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第25話 支配された王と、小さき反逆者

僕たちはアイゼン・ツヴァイの迷彩機能を最大出力にし、灼熱の風が吹き荒れる岩陰からその光景を覗き見ていた。

 

数百メートル先、火山の火口付近にある、すり鉢状になった巨大なカルデラ。

 

そこは本来、何者も寄せ付けない「王の寝所」であるはずだった。だが今、そこにあるのは冒涜的な「解体現場」のような光景だった。

 

「……あれが、古代竜エンシェント・ドラゴンかい」

 

僕が呟くと同時に、大気を震わせる重苦しい呼吸音が響いてきた。

 

ズズ……ズズズ……。

 

全長100メートルを超える漆黒の巨体が、カルデラの底に縫い留められている。

 

鋼鉄のような鱗は所々で剥がれ落ち、そこからマグマのような金色の血が滴り落ちて地面を焼いている。そして何より異様なのは、その誇り高き首に嵌められた、巨大な白い金属輪カラーだった。

 

「出力安定! 制御術式、浸透率80%!」

 

「暴れるぞ、拘束を強めろ! 魔石を惜しむな!」

 

白銀の甲冑を纏った近衛騎士団たちが、蟻のように群がり、ドラゴンの背や脇腹に太いパイルを打ち込んでいる。

 

杭が打ち込まれるたびに、首輪から赤い電流が走り、ドラゴンが苦悶の声を上げて痙攣する。

 

「ひどい……」

 

後部座席のリィンが口元を抑え、青ざめた顔でモニターを見つめる。

 

「あれは『魔導神経接続ニューラル・リンク』……強制的に生体電流をジャックして、脳の命令系統を書き換えるための装置よ。ドラゴンをただの『生きた兵器』にするつもりなの?」

 

「……兵器、か」

 

僕は双眼鏡のピントを合わせ、首輪の構造を解析した。

 

粗雑だ。あまりにも。

 

ドラゴンの強靭な生命力を利用することしか考えていない。過剰な負荷をかけ、使い潰すことを前提とした設計。

 

そこには、火山の王に対する敬意も、生物としての尊厳も存在しなかった。あるのは、システムに管理され、搾取される「資源」としての扱いだけだ。

 

「おいおい、あれが勇者サマの国のやり方かよ?」

 

助手席のゼノが、ギリギリと歯を食い縛る音を立てた。彼のこめかみに青筋が浮かび、魔族特有の殺気が車内に充満する。

 

「俺はドラゴンなんて化け物は大っ嫌いだ。食うか食われるかの殺し合いなら文句はねぇ。だがな……あんな風に鎖で繋がれて、家畜みてぇに扱われるのを見るのは、もっと胸糞悪ぃんだよ!」

 

ドンッ!

 

ゼノの拳が、アイゼンの内壁を叩く。

 

「俺たち魔族りゅうじんにとって、竜は遠い祖先みたいなもんだ。……許せねぇな」

 

僕もまた、胸の奥で冷たく重いものが沈殿していくのを感じていた。

 

だが、それは単なる同情ではない。もっと根本的な、職人マイスターとしての憤りだ。

 

「……美しくないね」

 

僕は静かに言った。

 

「あいつらの技術(やり方)は雑だ。素材の特性を無視して、力ずくでねじ伏せているだけだ。あれじゃあ、ドラゴンの寿命は数日で尽きてしまうよ」

 

「寿命が尽きたら、また別の個体を捕まえればいい……そう考えているのね」

 

リィンの言葉に、僕は無言で頷いた。

 

効率主義、管理主義。かつて僕を「無能」と断じて追放した、王国の思想そのものだ。

 

その時、外部マイクが指揮官らしき男の声を拾った。

 

『素晴らしい! 予定より早いぞ! これで我が国は最強の『空飛ぶ要塞』を手に入れる! 全軍、最終調整に入れ!』

 

彼らは笑っていた。ドラゴンの血の匂いが充満する中で、自らの功績に酔いしれていた。

 

「大将」

 

ゼノが低い声で僕を呼んだ。その瞳は、溶岩よりも熱く燃えていた。

 

素材ドラゴンを手に入れるのが目的だったよな? ……あいつらが弱らせてくれてるんだ。横取りするなら今がチャンスだぜ」

 

彼は大剣の柄を握りしめ、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「でもよ……俺は、あの白ピカの野郎どもをブン殴りたくて仕方がねぇ。このまま横取りするだけじゃ、腹の虫が収まらねぇんだ」

