婚約破棄の理由を先回りされたので、証拠を三つ並べて指輪を置きます——八年、書面に私の名はございませんでした
【舞踏会の広間】
笑い声は、銀の燭台を三つ越えてわたくしの胸元まで届いた。よく磨かれた笑いである。磨く暇があれば、卓上の書面を一行でも読めばよろしいのに。
「ジゼルは、あの女のことで拗ねているのだろう」
タデウス様は親しい冗談でも披露するように杯を掲げた。濃紺の外套には銀糸の刺繍。あの外套一着で上質紙が十四束、紐が二十巻、冬じゅう写し場を暖める薪まで買える。十四束を着込んだ方が、一行も数えずわたくしを拗ねた女とお決めになる。立派な装いとは便利ですのね。
「近頃、口数が少ないと思っていたよ。だが、心配はいらない。あれはただの知人だ」
客たちは肩を寄せ、また笑った。わたくしの返事を待つ顔ではない。すでにタデウス様が用意した答えに、うなずくための首ばかりが並んでいた。
わたくしは左手を腰の前で重ねた。八年はめてきた指輪が、手袋越しに隣の指へ当たる。今日は妙に角がある。いえ、指輪は昨日も一昨日も同じ形だったのだから、角があるのはたぶん今夜のほうだ。
「何か言いたいことは?」
問われて、わたくしはタデウス様ではなく卓上を見た。彼が客へ見せるために並べた、領の名簿の提出控え。ボレル家が八年にわたり滞りなく務めを果たした証しとして、今夜の飾りにされた紙の束だ。
一枚目の右端は、わたくしが七年前に削り直した鵞鳥ペンの癖。三枚目の綴じ穴は、紙の目が横だったせいで半寸だけ内側へ寄せたもの。六枚目の染みは、ロレンツさんが黒パンを落とした油——あのとき本人は机がパンへ近づいたと言い張った。八年分、どこから見てもわたくしの仕事である。
そして提出者の欄には、どれも同じ名があった。
タデウス・ボレル。
八年分を重ねれば、紙は親指の幅を越える。その厚みのどこにも、ジゼル・サヴァンの名は一度もなかった。
「ジゼル?」
「見事に整った控えですこと」
わたくしが申しますと、タデウス様は満足げに笑った。褒めたのは綴じ方であって、あなたではございません——とは、申し上げない。今夜のところは査定だけ。紙八束、インク三瓶、奪われた名が八年分。たいへん立派な赤字である。
* * *
【十日後・写し場】
「二百三十八、二百三十九、二百四十。はい、ございましたわ」
受領簿の最後の行を指で押さえ、わたくしは息を吐いた。冷えた写し場では息まで白く、黒パンは石材に近い硬さになっている。机の脚が一本折れたら、このパンを差し込めば春まで保つだろう。
十日前の舞踏会の夜、わたくしは北の三村の名簿二百四十行を届けていた。時刻も、受け取った者の署名もある。恋敵とやらを睨む暇は、一行目と二行目の間にも、二百三十九行目と二百四十行目の間にも、たいへん残念ながら見当たらない。
「二百四十行ですのよ。拗ねる時間は何行目へ挟めばよろしいのかしら」
「余白にも無理だな」
向かいの机でロレンツさんが答えた。六十二歳の写し方は、人差し指の腹が長年の筆圧で平たくなっている。言葉まで平たい。こちらの長広舌を一言で押しつぶすには、まことに都合のよい指と声だ。
わたくしは受領簿を明かりへ傾けた。署名の墨は乾ききり、後から足した様子もない。これで一つ目は、綴じて棚へ。嫉妬一件、証拠不足につき返却。返却先はタデウス様の見栄のあたりでよろしいだろう。
「この年の北の三村も、あなたが?」
「紙の右上をご覧になって。小さく毛羽立っておりますでしょう。雪の日に届いた紙で、乾かす前にタデウス様が袖を置かれましたの」
「五年前だ」
