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第22話 街道の宿場町と、商人の噂

「星降る谷」を抜けてから三日。

 

ゴトゴト、ゴトゴト……。

 

赤茶けた岩肌が続く荒野を抜け、僕たちの乗る『アイゼン・ツヴァイ』は、ようやく整備された「街道」へと出た。

 

踏み固められた土の道には、無数の馬車のわだちが深く刻まれている。

 

窓を開けると、乾いた風に乗って、牧草の青い匂いと、何かが焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。それは、久しく嗅いでいなかった「人里の体臭」だった。

 

「……久しぶりのシャバの空気だぜ」

 

助手席のゼノが鼻を鳴らし、窓枠に肘をついた。

 

「土と油の匂いも嫌いじゃねえが、やっぱり人間の飯の匂いには勝てねえな。……なぁ大将、そろそろまともな肉が食いたいぞ。保存食の乾パンはもう勘弁だ」

 

「そうだね。アイゼンの予備パーツも心もとないし、ここらで補給といこうか」

 

僕はハンドルを握りながら、前方に目を凝らした。

 

街道の先、小高い丘の上に、堅牢な石壁で囲まれた中規模の集落が見えてきた。

 

交通の要衝、「宿場町・クロスロード」。

 

ここなら必要な物資も揃うし、何より南の火山地帯へ向かうための最新情報が得られるはずだ。

 

「ただ、この巨体でそのまま乗り入れるわけにはいかないね」

 

僕は街道から少し外れた、森の木陰にアイゼンを滑り込ませて停車した。

 

プシューッ……。

 

排気音が止まり、森の静寂が戻る。

 

「リィン、ゼノ。少し待っていてくれるかな」

 

僕は車を降りると、アイゼンの黒い装甲に掌を押し当てた。

 

指先から魔力を流し込み、塗装の表面にある「光の屈折率」に干渉する。

 

イメージするのは、カメレオンの皮膚。あるいは、風景を切り取って貼り付けるコラージュ。周囲の景色と同化するように、装甲の色彩情報を書き換えていく。

 

醸造ブリュー光学迷彩カモフラージュ

 

ヴィン……。

 

低い駆動音と共に、黒鉄の車体の色が揺らぎ、木々の緑や岩の灰色と混ざり合っていく。

 

数秒後、そこには巨大な苔むした岩のような物体が鎮座していた。触れれば鉄の冷たさがあるが、見た目は完全に森の一部だ。

 

「よし、これなら遠目にはバレないだろう。徒歩で町へ入るよ」

 

「了解! 私は本屋と魔道具屋に行きたいわ。旅の補給が必要よ」

 

リィンがローブのフードを深く被り直し、顔を隠す。

 

「俺は酒場だ。肉だ、肉!」

 

「1時間後に中央広場の酒場で合流だ。……いいかい、二人とも。目立つ行動は控えてね? 僕たちは今、世界で一番のお尋ね者なんだから」

 

僕は釘を刺したが、二人は既に小走りでゲートへと向かっていた。

 

やれやれ、と僕はため息をつき、作業着の襟を立てて後に続いた。

 

町の中は、むせ返るような活気に満ちていた。

 

行商人たちの威勢のいい掛け声、鍛冶屋から響くハンマーの音、旅人たちの笑い声。そして、路地裏から漂う排泄物と腐った野菜の臭い。

 

地下室に引きこもっていた頃や、清潔な荒野でのサバイバル生活とは違う、圧倒的な「日常」の喧騒と汚れ。僕は久しぶりに味わうその雑多な空気に目を細めながら、市場を歩いた。

 

ふと、人だかりができている掲示板が目に入った。

 

そこに貼られていたのは、華やかな極彩色で描かれた一枚のポスターだった。

 

『救世の勇者カイル一行、西の魔王軍幹部を撃破! 王都へ凱旋!』

 

ポスターの中央では、聖剣を高く掲げたカイルが、太陽のように爽やかに微笑んでいる。

 

その背後には賢者フェイ、聖女ミラ、弓使いエリス、そして騎士団長姿のレオン兄さんが並び、まさに絵に描いたような英雄譚の一幕だ。

 

「さすがカイル様だ! これで西側の街道も安全になるぞ!」

 

「ありがてぇ……やっぱ勇者様はすげぇや」

 

町人たちは口々に称賛し、ポスターに向かって祈りを捧げている者さえいる。

 

だが、その熱狂の裏側で、小さな囁き声も僕の耳には届いていた。

 

「でもよ、最近の『勇者税』、ちと高すぎねぇか?」

 

「ああ……軍の徴発も強引だって聞くしな。平和になるのはいいが、俺たちの暮らしが干上がっちまうよ」

 

