第30話 帰還、そして王都への切符
ドォォォン……!
地響きと共に、アイゼン・ツヴァイが夜の荒野に着地した。
いや、それは「墜落」に近い、強引な不時着だった。
焼け焦げたタイヤが地面を削り、悲鳴のような摩擦音を上げながら、数百メートルを滑走してようやく停止する。
ジュウウウゥ……。
静寂が戻った車内には、焼けたゴムの刺激臭と、オーバーヒートしたエンジンが冷却されていく金属音――チン、チンという音だけが響いていた。
極限のフライトを終えた鉄の塊は、熱を帯びたまま荒い息を吐いているようだった。
「……みんな、生きているかい?」
僕はハンドルから震える手を離し、後ろを振り返った。
「……なんとかね。シートベルトが食い込んで痛いけど」
リィンが青ざめた顔で拘束を解く。その指先もまた、小刻みに震えている。
「へっ、肝が冷えたぜ。空の旅はもう懲りごりだ」
助手席のゼノも、額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、強がってみせるように笑った。
プシューッ。
歪んだハッチを蹴り開けると、そこには見慣れた「星降る谷」の美しい夜空があった。
満天の星々が、傷ついた僕たちを静かに見下ろしている。
だが、僕たちの愛車は無残な姿だった。
真紅に輝いていたドラゴンの追加装甲は、大気圏突入の高熱で焼け焦げて剥がれ落ち、左翼のスラスターは根元から脱落している。
全身の装甲が煤け、あちこちからオイルが滲み出している。
まさに満身創痍。しかし、こいつは最後まで僕たちを守り抜き、この場所まで連れ帰ってくれたのだ。
「よく頑張ったね。……あとで最高のオイルを飲ませてあげるから」
僕はまだ高熱を持つボンネットを、労うように優しく撫でた。
火傷しそうなほどの熱さが、アイゼンの「鼓動」のように感じられた。
「怪我はないね? なら、すぐにデータの解析に移ろう。……『彼』が命がけで守っていた真実を、無駄にするわけにはいかないからね」
拠点である「旧時代の塔」に戻った僕たちは、休息も取らずに解析作業に入った。
薄暗いラボの中央。
作業台の上には、あの遺跡から持ち出した『星の欠片』――六角形の青い結晶が置かれている。
それは単なる高エネルギー体ではない。触れるだけで脳内に膨大な情報の奔流が流れ込んでくる、古代の「記憶媒体」だ。
「……始めるよ」
僕は解析用の魔導レンズを覗き込み、結晶に微弱な魔力を通した。
ブゥン……。
結晶が共鳴し、部屋の空気が振動する。
空中にホログラムのような文字情報が投影され、幾何学模様となって回転し始めた。それは古代語で書かれた、膨大なシステムログだった。
「読めるかい、リィン?」
「ええ……待って、これ……」
読み進めるリィンの顔色が、次第に青ざめていく。眼鏡の奥の瞳が、信じられない恐怖に揺れている。
「この記録……王国が隠し続けてきた『世界の成り立ち』そのものよ」
そこに記されていたのは、あまりにも残酷な真実だった。
人々が信じていた神話、歴史、そして勇者の使命。すべてが、仕組まれた「機能」でしかなかった。
『世界結界システム』
魔物から人々を守るとされているその光の壁。
だがその正体は、「外の世界」からの干渉を防ぐだけでなく、中の人間を管理し、逃がさないための「飼育の檻」だったのだ。
そして、そのシステムの維持には、定期的に膨大な魔力リソース――すなわち「勇者の魂」と「王家の血」が必要であること。
「……冗談じゃねえ」
内容を聞いたゼノが、乾いた笑みを漏らした。その拳が、怒りで震えている。
「じゃあ何か? 俺たち勇者パーティーは、世界を救うために戦ってるんじゃなくて、この『檻』の燃料になるために育てられたってのか?」
「そういうことになるね」
僕は静かに肯定した。
怒りで声が震えないようにするのが精一杯だった。腹の底で、ドロリとしたどす黒い感情が渦巻いている。
「カイルは……あいつは、最初から『使い捨ての電池』として選ばれたんだ。魔王を倒すためじゃない。魔王というシステムの一部になって、世界という檻を維持するために」
あの時、エリスが浮かべていた恍惚とした表情。ミラの「彼にとって幸せな場所」という言葉。
すべてが繋がった。
彼女たちは知っていたのだ。あるいは、知らされずに「それが正義だ」と刷り込まれていたのか。
どちらにせよ、許せる話じゃない。親友の人生を、魂を、ただの消耗品として扱うなんて。
「……『修理』が必要だね」
僕は作業台に拳を置き、強く握りしめた。カツン、と硬い音が静寂に響く。
「こんな欠陥だらけのシステム、僕が認めない。壊れているなら、直さなきゃいけない」
重苦しい沈黙が部屋を支配する。
僕たちが信じていた正義や使命が、根底から覆された瞬間だった。
だが、その沈黙を破ったのは、通信機のけたたましい着信音だった。
ビーッ! ビーッ!