ロレンツさんは迷わず年を言い当て、束の下から別の控えを抜いた。四年前、六年前、八年前。筆先の入り方を確かめるたび、彼の平たい指がわたくしの文字を拾い上げていく。
「全部、あなたの手だ」
「提出者は全部、タデウス様ですけれど」
「字は名札より忘れにくい」
なるほど。人の目は、案外まともに働くこともあるらしい。もっとも、そのまともな目を六十二年育てねばならないのなら、舞踏会の皆様には少々間に合わない。
戸口から使いの者が、タデウス様の伝言を告げた。あの女とは何もない、つまらぬ腹立ちを長引かせるな。受領簿を閉じる音が、思ったより大きく響いた。
「腹を立てるにも、まず帳面を閉じる必要がございますのね」
「閉じたぞ」
「では、次の勘定へ参りますわ」
わたくしは石のような黒パンを布へ包み直した。歯を一本犠牲にする値打ちはない。今のわたくしには、まだ噛み砕かねばならない言い訳が二つ残っている。
* * *
【二十日後・領の名簿方】
わたくしの持参の品は、見事なほど何も残っていなかった。銀器はボレル家の食器棚、衣装箪笥は客間、寝具は東棟、母から譲られた小箱までタデウス様の屋敷へ移し終えている。財産を惜しんで婚約解消を口にした、という二つ目の筋書きには、舞台道具が一つもない。
「こちらが移送の控えです。受け取りはすべてボレル家の家令」
「三年前に終わっておりますね」
名簿方の机で確かめてもらい、わたくしは控えを鞄へ戻した。三年前。人は財産を惜しむとき、三年も早く全部を相手の家へ運ぶものなのかしら。タデウス様の頭の中では、荷馬車が後ろ向きに走るに違いない。
誓いの証書については、もっと簡単だった。大叔父の署名は最下段にあり、証書そのものを保管しているのはタデウス様である。後見が婚約に反対しているという三つ目の言い訳を採用するなら、まずご自分の文箱へ抗議していただきたい。
大叔父から届いた手紙も短かった。
『ジゼル本人の選択へ、異議を唱えない』
これで三つ。紙は嘘をつかない。嘘をつくのは、たいてい紙を読まない人間である。
その日の提出分へ手を伸ばしかけ、わたくしは指を止めた。これまでは村ごとの枚数を揃え、前年分を抜き、綴じ穴の位置を合わせてからボレル家へ渡していた。今日からはしない。タデウス様がおっしゃるとおり、誰にでもできる仕事なら、誰かがなさればよろしい。
「並びが違いませんこと?」
わたくしが尋ねると、タデウス様は束の角を卓へ打ちつけた。紙の角は揃ったが、中の村名は揃わない。外套なら仕立屋が直してくれるのに、書面はお気の毒である。
「この程度、誰でも直せる。君は自分だけが特別だと思いすぎだ」
「では、お任せいたしますわ」
「そうやって拗ねるから話がこじれるんだ」
拗ねる。便利な綴じ紐である。嫉妬も財産も後見も、ついでに乱れた紙束も、全部ひとまとめにして結べる。ただし紐で中身まで正しくなるわけではない。その点だけ、明日のタデウス様には難しすぎるかもしれない。
夕刻、わたくしは自分の手銭で新しい紙を買った。上質紙四束分。あの濃紺の外套なら袖口にも満たない額だが、わたくしの冬の菓子代はきれいに消えた。さらば蜂蜜菓子。あなたの甘さは忘れない。
夜、写し場で一人、正しい控えを取り直した。北の三村を順に置き、混じっていた前年分を除き、受領簿と照らして二百四十行を揃える。最後の紙へ砂を振り、余分を払うと、白い粉が指輪の石にかかった。
紙の最上段へ提出者の名を書く場所を空けたまま、わたくしは筆を置いた。その空白だけは、誰のためにも埋めなかった。
* * *
【その夜・広間】
「君の言い分はわかっている」
