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第32話 偽りの英雄、吼える鉄槌

「騙されるな! あれは反逆者が作り出した幻影だ!」

 

国王レオンの怒声が、拡声魔法によって崩れかけた広場に響き渡る。

だが、その声は以前のような絶対的な威厳を持たない。

 

頭上の空には赤黒い亀裂が走り、世界が悲鳴を上げている。

足元の美しい白亜のタイルは、脈打つ血管のようなパイプが絡み合い、不快な駆動音を立てるグロテスクな床へと変貌している。

 

あまりにも生々しい現実は、市民の恐怖を煽るだけだった。

隠されていた「搾取」のシステムが、白日の下に晒されているのだ。

空気中に充満するのは、下水とオイル、そして濃縮された魔力が腐敗したような、鼻の奥に粘りつく甘ったるい悪臭。

 

「排除せよ! あの薄汚いネズミどもを殺せ!」

 

レオンの命令に反応したのは、混乱して右往左往する衛兵たちではなく、演壇に控えていた三人の「英雄」たちだった。

 

「……陛下への侮辱、許さん」

 

剣聖フェイが、瞬きする間もなく抜剣し、地面を蹴った。

その踏み込みだけで、石畳がクレーター状に陥没する。

 

「異端者には浄化の炎を」

 

魔導師ミラが杖を掲げ、高速詠唱を開始する。

大気中のマナが渦を巻き、灼熱の赤へと変換されていく。

 

「ごめんなさい……でも、秩序のためだから」

 

弓使いエリスが悲痛な顔で、しかし正確無比に矢をつがえる。

キリキリと弦が引き絞られる音が、死へのカウントダウンのように響く。

 

三方向からの殺気が、一点――僕たちに集中した。

だが、僕は動かない。

動く必要がないからだ。

 

僕は背中の『可変式・複合スパナ(マルチ・ツール)』を構え直し、静かに告げた。

 

「ゼノ、リィン。……出番だよ。僕たちの『技術』を見せつけてあげてくれるかな」

 

「死ね、大男!」

 

剣聖フェイの剣技は神速だった。

【光速剣・閃】。

 

視認不可能な速度で放たれた一撃が、ゼノの首を狙って疾走する。

風すら置き去りにするその剣筋は、確かに人類最強の剣士の名に相応しい。

瞬きの間に首が飛ぶ――誰もがそう思った瞬間。

 

ガギィィィンッ!!

 

甲高い金属音が響き、フェイの体が弾き飛ばされたように後退した。

 

「な、んだと……!?」

 

フェイが痺れた腕を押さえ、目を見開く。

彼女の愛剣「ソニック・ブレード」の刃が、わずかに欠けていた。

 

そこには、大剣を地面に突き立て、仁王立ちするゼノの姿があった。

その胸には、真紅に輝く『竜装の胸当て』がある。

傷一つついていない。

ドラゴンの素材とドワーフの技術、そして僕の設計が融合した最強の盾だ。

 

「速すぎて見えねぇな。だが、お前の剣は『軽すぎる』んだよ」

 

ゼノがニヤリと笑い、胸当てを親指で弾く。

カーン、と硬質な音が響く。

 

「アルスの作ったこの『衝撃反射装甲リアクティブ・アーマー』はな、ドラゴンの鱗を積層加工してある。受けた運動エネルギーを倍にして相手に返すんだ。お前が速ければ速いほど、お前自身が痛い目を見る仕掛けだぜ」

 

「小細工を……!」

 

「小細工じゃねぇ、技術だ! ……次はこっちの番だなぁッ!」

 

ゼノが大剣を振りかぶる。

その一撃は、速さではなく、空気を押し潰すほどの圧倒的な――

「質量」

を伴っていた。

魔族(竜人)の剛腕と、魔匠士の装備。その融合が、神速の剣聖を力でねじ伏せていく。

 

一方、後方では高度な魔術戦が展開されていた。

 

「灰になりなさい。【紅蓮の劫火インフェルノ・ブラスト】!」

 

魔導師ミラが放ったのは、軍隊すら一撃で焼き払う戦略級魔法。

巨大な火球が渦を巻き、全てを飲み込もうとリィンへ殺到する。

熱波だけで肌が焦げそうなほどのエネルギー量だ。

 

だが、リィンは防御魔法を展開しなかった。

ただ静かに、空中に浮かぶ解析用ウィンドウに指を走らせる。

その瞳は、炎の恐怖ではなく、数式の羅列を冷徹に追っていた。

 

「術式構成、座標固定……あまいわね。セキュリティが穴だらけよ」

 