「……どこからだ? この回線は暗号化されているはずなのに」
僕は警戒しながらスイッチを入れた。
『――こちら、王立騎士団・第一師団長』
ノイズの向こうから聞こえてきたのは、かつて僕を追放したあの高圧的な男の声ではなく、もっと冷徹で、権力の中枢にいる者の声だった。
『アルス・アステリア。並びにその愚かな共犯者たち。……君たちが「何」を持ち出したかは把握している』
「……何の用かな? 返せと言っても無駄だよ」
僕はマイクに向かって、努めて冷静に返した。
『交渉をしよう。一週間後、王都にて建国記念式典が行われる。そこで陛下が直々に君たちと話をしたいと仰っている』
「交渉?」
罠だ。誰がどう考えても、処刑台への招待状だ。
だが、相手は淡々と続けた。
『拒否権はない。もし君たちが姿を見せなければ……衛星軌道上に待機させている「神の槌」を、君たちが隠れ住むその谷に向けて撃ち込むことになる』
「……ッ!」
リィンが息を呑む。
あの黒い飛空艇か。あるいは、もっと高高度にある古代兵器か。
奴らは、僕たちだけでなく、この谷に住む罪のない人々や、自然そのものを人質に取ったのだ。
『賢明な判断を期待する。……以上だ』
プツン。
通信が切れる。残されたのは、一方的な最後通告と、王都への座標データだけだった。
「……やってくれるね」
僕は『星の欠片』を握りしめた。
「行くしかないようだね」
「ああ。売られた喧嘩だ、買うしかねぇだろ」
ゼノが牙を剥いて笑う。その目は猛獣のように据わっている。
「それに、カイルがあっちにいるなら好都合だ。ぶん殴ってでも連れ戻す」
逃げ隠れする日々は終わりだ。
真実を知ってしまった以上、僕たちは「反逆者」として、王都の正面玄関を叩くしかない。
決戦は一週間後。
それまでに、僕たちは準備を整えなければならない。相手は国そのもの。そして、最強の勇者パーティだ。生半可な装備では、門前払いされるのがオチだ。
「王都の式典に出るんだ。相応の『正装』が必要だろう?」
僕は工房の奥から、設計図を引いていた三着の新しい装備を引っ張り出した。
「ゼノ、君にはこれだ」
僕は真紅に輝く装甲板を渡した。ドラゴンの鱗を加工して作った『竜装の胸当て』。
「君のバカ力に耐えられるよう、衝撃吸収よりも『衝撃反射』に特化してあるんだ。殴られた分だけ、相手に衝撃を倍返しする仕様だよ」
「へっ、俺好みの性格してやがる! ありがとよアルス!」
ゼノが胸当てを叩き、嬉しそうに装着する。
「リィンには、これだよ」
遺跡で手に入れたデータを基に再構築した『解析者のローブ』。
「生地の繊維一本一本が魔力回路になっているんだ。着ているだけで周囲の魔素を集めるから、君の魔力切れ(ガス欠)の心配はなくなるはずだ」
「……ありがとう。これなら、あいつらの精神干渉魔法も防げそうね」
リィンがローブに袖を通すと、微かな青い燐光が彼女を包み込んだ。
そして僕は、いつもの薄汚れた作業着……ではなく、防刃・耐熱加工を施した黒いロングコートを羽織った。
ポケットには無数のフラスコと工具。
そして背中には、アイゼンの余剰パーツから削り出した、身の丈ほどもある巨大な『可変式・複合スパナ(マルチ・ツール)』を背負う。
「どうかな? 似合うかい?」
「ああ。どっからどう見ても、たちの悪い『破壊工作員』だぜ」
「ふふ、否定できないわね」
三人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
恐怖はない。あるのは、これから始まる大舞台への高揚感だけだ。
空が白み始める頃、修理と再改造を終えたアイゼン・ツヴァイがガレージから滑り出した。
焼け焦げた装甲はあえてそのままにしてある。それが俺たちの勲章であり、王都へのメッセージだからだ。内部機構だけを極限までチューンナップした、完全な「実戦仕様」。
「……しばらく、ここには戻れないね」
僕はバックミラー越しに、住み慣れた「旧時代の塔」を見上げた。
追放されてからの僕たちが、血と汗とオイルにまみれて作り上げた、唯一の居場所。
だが、感傷に浸っている場合ではない。この場所を守るためにも、元凶を断たなければならない。
「行こう、アルス。私たちの未来を取り返しに」
後部座席のリィンが前を見据える。
「ああ。それに、カイルたちにも挨拶しねえとな。『久しぶりだな、元気にしてたか?』ってよ」
ゼノが拳をボキボキと鳴らす。
僕はアクセルペダルに足を乗せた。
「行き先は王都、中央広場。……最高に派手な『修理』を売り込みに行くよ!」
ドォォォォンッ!!
アイゼンが爆音を上げ、朝霧を切り裂いて疾走する。
目指すは大陸の中心。全ての因縁が渦巻く場所。
こうして、僕たちの「空の冒険」は終わりを告げ、物語は血で血を洗う「王都決戦編」へと加速していく。
(待ってろよ、カイル。……今度こそ、君の手を引いてやるからな)
僕はハンドルを握りしめ、地平線の彼方を見据えた。
その瞳には、かつて地下室で俯いていた弱気な王子の影はもうなかった。
第30話 完
※次話は明日18:00に更新予定です。




