第31話 王都、鉄と魔法のパレード
「止まれ! 貴様ら、何者だ!」
王都アステリアの正門前。
普段なら行商人や旅人の喧噪でごった返すはずの巨大なゲートだが、今日は違った。
国を挙げての「建国記念式典」。
その威信をかけた厳戒態勢が敷かれ、蟻の這い出る隙間もないほどの緊張感が張り詰めている。
見上げるほど高い城壁の上には、対モンスター用の巨大な魔導砲がずらりと並び、冷たい砲口を眼下に向けている。
空を見上げれば、グリフォンに騎乗した王宮騎士たちが編隊を組んで旋回し、地上へ威圧的な影を落とし続けていた。
その鉄壁にして過剰な包囲網の前に、たった一台で乗り付けた、場違いな存在があった。
真っ黒な鉄塊――
『機動工房車アイゼン・ツヴァイ』。
高熱で焼け焦げ、赤茶けた錆が浮いた装甲。
無骨に剥き出しになった排気管からは、熱気と黒煙が吐き出されている。
そして、車体から滲み出る圧倒的な質量感と、鼻を突く焦げた機械油の臭い。
ピカピカに磨き上げられ、魔法で清浄化された王都の美観とは対極にある、泥臭く、そしてあまりに凶暴な――
「異物」
だ。
運転席の窓から、熱気を含んだ風が吹き込む。
僕はハンドルから片手を離し、サングラスを指先でずらして、眼下で槍を構える衛兵たちを見下ろした。
「……やれやれ。招待客に対して随分な態度だね」
声には、呆れと、ほんの少しの皮肉を混ぜる。
彼らの動揺が手に取るように分かる。
王都の警備兵たちは、こんな薄汚れた鉄の塊が、正面から堂々と現れることなど想定していなかったのだろう。
彼らの装備は美しいが、実戦の汚れを知らない「飾り物」だ。僕の目には、整備不足の関節や、磨きすぎて強度が落ちた装甲の歪みが見て取れた。
「招待状なら持っているよ」
僕は懐に手を入れ、指先で小さな金属片を弾いた。
あの通信で一方的に送りつけられた、座標データが入ったメモリユニットだ。
カシャン。
乾いた音を立てて、衛兵の足元に転がる。
ユニットのインジケーターが、警告色である不吉な赤色に明滅し、電子音を刻み始めた。
「招待客の名は『アルス・アステリア』。……通してくれるかな。陛下がお待ち兼ねのはずだよ」
僕が名乗った、その瞬間。
衛兵たちの顔色が一斉にサッと青ざめ、さざ波のような動揺が隊列を走った。
「元、第二王子……!?」
「指名手配中の大反逆者が、ノコノコと正面から来たと言うのか!」
信じられないものを見る目。
かつて「無能」と蔑まれ、地下室へ追いやられた王子が、鉄の怪物を駆って戻ってきた。
その事実は、彼らの常識を根底から揺さぶったようだ。
だが、すぐに軍人としての命令が恐怖を上書きする。
「捕らえろ! 抵抗するなら殺しても構わん! 陛下からの勅命だ!」
指揮官の怒号。
衛兵たちが一斉に抜剣し、金属が擦れる音が響く。
城壁の上の魔導砲が、ギギギと重苦しい音を立てて旋回し、アイゼンに照準を合わせる。
数百、数千の殺気が肌を刺す。
だが、幾多の死線を越えてきた今の僕たちには、それはそよ風程度にしか感じられなかった。
「へっ、手荒い歓迎だな。どうする大将? 轢き潰すか?」
助手席で、真紅に輝く『竜装の胸当て』を纏ったゼノが、凶悪な笑みと共に首を鳴らす。
ボキボキという音が、エンジン音に混じって聞こえた。
彼の瞳は、獲物を前にした猛獣のようにぎらついている。
「計算通りね。正面に戦力を集中させている間に、バルトたちが地下から工作を進めているはずよ」
後部座席のリィンが、膝上の端末を操作しながら冷静に状況を分析する。
彼女が纏う青白く光る『解析者のローブ』が、周囲の魔力濃度を読み取り、微かに明滅していた。
「そうだね。……なら、僕たちは派手に玄関をノックするとしようか」
僕はシフトレバーを握り込み、ローギアへと叩き込んだ。
掌に伝わるエンジンの振動が、僕の鼓動とシンクロする。
この振動は、かつて地下室で一人聞いていた孤独な音ではない。仲間と共に地獄を駆け抜けてきた、信頼できる相棒の心音だ。
「開けてもらえないなら、こじ開けるまでだよ。……行くぞ、アイゼン!」
ドォォォォォォンッ!!