 

「奇遇ね」

 

リィンもまた、杖を強く握りしめていた。

 

「私も、あの術式の汚いノイズを聞いているだけで吐き気がするわ。……アルス、どうする?」

 

二人の視線が僕に突き刺さる。

 

リスクを考えれば、撤退か、あるいは騎士団とドラゴンが共倒れするのを待つのが正解だ。真正面から国軍に喧嘩を売れば、僕たちの指名手配ランクはさらに跳ね上がるだろう。

 

だが。

 

僕はアイゼンのコンソールに手を触れ、あの白い首輪の醜悪な設計図を脳内で分解した。僕の中の「職人魂」が、あんなふざけた機械の存在を許さないと叫んでいる。

 

「……予定変更だ」

 

僕はニヤリと笑った。いつもの不敵な笑みだが、その奥には氷のような冷静さがある。

 

「ドラゴン狩りは中止だよ。これより、騎士団への『技術指導』を行う」

 

「技術指導?」

 

ゼノが目を丸くする。

 

「ああ。あんな粗悪な首輪じゃ、すぐに壊れるってことを教えてあげるんだ」

 

僕はハッチを開け、工具箱から特殊なフラスコを取り出した。

 

「目的は二つ。あのクソ忌々しい首輪を破壊(解体)し、ドラゴンを解放する。……そして、そのドサクサに紛れて、僕たちが欲しい素材だけ頂戴する」

 

「ハッ、強欲で最高だぜ!」

 

ゼノが嬉しそうに吼え、リィンがふっと表情を緩めた。

 

「さあ、始めようか。僕たちの『解体ショー』を」

 

僕たちは行動を開始した。

 

作戦はシンプルだ。ゼノが派手に暴れて騎士団の注意を引きつけ、その隙に僕とリィンがドラゴンの首輪に肉薄し、解析・破壊する。これは戦闘ではない。巨大な「爆弾処理」だ。

 

「ヒャッハァァァ! 邪魔だ邪魔だぁぁッ!」

 

ゼノが岩陰から飛び出し、カルデラの斜面を滑り降りながら大剣を振り回す。彼の咆哮と共に、見張りの騎士たちがボールのように吹き飛ばされる。

 

「なっ、何者だ!?」

 

「敵襲! 迎撃せよ!」

 

騎士団の陣形が一瞬で乱れる。整然としていた現場が、怒号と悲鳴の渦に変わる。

 

「リィン、今だ!」

 

「了解! 『隠蔽インビジブル』!」

 

リィンの魔法で姿を消した僕たちは、混乱に乗じて戦場を駆け抜けた。

 

目指すはドラゴンの首元、あの白い拘束具だ。近づくにつれ、その巨大さと、そこから発せられる不快な振動音に圧倒される。

 

ブォォォォン……。

 

首輪の表面には複雑な幾何学模様が刻まれ、ドラゴンの魔力を吸い上げて赤く発光している。僕たちはドラゴンの背中に張り付いている足場(作業用ゴンドラ)へと飛び乗った。

 

「……ひどい熱だ」

 

ドラゴンの体表からは、触れるだけで火傷しそうなほどの熱気が立ち昇っている。だが、その熱は怒りではなく、高熱にうなされる病人のような不健康なものだった。首輪の電極が皮膚に深く食い込み、そこから膿のように金色の体液が滲み出している。

 

「解析開始……! 構造マッピング、展開!」

 

リィンが杖を首輪に押し当て、光のキーボードを空中に展開する。

 

「やっぱり……これ、古代の『禁忌術式』を無理やり現代の魔導回路で動かしているわ! 中枢神経に直接パルスを送って、痛覚を支配命令コマンドに変換してる!」

 

「痛みを命令に? ……最悪の変換効率だね」

 

僕は吐き捨てるように言った。

 

痛みで支配された生物は、思考を停止し、ただ反応するだけの肉塊になる。そんなもので空を飛んでも、それは翼ではない。ただの移動装置だ。

 

「リィン、制御回路のバイパス(迂回路)を作れるかい? 僕が物理的にコアを破壊する一瞬だけ、信号を遮断してほしい」

 

「やってみる! ……でも、10秒が限界よ! それ以上はドラゴンの脳が焼き切れるわ!」

 

「10秒あれば十分だ」

 