パチン。

 

リィンが指を鳴らした、その瞬間。

 

ボシュッ……。

 

目前まで迫っていた巨大な火球が、突然、蛍火のように小さくなり、かき消えた。

熱量保存の法則を無視した、ありえない現象。

 

「な……!? バカな、私の魔法が……消滅した!?」

 

ミラが杖を取り落とすほどの衝撃を受ける。

彼女の常識では理解できない事態だ。

 

「消したんじゃないわ。『書き換えた』のよ」

 

リィンの着る『解析者のローブ』が青白く発光する。

繊維の一本一本が魔力回路となり、周囲のマナをハッキングしているのだ。

 

「あなたの魔法は教科書通りすぎて、構成ソースコードが丸見えなの。燃焼プロセスに必要な『酸素供給』の定義を、『窒素充填』に書き換えてあげたわ」

 

直後、ミラの足元がカチンと凍りついた。

行き場を失った炎の魔力が、逆位相の冷気へと強制変換されたのだ。

 

「うそ……魔力なら私の方が上のはずなのに……!」

 

「魔力量の問題じゃない。理解度の差よ」

 

古代の知識とアルスの解析技術を受け継いだリィンにとって、現代の形式化された魔法など、解くのが容易いパズルに過ぎなかった。

 

ゼノとリィンが左右の脅威を排除する中、僕はまっすぐに演壇の階段を上り詰めた。

土煙の晴れ間、目の前に立っていたのは、かつて僕の後ろをついて回っていた親友――勇者カイルだ。

 

「カイル。……久しぶりだね」

 

僕は努めて静かに、普段通りの口調で声をかけた。

喉が震えそうになるのを、必死で抑え込む。

 

だが、カイルからの返答はなかった。

彼の虚ろな瞳は、僕を「親友」として認識していない。

ただの「排除すべき障害物エラー」として捉えている、無機質なレンズのような目だ。

 

「カイル! 何を呆けている、その不届き者を斬り捨てろ!」

 

後方で腰を抜かしているレオンが金切り声を上げる。

その命令がトリガーだった。

 

カイルの右手に嵌められた『救世の指輪』が、どす黒い光を脈打たせる。

彼の意思とは無関係に、筋肉が強制的に収縮させられる。

 

ザッ!

 

予備動作ゼロの一撃。

かつて僕が教えた剣術を、システムが最適化し、人間離れした速度で繰り出してくる。

聖剣が僕の首を刎ねようと迫る。

 

ガキンッ!!

 

僕は背中の複合スパナ(マルチ・ツール)を抜き放ち、その斬撃を真正面から受け止めた。

アイゼンの装甲と同じドラゴンの素材で鍛えた工具は、聖剣の一撃を受けても傷一つ付かない。

 

だが、伝わってくる重みは異常だった。

 

(なんだ、このデタラメな出力は……! 筋肉のリミッターを外されているのか!?)

 

骨が軋む音がする。

カイルの細い腕のどこに、こんな馬鹿力が潜んでいたのか。

いや、これはカイルの力じゃない。指輪が無理やり引き出している、命を削る力だ。

 

「カイル! 僕だ、アルスだ! 思い出してくれ!」

 

鍔迫り合いの最中、至近距離から叫ぶ。

カイルの唇が微かに震えた。

 

「……ア……ル……ス……?」

 

一瞬、光が戻りかけた瞳が、次の瞬間には再び濁った闇に塗り潰される。

 

『エラー。言語中枢ヲ遮断。殲滅モード継続』

 

指輪から伸びた黒い血管のような魔力が、カイルの腕を侵食していく。

 

「がはっ……!」

 

ドゴォッ!

 

カイルの蹴りが僕の腹に突き刺さり、僕はボールのように吹き飛ばされ、アイゼンの装甲に叩きつけられた。

肺の空気が絞り出される。

背骨が折れそうな衝撃。

 

だが、今の一瞬、カイルの瞳に光が戻りかけたのを見逃さなかった。

あいつはまだ、中にいる。

システムの下で、助けを求めて叫んでいるんだ。

 

「ははは! 無駄だ無駄だ! その人形は『救世主』として完成されている!」

 

レオンが狂ったように笑う。

 

「自我など不要! 王家の命令に従い、敵を滅ぼすだけの存在こそが、最も効率的な勇者なのだよ!」

 

ブチッ。

 

僕の中で、何かが切れる音がした。

効率? 完成?

