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◇
翌日、早朝から珍しく社長から連絡があった。
「――俺に案件、ですか?」
『あぁ、といってもマホロ個人にではなく、AP全体にだがね』
……社長によれば、なんだかんだトレンドを賑わせている『月見里マホロ』にぜひとのことらしい。
ただ、俺個人への案件となるとそれはそれで体裁が良くない、ということで『一応』AP全体の案件としていると。
「俺はもちろん構いません、事務所がOKを出したならまともな企業でしょうし」
『……そうだな、そうだといいんだが』
「え?」
……いや、本当にまずい企業だったり案件だったなら止めるはず。
ということは、危険だとかそういう方向じゃないんだな。
「……何が問題なんです?」
『問題……まぁ問題か……いや、問題だな?』
ずいぶんと煮えきらない態度の社長。
……こんな感じになっているのも珍しいことだ。
「別にそれで案件拒否とかはありませんから、言ってくださいよ」
『そうか……そうだな、お前は知る権利があるか……簡単に言えば『月見里マホロの中の人に会いたいだけ』、だ』
「――は?」
中の人に会いたい……俺に、ってこと?
月見里マホロじゃなくて、俺に?
『あー……戸惑うのもわかるが、一応相手の企業について説明しようか』
「……あ、はい、お願いします」
『お相手は『コーセイ堂』、言わずと知れた超大手化粧品メーカーだ』
「は?」
コーセイ堂って、俺でも知ってる化粧品メーカーじゃないか。
『これは、受けるかどうか……お前が決めていいぞ』
「え?」
『さっきも言ったが、今回のメインはお前――『月見里マホロの中の人』だ、この件を断るも受けるもお前次第ということになる』
「え、でも、そんな大手からの案件を断ったら――」
『――その判断の責任を負うのはお前じゃなく、私だ』
――。
「……カッコイイなぁ」
『ふっ、素直な褒め言葉は気持ちがいいものだな?』
……ほんと、この人は。
「……とりあえず、具体的な案件の内容を聞いてから考えます」
『お、それもそうだな……資料は送っておいたから、確認しながら聞いてくれ』
ディスコードに送られていた資料を確認する。
「えー……ん?」
『お、確認したようだな? では簡単に説明するぞ……今回は新商品である『男性用化粧品』のモニターだな』
「自分で言うのもなんですけど、これ受けたら『月見里マホロ=男』が確定しますよね?」
『まぁ今もあってないような話だが、確定するのとしないのでは別問題だからな』
……だからこそ、今後の影響を考えて受けるか決めろってことか。
「今更ですけどこれって俺である必要あります?」
『まぁ、普通に考えたら『イケメンV』とか『美容系』とかに行きそうな案件……というより、すでに打診しているんじゃないか?』
「まぁそうですよね……その上で、俺が選ばれる理由……ねぇ?」
イケメンだったり、元から美容系に強い人じゃなく、完全ド素人の……素性すら怪しい人間を使う意味。
…………………………。
「考えてもわからないんで、直接聞きたいです」
『ふはっ……まぁそうだな、我々が考えたところで……奴さんの考えてることなんかわかるわけがないか!』
「えぇ、わからないなら聞けばいいんですよ」
『くっく……本当にお前は面白いやつだよ……ならば事務所に呼ぶとしようか』
「……えっ?」
呼ぶって……コーセイ堂の人を?
だ、大丈夫? ウチみたいな小規模事務所が呼び出して『生意気な企業だな』とか言われない?
『……すぐ来てくれるそうだが、お前は来られそうか?』
「えっ……い、今すぐ行きます!」
コーセイ堂の人、フットワーク軽すぎるだろ……!?
「あ……いえ、支度してから行くので、1時間くらいで行きますね」
『了解だ……まぁ奴さんもそれくらいはかかるだろうし、ゆっくり来いよ』
「わかりました……スーツ出さないと……」
『……まぁ、お前はそういうやつだよな……』
社長が何か呟いた気がするが、準備に追われている俺には聞こえなかった。
◇
それから30分と少し。
1時間はかかると言ったが、もちろん多めに見ての話なので、すでに事務所近くの喫茶店で待機中だ。
ちなみに、以前入院騒ぎを起こしてから事務所近くに引っ越しているので、移動だけなら10分もかからない距離だ。
……なら、なんですぐ事務所に向かわないのかって?
1時間かかると言えば1時間ぴったり、あるいは10分前に到着するのが望ましいからだ。
……もちろん、社長がそういうことを気にするタイプじゃないのは知ってるけど、元社会人として、譲れない部分はある。
「……うぅ、緊張するなぁ……」
思えばリストラされて、再就職目指して面接を受けたけど笑われて、落ち込んでるところをゆら先輩に拾われて……。
あれからもう、1年近く経つんだなぁ。
つまり、社会人として企業の人に会うのは久しぶりすぎるんだ。
そりゃ緊張するのも仕方ない……そう言い聞かせる。
しばらく時間を潰そうとしていると、社長からメッセージが。
『お前のことだ、どうせもう近くにいるんだろ? さっさと事務所に来い』
「……こういうのをちゃんと把握できてるから、社長は凄いんだよなぁ」
小さな事務所とは言え、スタッフも合わせれば大勢の人がいる。
そのひとりひとりがどんな人間かをちゃんと把握してるんだろう。
もちろん、所属Vだから把握してるだけで、スタッフ相手だとそうでもないかもしれないが。
……いや、あの社長のことだから、全スタッフを把握しててもおかしくないか?
「ふー……バレてるなら隠れていてもしょうがないか……よし!」
喫茶店を出て、すぐに事務所へと向かう。
意を決して事務所に入り、受付のおばちゃんに挨拶をする。
「あらいらっしゃい! 散華ちゃんから聞いてるわよぉ、お相手さんももう到着してるそうだから、頑張ってね!」
「はい、ありがとうございます……」
やっぱもう来てるのか……社長め、『奴さんもそれくらいかかる』とはなんだったんだ……。
おばちゃんと別れ、応接室へと歩いていく。
道中すれ違うスタッフさんにも『頑張ってください』とか『まぁマホロくんなら大丈夫だよ』とか言われるんだが。
……相手の人、どんな人なんだ?
疑問に思いつつも、変な先入観を持たないように気をつけないと。
初手の対応をミスれば案件がなかったことにされる可能性もあるんだし……。
妙に長く感じた応接室までの距離が、ついにゼロになる。
軽くノックを3回……中にいるであろう社長からの許可を待つ。
「入っていいぞ」
「失礼します――」
そうして、目の前に現れたのは――。