アイゼンの心臓部――『竜血エンジン』が爆発的な咆哮を上げた。
極太のタイヤが石畳を削り取り、白煙を上げながら急発進する。
数トンの鉄塊が、砲弾となって正門へ突っ込む。
「撃てぇぇぇッ!!」
指揮官の絶叫。
城壁から、魔導砲の雨が降り注ぐ。
炎、雷、氷の礫。
数百発の致死的な魔法が、アイゼンめがけて殺到する。
視界が閃光で埋め尽くされる。
「無駄だよ」
僕の呟きと同時に、リィンが杖を掲げた。
『シールド出力、安定。ドラゴンの素材は伊達じゃないわよ!』
アイゼンの周囲に展開された多重防御結界と、車体そのものが持つ対魔装甲が、全ての攻撃を弾き返す。
着弾の衝撃すら、助手席のゼノが展開した胸当てのフィールドが吸収し、それを推力へと変換していく。
加速する。
目の前に迫る、厚さ5メートルの巨大な城門。
鋼鉄と魔法で強化された、絶対不落の壁。
「どいてくれるかいッ!!」
ズガァァァンッ!!
衝撃音が世界を揺らした。
アイゼンのフロントに取り付けられた、オリハルコン製の「衝角」が、城門の中央に激突したのだ。
鋼鉄がひしゃげ、木材が弾け飛ぶ轟音。
蝶番が引きちぎられ、破片が散弾のように飛び散る。
数千人の兵士が守るはずの絶対防衛線が、たった一台の暴走車によって、まるで紙細工のように突破される。
「なっ、なんだあの化け物は!?」
「止めろ! 市街地に入れさせるな!」
悲鳴を上げて逃げ惑う衛兵たち。
僕たちは降り注ぐ瓦礫の雨をくぐり抜け、土煙を突き破って、王都のメインストリートへと躍り出た。
城門を抜けた先には、別世界のような光景が広がっていた。
そこには、戦場の煤けた匂いなど微塵もない、華やかなパレードの景色があった。
空には色とりどりの紙吹雪が雪のように舞い、沿道のバルコニーからは着飾った貴族たちが優雅に手を振っている。
楽団が奏でるファンファーレ。
「勇者カイル」を称える英雄の歌が、高らかに響き渡っている。
そこには、世界の裏側で起きている歪みなど微塵も感じさせない、完璧で、清潔で、そして――
空虚な平和
があった。
だが、黒い鉄塊の乱入によって、その調和は一瞬で破壊された。
「きゃあぁぁぁッ!?」
「魔物だ! 黒い魔物が攻めてきたぞ!」
パニックに陥る市民たち。
ドレスを着た貴婦人が悲鳴を上げて逃げ出し、屋台がなぎ倒される。
色鮮やかなパレードの列が、蜘蛛の子を散らすように乱れていく。
僕はクラクションを鳴らしながら、わざとパレードの隊列のど真ん中を突き進んだ。
「いい気味だぜ! その薄っぺらい笑顔の仮面、全部剥がしてやるよ!」
ゼノが窓から身を乗り出し、中指を突き立てて挑発する。
アイゼンが通った後には、焦げたタイヤ痕と排気ガスの黒煙が残り、美しく舗装された白亜の道を容赦なく汚していく。
それは単なる破壊ではない。
「ここに異物がいるぞ」
「お前たちのシステムは完璧じゃないぞ」
という、僕たちなりの強烈なメッセージだった。
綺麗なだけの世界なんて、僕たちの知っている「生きた世界」じゃない。
泥にまみれ、傷つきながらも進むことこそが、生きるということだ。
前方。
中央広場に設営された、巨大な演壇が見えてきた。
そこには、豪華な玉座に座る国王レオンと、その脇を固める三人の英雄――
剣聖フェイ。
弓聖エリス。
聖女ミラ。
彼女たちは驚愕に目を見開き、こちらを凝視している。
その表情には、かつての余裕はなく、焦燥と恐怖が張り付いていた。
そして。
演壇の中央には、磔にされた一人の青年がいた。
カイルだ。
彼はうなだれ、ぐったりとしていた。
その身からは無数の管が伸び、演壇の床へと繋がっている。
まるで彼自身がポンプとなり、王都全体へ魔力を供給しているかのように。
「……久しぶりだね、裏切り者たち」
僕はアクセルを緩めることなく、演壇に向かって直進した。
ブレーキ? そんなものは踏まない。
僕たちの目的は「挨拶」に来たわけじゃない。
「喧嘩」
をしに来たんだ。
キキキィィィィッ!!