僕は懐から、先ほどアイゼンの部品で作った即席の「指向性爆薬」を取り出した。そして、首輪の最も太い接続部、メインプロセッサの真上に設置する。

 

「ゼノ! そっちはどうだ!」

 

通信機に向かって叫ぶ。

 

『おうよ! こっちには白いのがウジャウジャ湧いてきやがる! ……だが、いい運動だぜぇ!』

 

遠くで爆発音と、ゼノの楽しげな狂笑が聞こえる。彼が引きつけてくれている間に、終わらせる。

 

「リィン、カウントダウン!」

 

「いくわよ! 3、2、1……遮断カットッ!」

 

リィンが杖を振り下ろすと同時に、首輪の赤い光が一瞬だけ消灯した。ドラゴンの動きがピタリと止まる。

 

「今だ! 『発破ブラスト』ッ!」

 

僕が起爆スイッチを押す。

 

カッ! ……ズドォォォォンッ!!

 

指向性の爆炎が、首輪の接合部一点に集中して炸裂した。分厚い装甲が紙のように引き裂かれ、内部の水晶回路が粉々に砕け散る。

 

バキンッ! バキンッ!

 

拘束を失った首輪が、自重に耐えきれずに崩壊し、巨大な鉄屑となって地面に落下した。

 

「成功……!」

 

リィンが歓声を上げる。だが、まだ終わりではない。

 

首輪が外れた瞬間、ドラゴンの瞳に、失われていた「光」が戻った。マグマのように濁っていた赤色が、澄み渡るような黄金色へと変わる。

 

グ、ルルル……!

 

ドラゴンがゆっくりと首をもたげた。その視線が、背中に乗っている僕たちを捉える。

 

殺意か、感謝か。

 

どちらでもない。それは、王としての「選別」の眼差しだった。

 

「……礼はいいよ、王様」

 

僕はドラゴンの巨大な瞳を見つめ返した。怖くはない。むしろ、清々しい気分だった。

 

「ただ、少し静かにしていてくれるかな。まだ『ゴミ掃除』が残っているんだ」

 

ドラゴンの背後から、怒り狂った騎士団の増援が迫っていた。

 

その先頭に立つのは、全身を純白の鎧で固めた、一際大きな男だった。手には身の丈ほどある巨大な槍。王都最強の騎士団長代理、ガレスだ。

 

「貴様らァァァッ!! 我が国の国益を! 神聖なる計画をォォォッ!!」

 

ガレスが形相を変えて突っ込んでくる。

 

「よくも壊してくれたな! あの首輪がどれほどの予算と時間をかけたものか知っているのかッ!?」

 

「知るかよ。……あんなガラクタ、僕なら3秒で設計図をゴミ箱に捨てるね」

 

僕は冷たく言い放ち、リィンを背に庇ってスパナを構えた。

 

だが、僕が動くよりも早く。

 

ゴオオオオオオオオッ!!!!

 

世界が震えた。

 

ドラゴンの喉の奥から、本物の、混じり気のない「王の咆哮」が放たれたのだ。

 

「総員、防御陣形シールド・バッシュッ!!」

 

ガレスが瞬時に反応し、槍を地面に突き立てて魔力障壁を展開する。

 

音波の暴力が彼らを襲い、数メートル後方へずざざっと押し流すが、彼らは致命傷を避けて耐えきった。

 

「くっ……バケモノが! 一時撤退だ! 体勢を立て直すぞ!」

 

整然と撤退するその背中は、次はもっと手強い敵として戻ってくる予感を残していた。

 

『……小さき、解体者よ』

 

頭の中に、重厚な声が響いた。

 

テレパシーではない。魂に直接語りかけるような、圧倒的な意志の波。

 

『我ガ、首枷くびかせヲ、砕キシ者ヨ』

 

ドラゴンが、僕を見ていた。その黄金の瞳には、明確な知性と、微かな興味が宿っていた。

 

『見事ナ、手際デ、アッタ』

 

どうやら、僕たちの「技術指導」は、この気難しい王様のお眼鏡にかなったらしい。

 

僕は肩の力を抜き、ニヤリと笑って答えた。

 

「どういたしまして。……さて、ここからは共同戦線といこうか?」

 

ドラゴンの口元が、ニィッと歪んだように見えた。

 

それは、種族を超えた「共犯者」の契約が成立した瞬間だった。

 

第25話 完

※次話は明日18:00に更新予定です。

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