タデウス様は、また客の前で笑っていた。十日前と同じ広間、同じ銀の燭台、同じ顔ぶれ。違うのは卓上に、わたくしが持参した三つの証拠が並んでいることだけだ。
「まず、あの女のことで腹を立てている。次に、婚約を解けば持参の品を失うのが惜しくなった。それから、後見人が反対しているのだろう。だが、どれも話し合えば済むことだ」
客たちが含み笑いを交わした。三つの理由を一息で並べれば、三倍もっともらしく聞こえると思われたらしい。紙束なら三倍で机が沈むけれど、言い訳はいくら積んでも羽毛より軽い。
「それではございません」
わたくしは最初の受領簿を開いた。
「あの方のことをおっしゃる夜、わたくしは北の三村の名簿を届けておりました。二百四十行。受領の時刻と署名はこちらです。お疑いでしたら、受け取った方へお確かめくださいませ」
笑いが一段、薄くなった。タデウス様は受領の署名へ目を落とし、すぐに顔を上げた。
「ならば、持参の品のことか。あれは返すと——」
「三年前にすべて移し終えております。返還も求めておりません。銀器も箪笥も寝具も、受け取りの控えがございます」
「では大叔父殿が——」
「誓いの証書には大叔父の署名がございます。保管しておられるのはタデウス様ですわ。こちらは大叔父からの手紙です。わたくし本人の選択へ異議を唱えない、と」
最後の紙を置くと、言葉の続きが来なかった。客の一人が扇を閉じ、その小さな音だけが広間を横切る。三つの逃げ道、三つとも閉鎖。書類仕事としては気持ちがよい。たいへんよい。胸の中で受領印を三つ押して差し上げたいほどだ。
「では、なぜだ」
タデウス様の声から、客に聞かせるための丸みが消えていた。
わたくしは八年分の提出控えを一つに重ねた。自分の筆跡はどの年にもある。紙の端、綴じ穴、消し跡、書き直した数字。けれど、提出者の欄にわたくしはいない。
「八年間、わたくしが整えた書面は、すべてタデウス様のお名前で出されました」
「婚約者なのだから、家の名で出すのは当然だろう」
「わたくしはこの一つに、八年、名が入る日を数えておりました」
指輪へ目を落とした瞬間、行数も紙の値段も浮かばなかった。八年はめた輪が、今はただ指にあった。
「わたくしを一度も名で認めなかった方とは生きられない。それが、婚約を解きたい理由でございます」
タデウス様の笑みが消えた。
「ジゼル」
初めて呼ばれた名は、遅れて届いた書面のようだった。受領するには、八年遅い。
わたくしは指輪を抜き、投げずに卓へ置いた。金の輪が紙の上で一度だけ揺れ、止まる。客たちの視線が指輪からタデウス様へ一斉に移り、今度は誰も笑わなかった。
ああ、ようやく彼の顔を飾るものがなくなった。外套十四束分の見栄でも、消えた一行は隠せないらしい。
「ごきげんよう、タデウス様」
扉へ向かうわたくしの背へ、返事はなかった。指輪のなくなった指へ夜気が触れたが、手袋の中には、自分の指がきちんと五本残っていた。
* * *
【一月後・老婦人の家】
「八年分、あの人の手で写してあったから、あの名簿は通ってたんだ」
ロレンツさんは、ブリジット様の机へ控えを置いた。長い説明をする気はないらしく、平たい人差し指で年ごとの筆跡を示す。八年前、七年前、六年前。わたくしより、わたくしの文字を雄弁に扱う指である。
ブリジット様は八年分を一枚ずつ確かめた。紙の擦れ、数字の直し方、綴じ穴の位置。最後まで見終えると、名のない提出控えを静かに閉じた。
「二十年前にも、名を残せず去った写し手がいました」
それだけおっしゃり、ブリジット様は昔話を続けなかった。代わりに机の端から新しい紙を取り出す。まだ誰の手にも触れられていない紙は、冷たい部屋の中でも妙に明るく見えた。