アイゼン・ツヴァイが急制動をかけ、ドリフトしながら白亜の演壇の階段に乗り上げて停止した。
熱せられたタイヤが発する焦げ臭い白煙が、もうもうと立ち込め、神聖な式典会場に充満する。
咳き込む貴族たち。
怒号を上げる警備兵。
その煙の向こう、階段の上に立つ兄上が、憎々しげに顔を歪めていた。
「……久しぶりだな、失敗作」
兄上が、汚物を見るような目で僕を見下ろした。
その目は、かつて地下室の僕を見ていた目と同じ。
冷たく、感情のない、道具を見る目だ。
「神聖なる式典を汚した罪、万死に値するぞ。……いや、その鉄屑と共に、貴様自身が汚物そのものか」
プシュッ。
僕はアイゼンのドアを蹴り開け、ゆっくりと降り立った。
着崩した黒いロングコート。
背負った巨大な『可変式・複合スパナ(マルチ・ツール)』。
顔には煤と油。
だが、その目はかつてのような諦めではなく、燃えるような反骨心に満ちている。
僕はサングラスを外し、兄の目を真っ直ぐに見据えた。
「お褒めの言葉、どうも。……だがね、レオン兄さん」
僕は鼻を鳴らし、周囲の煌びやかな装飾を見渡した。
「あんたの言う『美しさ』ってのは、随分と血生臭い匂いがするよ。香水じゃ隠しきれないくらいにね」
僕の背後から、ゼノとリィンも降り立つ。
二人の目にも、同じ怒りが燃えている。
「よう、フェイ! 俺の後釜がお前か? ……なんだよその剣、飾り物か? 刃こぼれ一つしてねぇじゃねぇか!」
ゼノが挑発すると、剣聖フェイが眉を吊り上げて抜剣しかける。
「あら野蛮人。……その口、縫い合わせてあげるわ」
「あらあら、薄汚いネズミが迷い込んだようですわね」
ミラが冷ややかな目で杖を構える。
エリスもまた、無言で弓に矢をつがえた。
一触即発。
だが、カイルだけは動かなかった。
ただ虚ろな目で、僕を見つめている。
その瞳には焦点がなく、僕を認識しているかどうかも怪しい。
まるで、魂の抜けた人形のように。
「……カイル」
僕は呼びかけた。
喉が熱くなる。
「迎えに来たよ。……ひどい顔だね、親友」
返事はない。
ただ、乾いた風が吹き抜けるだけだ。
「捕らえよ! この狂人たちを地下牢へ!」
レオンの号令と共に、広場を取り囲んでいた騎士団が一斉に動き出す。
ガチャリ、と無数の穂先が僕たちに向けられた。
逃げ場はない。完全に包囲されている。
だが、僕はニヤリと笑った。
ポケットの中にある、小さなスイッチの感触を確かめる。
「悪いが、僕たちは捕まりに来たんじゃない。『修理』に来たんだ」
僕はポケットから、片手サイズの起爆スイッチを取り出した。
赤いボタンに親指をかける。
「なっ、貴様、自爆する気か!?」
騎士たちが怯んで足を止める。
「まさか。僕が壊すのは、僕たちじゃない。……お前らが隠している 『虚構』 の方だよ」
「なんだと……?」
「スイッチ・オン」
僕はためらいなくスイッチを押した。
カチッ。
ドクン……ッ!!
アイゼンに搭載された『竜血ドライブ』が限界出力で脈動した。
車体に取り付けられた増幅器から、不可視の衝撃波が放たれる。
それは物理的な破壊力を持たない。
だが、広場一帯、いや王都全域に展開されていた「認識阻害の結界」と「幻影魔法」を強制的に解除する、広域ジャミング波だ。
パリンッ……!!
空間がひび割れる音が響き渡った瞬間、世界が変わった。
青く澄み渡っていた空は、どす黒い魔力の澱に覆われた灰色の空へ。
美しく輝いていた王都の壁は、ひび割れ、不気味な管が張り巡らされたグロテスクな姿へ。
そして、カイルたちが掲げていた聖剣や装飾品からは、禍々しい赤黒いオーラが立ち昇り、地面からは吸い上げられた人々の生命力が青白い蒸気となって噴き出している。
隠されていた「搾取」の構造が、白日の下に晒される。
「ひっ、ひぃぃぃッ!?」
「な、なんだこれは!? 空が……街が……!」
「いやぁぁぁ! 壁から血が!」
民衆が悲鳴を上げ、パニックに陥る。
美しかった王都の正体――それは、魔力を吸い上げるための巨大な搾取工場だったのだ。
「き、貴様……! 余の王国になんということを!」
レオンが震えながら叫ぶ。
その顔は、怒りよりも焦燥に染まっていた。
完璧な舞台を台無しにされた演出家のように。
僕は唖然とする彼らに向かって、高らかに宣言した。
「見えたかい? これが『美しい王国』の素顔だよ」
僕は背中の巨大なスパナを引き抜き、石畳に突き立てた。
ガァンッ!!
「さあ、始めようか。この腐りきった世界の――
大改修工事
を!」
王都決戦、開戦の合図だ。
ここから先は、英雄譚じゃない。
職人たちによる、徹底的な解体作業だ。
第31話 完
※次話は明日18:00に更新予定です。




