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第7話 魔王軍三将星、無慈悲な謁見

ルークでの虚飾の凱旋を終え、僕たち勇者パーティは、魔王城へと続く険しい峠道――「亡者の背骨」を進んでいた。

 

標高が高くなるにつれ、植物は減り、荒涼とした岩肌が剥き出しになっていく。

 

風は剃刀のように冷たく、空気が薄い。普通の人間なら呼吸をするだけで苦痛を感じる過酷な環境だ。

 

だが、僕の体は汗ひとつかかず、心拍数も一定に保たれている。左手の指輪が、高地の環境に合わせて僕の血液循環を強制的に「最適化」しているからだ。便利だが、自分の体が自分でないような、借り物の肉体を操縦しているような感覚は、標高が上がるごとに強まっていた。

 

「カイル様、予定より3分早いですわ。素晴らしいペースです」

 

背後から、聖女ミラが賞賛の声をかける。

 

彼女は険しい山道を歩いているにも関わらず、純白の法衣に泥はね一つなく、息も乱れていない。まるで、彼女の周囲だけ重力や空気抵抗が存在しないかのようだ。

 

「ええ。このまま行けば、今日中に魔王領の結界ポイントへ到達できるわ」

 

エリスが地図を確認し、淡々と告げる。

 

順調だ。あまりにも順調すぎる。まるで、見えないレールの上を滑らされているような――。

 

「うっ……!」

 

その異変は、前触れもなく訪れた。

 

突如、強烈な吐き気が込み上げた。内臓が裏返るような不快感。

 

キィィィン……。

 

耳鳴りがする。

 

視界の端から色が褪せ、空の青色が毒々しい紫色へと反転していく。今まで聞こえていた荒涼とした風の音や、遥か上空を舞う怪鳥の声が、プツリと電源を切られたように消滅した。

 

代わりに鼓膜を震わせたのは、地底から響くような――

 

「ブォォォン……」

 

という、低く重い機械の駆動音だった。

 

「気をつけて! 空間座標が書き換えられてる!」

 

フェイが叫ぶのと同時だった。僕たちの足元の地面が消失し、視界がぐにゃりと歪んだ。落下感。重力が消失し、内臓が浮き上がる。

 

ダンッ!

 

次の瞬間、僕たちは硬い石畳の上に着地していた。

 

「……ここは?」

 

そこは、さきほどの峠道ではなかった。

 

見渡す限り広がる灰色の石畳。それを囲む巨大な円形の壁。まるで、巨人のために作られた闘技場のような空間だった。

 

空には紫色のもやがかかり、太陽も月もない。時間の概念が欠落した世界。

 

「転移……させられたのか?」

 

僕は聖剣を抜き、背中合わせに仲間たちと陣形を組んだ。

 

殺気がない。待ち伏せ特有の、あの肌を刺すような敵意が全く感じられないのだ。

 

だが、異常は足元から始まった。

 

カタカタカタ……。

 

足元の小石が、風もないのにひとりでに震え出したのだ。いや、小石だけじゃない。僕の指先、聖剣の剣先までもが共鳴している。重力が狂ったように歪み、肺の中の空気までが鉛に変わったような閉塞感。

 

それは、圧倒的に「管理された」質量プレッシャーだった。

 

「ようこそ、選ばれし勇者一行」

 

虚空から、感情のない女の声が響いた。

 

闘技場の中央、何もない空間にガラスが割れるような亀裂が走り、そこから三つの影が染み出すように現れた。

 

「魔王軍……幹部か?」

 

僕は息を呑んだ。

 

以前、文献で読んだことがある。魔王の側近にして、最強の戦力を持つとされる「三将星」。

 

だが、目の前にいる彼らは、僕が想像していたような禍々しい魔族の姿とはかけ離れていた。あまりに整然としていて、まるで精巧な「彫像」のようだった。

 