ふざけるな。

あいつは部品じゃない。

泣き虫で、優しくて、それでも誰かを守りたいと願った、ただの人間だ。

 

僕はよろめきながら立ち上がり、ポケットの中の『魂縛解除機ソウル・ブレイカー』を握りしめた。

遺跡で手に入れた『星の欠片』を使って作った、対指輪用のジャミング装置だ。

 

チャンスは一度きり。

カイルの剣と僕のスパナが接触し、魔力パスが繋がった瞬間に、この解除コードをゼロ距離で流し込むしかない。

 

「ゼノ! リィン! ……カイルの動きを一瞬だけ止めてくれるかな!」

 

「おうよ! 待ってましただぜ!」

 

瓦礫の中から飛び出したゼノが、捨て身のタックルでカイルに突っ込む。

 

「うらぁぁッ! 親友なら目を覚ましやがれ!」

 

カイルが剣でゼノを受け止める。その隙に、リィンが最大出力の重力魔法をカイルの足元に叩き込む。

 

「今よ、アルス!」

 

カイルの姿勢がわずかに崩れた。

僕は全速力で駆け出した。

痛みなど忘れる。防御は捨てる。

スパナの先端を、カイルの体ではなく、聖剣の刀身コアに向けるフェイントをかける。

 

カイルも本能的に剣を突き出す。

切っ先が僕の心臓を狙う。

構うもんか。

 

ドスッ……。

 

聖剣が僕の左肩を貫いた。

焼けるような激痛が走る。骨が砕ける感触。肉が裂ける音。

だが、僕は止まらない。

さらに踏み込み、自分を串刺しにしながらカイルとの距離をゼロにした。

 

「捕まえたよ……!」

 

「……兄、さん……?」

 

カイルの瞳が、至近距離で僕を捉える。

焦点が合う。

 

「兄さんじゃない。……アルスだ、バカ野郎!」

 

僕は血を吐きながら叫び、左手でカイルの指輪を鷲掴みにした。

右手の解除機ソウル・ブレイカーを、指輪に直接押し当てる。

 

起動ブート!! このクソったれな呪縛を……食いちぎれぇぇぇッ!!」

 

バチバチバチッ!!

 

強烈な青い電流が指輪へと逆流し、システムのエラー音が広場に鳴り響いた。

 

『警告。外部からの不正アクセス。セキュリティ、突破サレマシタ……』

 

パリンッ……!!

 

硬質な音がして、カイルの指輪に亀裂が入り、砕け散った。

同時に、カイルの体を縛っていた黒い魔力の糸が霧散していく。

 

「……あ……」

 

カイルの瞳から、濁った色が消え、本来の澄んだ色が戻る。

聖剣が手から滑り落ち、カランと乾いた音を立てた。

 

「アルス……?」

 

「ああ。……遅くなってごめんね」

 

カイルの体から力が抜け、僕の胸に倒れ込んでくる。

僕たちは重なり合うようにして、地面へと崩れ落ちた。

肩の傷が熱い。血が止まらない。

だが、腕の中にある親友の温もりが、僕に生きている実感をくれた。

 

「おのれ……おのれ、おのれぇぇッ!!」

 

瓦礫の山となった演壇の上で、国王レオンが髪を振り乱して絶叫していた。

その顔はもはや、王のそれではない。

計画を壊された子供のような癇癪と、殺意に満ちた悪鬼の形相だ。

 

「よくも私の『大結界』を! 貴様のような欠陥品が、王の計画を邪魔するなどあってはならんのだ!」

 

レオンが懐から、禍々しい光を放つ水晶のような宝玉を取り出す。

それは、王都の地下深くに埋設された『魔力炉』の制御キーだった。

 

「こうなれば、カイルごとき不要だ! 都に蓄積された全魔力を私に取り込み、私自身が神となる!」

 

レオンが宝玉を握りつぶすと、王城全体が眩い光に包まれた。

 

ズドォォォォンッ!!

 

城の尖塔が崩れ落ち、地下から噴き出した莫大な魔力がレオンの身体に収束していく。

大地が鳴動し、空が割れる。

 

「リィン! カイルを頼む!」

 

僕は倒れたカイルをリィンに託し、ふらつく足で立ち上がった。

手には、まだ血のついたスパナを握りしめている。

 

「……まだ終わらないようだね」

 

僕は背後の鉄巨人を呼んだ。

 

「アイゼン、来いッ! 最終決戦仕様ファイナル・モードだ!」

 

僕たちの戦いは、ここからが本番だ。

神を気取る兄と、泥臭く抗う弟。

二人の王子の決着をつける時が来た。

 

第32話 完

※次話は明日18:00に更新予定です。

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