
私は侍女に強く結い上げられた髪が痛み気乗りしないので馬車に乗る前から何時もより口数が減っていました。
「グズグズしないの。」
母に顔合わせにお茶を用意された四阿に強く腕を引かれて連れられるくらい気乗りしなかった覚えがあります。
お相手の子息も親が決めた婚約に気乗りしないのか口角が下がっているのが一目で分かりました。
「あらあら、照れているのかしら?」
コロコロと笑いながら子息の母親が母と共に屋内に戻ると目の前にいた子息の態度がさらに悪化した。
そばかすの散った鼻を天に向け蔑むような眼差しで此方を睨見つけてきた。
「こんなチビでブスが婚約者とは。
家で用意した茶菓子だお前の分はないと思え。」
彼はハッ!と大きく息を吐いたかと思うとテーブルの上にあったお茶菓子を手掴みで口の中に放り込み始めた。
綺麗に飾られた沢山のお茶菓子は瞬く間に彼に食べ尽くされていったのです。
ズキズキ痛む編み込みと見てはいけない物を見てしまった様な罪悪感で俯きそっと横目で連れてきた侍女を探すと屋敷の他の侍女とお喋りに夢中のようで助けは期待できませんでした。
帰りたい。
早く家に帰りたい。
重く湿った風が吹く四阿で地獄の様な時間を過ごし帰宅する事になりました。
空になったお茶菓子の皿をみた母が目を丸くし
「お茶菓子をこんなに食べて、ドレスが入らなくなったらどうするの?
今夜は夕飯は抜きよ。」
「…。」
もう、何も言い返す気力がなかった。
編み込まれた髪が痛いので早く解いて欲しかった。
馬車の窓から見た彼は母親の背に隠れるようにして此方に向かって舌を出していたがそれすらどうでも良いくらい早く帰りたかった。
母の目には照れ隠ししている様に見えていたと後に知った。
地獄は続き交流会として彼の家に通うことになった。
「デブの君は食事の量をもっと減らすべきだ。」
白蝶貝釦が弾けそうな体を揺らしながら彼は嗤った。
母達が目を離したタイミングで4人全員分の軽食を食べ尽くす事もあった。
異次元の様な彼の食欲に恐怖すら感じていた。
空っぽになったテーブルを見て彼の母は困った顔をし、母は私を軽蔑する様に見下し家令に私の食事を抜くよう指示し私を部屋に閉じ込めた。
私は何も食べていないのに空腹を感じなくなっていた。
自信を失った私は乾いた冷たい風が吹く頃には彼と会わない日も食事を取らなくなりやせ細っていた。
私の異常に気付いたのは両親ではなく曽祖父の月命日に教会にお祈りに来る叔母だった。
叔母に言われて父が調べた所、彼の暴言と食い尽くしが発覚した。
私達の婚約は正式な書類提出前の口約束状態だった事もあり白紙になった。
そして私は療養を兼ねて叔母の所に行く事になった。
度々食事を抜かれ食が細くなっていた私は平均的な子供と比べ発育が遅れていたと叔母に教えられた。
子宝に恵まれ無かった叔母の養女になり落ち着いた頃に婚約者になるはずだった彼が起こした愚行が耳に入った。
王家主催のデビュタントで食い尽くし行動がでたらしい。
ずっと見ていたので何時かはやらかすと思っていましたが流石に王家主催のデビュタント規模のビュッフェで参加者分ね食い尽くしをするとは思いませんでした。
私との婚約話が白紙になった時に何も手を打たなかったのでしょうね。
厳重注意になったそうだが社交界からは爪弾になったそうで甘い処分だが外交に影響がでているそう。
当然ですが新しい婚約は決まらないらしい。
そして…
私の元実家は食べ物が無くなる事案が続いているそう。
客間に飾っていた果実。
粗熱を取るため置いていたパン。
パントリーにあった作り置きの瓶詰め。
淋しい、淋しいと泣いて家令を困らせる成長期真っ盛りの弟の発育が横に広がりつつあるようだけどもう私の家族じゃないからね。
食い尽くしって一定ラインを超えるとホラーだよね。