中央に浮かんでいるのは、白衣のようなローブを纏った女性型の存在――智将ネフェル。その肌は陶器のように白く、無表情な顔には眼鏡をかけ、手には分厚い書物ログを開いている。

 

その右には、全身が黒鉄の装甲と一体化した巨漢――剛将ガルド。顔はなく、兜のスリットの奥で赤い単眼モノアイがギョロリと明滅している。

 

そして左には、輪郭が定まらない黒い霧のような影――影将シャドウが揺らめいていた。

 

「魔王様への謁見プロセスを開始します」

 

ネフェルが事務的に告げる。

 

その口調は、敵に対する宣告というより、手続きの開始を告げる役人のそれだった。

 

「脆弱な有機生命体だ……」

 

ガルドの機械的な低音が空気を震わせた。プシューッ、と蒸気が噴き出す音が混じる。

 

「排除シマスか?」

 

「いいえ。これは『テスト』です。彼らが正規のスペックを満たしているか、魔王城ラストダンジョンへの入城資格を問う耐久試験を行います」

 

テスト。試験。

 

彼らの言葉に、僕は戦慄した。

 

彼らは僕たちを「倒すべき敵」として見ていない。まるで工場で製品の強度チェックを行う検査官のような、冷徹な視線だけを向けている。

 

「なめるなッ!!」

 

僕は叫び、聖剣を振り上げた。

 

試験だと? 僕たちが戦ってきた命懸けの旅を、そんな事務的な言葉で片付けられてたまるか。

 

「フェイ! エリス! 行くぞ!」

 

「了解! 派手に焼却してあげるわ!」

 

フェイが杖を掲げ、極大の火球を生成する。エリスもすでに三本の矢を番え、三将星それぞれの急所をロックオンしている。

 

「『インフェルノ・バースト』!!」

 

「『トリニティ・アロー』!!」

 

フェイの爆炎と、エリスの神速の矢が同時に放たれた。

 

闘技場を揺るがす轟音。直撃だ。いくら魔王軍幹部とはいえ、無防備で受ければただでは済まないはず――。

 

だが。

 

「……計測終了。熱量係数、想定の範囲内(Cランク)。物理貫通力、誤差修正済み」

 

煙が晴れると、そこには傷一つない三将星の姿があった。

 

ネフェルは書物から目を離しさえしていない。彼女の前に展開された薄い六角形の光壁シールドが、フェイの業火を完全に遮断していた。

 

ガルドに至っては、エリスの矢を「指で摘んで」いた。鋼鉄をも貫くはずの矢が、まるで爪楊枝のように軽くへし折られる。

 

「硬度が足りない。……これでは魔王様の装甲には傷一つつけられない」

 

ガルドが失望したように首を振る。その動作だけで、暴風のようなプレッシャーが放たれた。

 

「次は当方の攻撃ターンです。……回避行動を推奨します」

 

ネフェルが指を鳴らす。

 

その瞬間、上空の空間が歪み、無数の光の槍が出現した。

 

「なっ……!?」

 

「『裁きのジャッジメント・レイン』」

 

無機質な宣告と共に、光の雨が降り注ぐ。逃げ場はない。闘技場全域を埋め尽くす飽和攻撃。

 

「ミラ! 結界を!」

 

「はいっ! 『聖域のサンクチュアリ・シールド』!」

 

ミラが聖杖を掲げると、半球状の黄金の障壁が僕たちを包み込んだ。光の槍が障壁に激突し、激しい火花を散らす。

 

ガガガガガガッ!!

 

凄まじい衝撃。だが、ミラの結界はビクともしない。さすがは聖女、鉄壁の守りだ。

 

「……防御力、Aランク。合格ラインです」

 

ネフェルが淡々と採点する。

 

「ですが、耐久値はどうでしょう?」

 

彼女が再び指を鳴らすと、光の槍の威力が倍増した。さらに、ガルドが巨大な拳を振り上げ、結界の上からハンマーのように叩きつける。

 

ズドォォォン!!