「名簿方で、人が足りません。提出前の確認と、正しい控えの作成を任せたいのです」
「わたくしに、でございますか」
「ジゼル・サヴァンに、です」
呼ばれた名が、今度は遅れずに届いた。わたくしは紙の値段を数えかけ、やめた。数えたら負ける気がする。何に負けるのかは知りませんけれど、こういうときの胸は妙な賭け事を始めるものだ。
ブリジット様は新しい紙の最上段を、わたくしのほうへ向けた。提出者の欄がある。一行目は空いていた。
「婚家へ戻ることは条件にございません。あなたの名で出しなさい」
「お給金について、お尋ねしても?」
「もちろん」
提示された額を頭の中で紙へ換算し、わたくしは一度まばたきをした。上質紙が毎月二十束。薪も黒パンも、たまには蜂蜜菓子も買える。さらば石材パン。今後あなたには、机の脚を支えるという本来の使命へ専念していただきたい。
「お引き受けいたします」
「食事は隣室にあります」
扉の向こうから豆を煮る匂いがした。仕事より先に食事を用意して待つ方を、わたくしは知らなかった。ロレンツさんはすでに椅子を引いており、こちらを見ることなく短く言った。
「冷めるぞ」
「それは一大事ですわ」
わたくしは新しい紙を胸に抱え、隣室へ向かった。名を書く前に食べても、仕事は逃げないらしい。その発見だけで、黒パン八年分より価値があった。
* * *
【冬・領の名簿方】
ボレル家から届いた束は、机へ置いた瞬間に傾いた。綴じ紐が緩いのではない。北の村の間へ別の村が挟まり、今年分の中から前年分が顔を出し、二枚目の続きが十一枚目にいる。紙たちが互いを見失っている。お気の毒に、主人より先に家の現状を理解してしまったらしい。
「受け取れないとは、どういうことだ」
タデウス様は提出机の前で声を張った。舞踏会では客を笑わせた声が、今は紙束を威嚇している。紙は怯えない。羨ましい性質である。
ブリジット様は最初の束を開き、村名の違う二枚を並べた。次に前年の日付がある紙を抜き、最後に提出者の欄へ指を置く。三点。八年分を暴くのに、全件の再演は要らなかった。
「並びが正しくありません。前年分も混入しています。提出者本人が確認したものだけを受け取ります」
「細かな間違いだ。家の格を考えれば、先に受領して直させればよい」
「受け取れません」
ブリジット様は受領印を持ち上げることさえせず、束をタデウス様の側へ押し戻した。紙の端が机を滑り、彼の手袋へ当たる。現に受け取られない。その一寸の距離が、外套十四着より重く見えた。
後ろには、かつて広間で笑っていた客たちがいた。提出の付き添いと見物を兼ねて来たのだろう。前半だけを楽しみに来た方々へ、続きの頁まで無料で配られるとは、冬の名簿方も太っ腹である。
「これまでは通っていた!」
ロレンツさんが正しい控えを卓上へ置いた。あの夜、わたくしが自分の紙で取り直したものだ。村ごとの順、二百四十行、受領簿との照合。彼の平たい指が、控えの末尾を押さえた。
「これが抜けたからだ」
ブリジット様は、ボレル家の八年分の提出控えを客たちにも見えるよう開いた。提出者はタデウス・ボレル。筆跡は、目の前の正しい控えと同じ。
「八年間、この筆跡で整えられていました。書いた者はジゼル・サヴァンです。今後、提出者と作成者を確認します」
わたくしの名が、名簿方の高い天井へ届いた。誰かの家の飾りとしてではなく、仕事をした者の名として。客たちの視線が控えからタデウス様へ移る。あの夜と同じ動きなのに、今日は指輪さえ要らなかった。
(名簿の整理など、誰がやっても同じことだ)
タデウス様は乱れた束へ手を置いた。紙の角を揃えようと二度打ちつけ、途中でやめる。角だけ揃えても順番は戻らないと、ようやく紙から教わったらしい。