 

「きゃあぁッ!?」

 

ミラが悲鳴を上げ、膝をつく。結界に亀裂が走る。

 

「ミラ!!」

 

僕は飛び出し、聖剣に魔力を込めてガルドの腕に斬りかかった。

 

「お前の相手は俺だ!」

 

ギンッ!!

 

聖剣と鋼鉄の腕が激突する。

 

重い。山脈そのものがのしかかってきたような質量。だが、僕は退かない。ここで退けば、後ろのミラが潰される。

 

「うぉぉぉぉッ!!」

 

左手の指輪が熱くなり、限界を超えた力を引き出す。筋肉が悲鳴を上げ、血管が切れそうになるが、構わず押し込む。

 

「……ほう。出力上昇を確認。リミッター解除か?」

 

ガルドの単眼が興味深そうに光った。

 

「いいだろう。その『過負荷オーバーロード』にどこまで耐えられるか、試してやる」

 

ガルドの腕から蒸気が噴き出し、さらなる圧力が僕を襲う。

 

ミシミシと、聖剣アークが軋む音が聞こえる。剣だけじゃない。僕の腕の骨も、今にも砕け散りそうだ。

 

(痛い……痛いッ!)

 

脳が危険信号を発する。だが、指輪システムがそれを遮断し、『戦闘継続』を強制する。

 

「カイル様! 今援護しますわ!」

 

エリスの声。フェイの詠唱。仲間たちが必死に反撃しようとしている。

 

だが、その時。僕の耳に、ありえない「声」が届いた。

 

『……適合率、98%。……素晴らしい』

 

ネフェルの声だ。

 

彼女は戦闘中だというのに、僕たちの苦戦を見て「満足そうに」頷いていたのだ。

 

『勇者カイル。その痛み、その渇望。……それこそが、魔王様が求めていた最後のパーツ』

 

パーツ? 僕が?

 

その言葉に気を取られた一瞬の隙だった。影将シャドウが、いつの間にか僕の背後に忍び寄っていた。

 

「しまっ――」

 

ズブッ。

 

黒い刃が、僕の横腹を深々と貫いた。

 

「がはっ……!?」

 

熱い。焼けるように熱い。血が溢れ出し、視界が明滅する。

 

「カイル!!」

 

「カイル様!!」

 

仲間たちの悲鳴が遠くなる。力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 

薄れゆく意識の中で、僕はネフェルがガルドとシャドウに合図を送るのを見た。

 

「テスト終了。……サンプル(勇者)の回収は不要です。彼は自力でここを越えてくるでしょう」

 

「……期待シテイルゾ、勇者ヨ」

 

三将星の姿が、霧のように消えていく。

 

後に残されたのは、血の海に沈む僕と、動揺する仲間たちだけ。

 

「ミラ……回復を……」

 

僕は震える手を伸ばした。

 

ミラが駆け寄り、回復魔法をかけてくれる。傷が塞がり、痛みが引いていく。完璧な回復。

 

だが、心の底に突き刺さった「棘」は消えなかった。

 

彼らは僕たちを殺せたはずだ。なのに、見逃した。まるで、完成間近の作品を壊すのが惜しいとでも言うように。

 

(僕は……魔王を倒すための勇者じゃないのか? ……魔王のために育てられている家畜なのか?)

 

疑念が、冷たい泥のように心に沈殿していく。

 

立ち上がった僕の体は、傷一つなく修復されていた。だが、その内側で何かが決定的に壊れ始めている音を、僕は確かに聞いた気がした。

 

第7話 完

【次回予告】

第8話 届かない手紙、王都のノイズ

明日(土) 18:00 公開

王都からの補給物資。けれど、一番欲しかった親友からの手紙だけが入っていない。

世界は少しずつ、しかし確実に、カイルから「アルス」という存在を切り離そうとしている。

■明後日(3日目)

12:00 第9話

18:00 第10話

20:00 第11話(真の物語、始動)

※以降は毎日18:00に更新予定です。


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