「ジゼルに戻させれば済む」
「ジゼル・サヴァンには、こちらの仕事がございます」
ブリジット様の返答は、受領されなかった紙より薄く、きっぱりしていた。タデウス様の声が途切れる。家の格も、外套も、婚約者という名札も、提出欄の不備を直してはくれない。
わたくしは新しい受領簿を開いた。返された束はタデウス様の腕へ戻り、その重みで銀糸の袖が少し下がる。八年分の働きを軽いとおっしゃった手には、数十枚でも充分だったようだ。
* * *
【春・新しい写し場】
春の一枚目は、よく乾いた紙だった。目は縦、厚みは均一、綴じ穴を開けても裂ける心配なし。触れただけで機嫌がよくなる。宝石を贈られて喜ぶ令嬢より、紙の目で浮かれる令嬢のほうが安上がりだと、どなたか広めてくださらないかしら。
わたくしは最上段へ筆を置いた。
ジゼル・サヴァン。
たった一行に、八年もかかった。けれど墨は迷わず紙へ入り、どの文字も誰かの名の下へ隠れなかった。
「乾くまで触るな」
「わかっておりますわ。わたくしを何年、写し方だと思っていらっしゃるの」
「名が書けた途端、浮かれている」
ロレンツさんは砂入れをわたくしから遠ざけた。失礼な。ほんの少し手を伸ばしすぎただけである。新しい自分の名へ砂を一瓶まるごと浴びせるところだったなど、記録には残さない方針で参りたい。
昼になると、仕事仲間が豆の煮込みを運んできた。湯気の立つ鍋、切り分けた黒パン、塩漬け肉がほんの少し。ほんの少しでも肉は肉。紙に換算してはいけないものが、この世にはある。特に昼食の肉は神聖である。
温かい煮込みは、冷えた指でも匙を持てた。八年目にして、ようやく人の働き方を思い出した気がする。仲間の一人がわたくしの一行目を覗き込み、匙を掲げた。
「初提出、おめでとう」
「まだ受領前ですわ。祝いは印をいただいてからにしてくださいませ」
「では、豆を返すか」
「祝いましょう。今すぐ盛大に」
鍋を守るためなら、わたくしの主義は紙より薄くなる。笑い声が卓を囲んだが、今度の笑いは胸元へ突き刺さらない。湯気と一緒に上へ昇り、梁のあたりでほどけていった。
午後、門番が戸口へ顔を出した。門前にタデウス・ボレルが来ている、と告げる。ロレンツさんは筆を削り続け、ブリジット様は次の束を開いた。誰もわたくしの代わりに立たない。それがありがたかった。
門の外で、タデウス様は春には重すぎる外套を着ていた。銀糸の袖には紙の粉が残っている。以前なら召使いに払わせた汚れを、ご本人はまだ気づいていないらしい。
「ジゼル」
名を呼ぶ声だけは、あの夜より早くなっていた。
「婚約解消の申し出を撤回したい。君が戻れば、書面には君の名を入れる。家でも相応の席を用意する」
タデウス様は理由を足した。今なら間に合う、八年の付き合いがある、皆も納得する。言葉が一つ増えるたび、最初の一言が軽くなる。紙なら追加のたびに厚くなるのに、たいへん不思議である。
「それではございません」
わたくしは門の向こう、開けたままの写し場を振り返った。机には自分の名から始まる紙があり、豆の煮込みの鍋には、急がなければロレンツさんに取られる肉がまだ一切れある。春の仕事は待っているが、過去を直す仕事は引き受けていない。
「わたくしは、わたくしの名で働く場所へ戻ります。ごきげんよう、タデウス様」
返事を待たず、扉を閉めた。指輪のない左手で次の紙を開く。最上段へ置く名は、もう決まっていた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。