「勇者様の凱旋パレードのために、また寄付金を集めるんだとさ。……払えない奴は『非国民』扱いだ」

 

小声で交わされる不満と疲弊。

 

僕はポスターの中のカイルを見つめた。あの笑顔は完璧だ。完璧すぎて、人間味がない。

 

(……エリスたちが上手く世論操作をしているようだね。でも、メッキが剥がれ始めているよ)

 

英雄という名のシステムが、民衆の生活を圧迫し始めている。

 

カイルが望んだ世界は、こんな形じゃなかったはずだ。あいつは、誰かを犠牲にして笑うような奴じゃない。

 

広場を抜け、路地裏の露店街へ向かう。

 

僕の目的は、アイゼンのリアクターを耐熱強化するための素材だ。次の目的地である火山へ行くなら、今のままでは心もとない。

 

「いらっしゃい! お兄さん、いい目をしているね。何かお探しで?」

 

声をかけると、小太りで愛想のいい行商人トマスが顔を出した。

 

彼の露店には、珍しい鉱石や魔物の素材が所狭しと並べられている。大半はガラクタだが、中にはキラリと光る掘り出し物が混ざっている。

 

「この『耐火粘土』、質がいいね。どこで仕入れたんだい?」

 

僕は赤茶色の粘土の塊を手に取った。

 

ずっしりと重く、指先にピリピリとした微弱な熱を感じる。これは良い素材だ。うまく「醸造」すれば、高熱を遮断するセラミック装甲が作れる。

 

「お目が高い! こいつは南の『焦熱の火山帯』の麓で採れた特級品ですよ。……でも、最近はあそこも物騒でねぇ」

 

トマスが急に声を潜め、左右を見回した。

 

「『竜』が目覚めたって噂があるんです。活発化していて、熟練の採掘師たちも逃げ出しているとか」

 

「竜か……。やはり噂は本当だったみたいだね」

 

僕が頷くと、トマスはさらに顔を近づけてきた。酒臭い息がかかる。

 

「それだけじゃありませんぜ。その竜の素材を狙ってか、あるいは別の目的か……王都の騎士団や、怪しい連中が南へ向かっているのを見たって話も聞きます」

 

「騎士団?」

 

僕は眉をひそめた。

 

カイルたち勇者パーティ本体は、ポスターの通り王都にいるはずだ。だとしたら、別動隊か? それとも、僕たちを追う追っ手か?

 

「ええ。……そういえばお客さん、ここに来るまでに見ませんでしたか? 『元第二王子の指名手配書』」

 

「……元第二王子の、指名手配書だって?」

 

僕は眉ひとつ動かさず、興味深そうに聞き返した。

 

心臓の鼓動が早くなるのを、冷たい理性で抑え込む。

 

「へえ、そんなものが出ているのかい?」

 

「ええ、とんでもない賞金首ですよ」

 

トマスは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、カウンターの上に広げた。

 

『指名手配:元第二王子アルス・アステリア』

 

『罪状:勇者パーティへの反逆、国宝級装備の窃盗、及び逃亡』

 

『賞金:金貨100枚(生死問わず)』

 

そこには、無愛想な仏頂面をした僕の似顔絵が描かれていた。特徴は捉えているが、今のすすまみれでゴーグルをつけた姿とは少し違う。

 

「なんでも、勇者様の聖なる装備を盗んで逃げた大罪人だとか。特徴は『目つきが悪く、常に油の匂いがする無愛想な男』だそうで」

 

トマスが僕の顔と手配書を見比べる。

 

じろり、と値踏みするような視線。

 

僕は作業着の袖を嗅ぐふりをして、苦笑いを浮かべた。

 

「そいつは怖いね。僕も油仕事をしているから、間違われないように気をつけないとな」

 

「へへっ、違いねぇ。まあ、この似顔絵じゃあ、半分くらいの職人が当てはまりそうですけどね」

 

トマスは僕の正体に気づいていないのか、それとも気づいていて泳がせているのか、商売人らしい曖昧な笑みを浮かべた。

 

「ま、お兄さんは良いお客さんだ。この粘土、おまけしておきますよ」

 

「助かるよ。……見つけたら、通報させてもらうかな」

 

僕は金貨を置き、耐火粘土の入った袋を担いで店を離れた。

 

背中でトマスの視線を感じる。長居は無用だ。情報は十分に得られた。

 

「ここよ、アルス!」

 

約束の時間、中央広場に面した酒場の奥の席で、リィンが小さく手を振っていた。

 

テーブルには空になった皿が山のように積み上げられ、ゼノがジョッキを片手にゲラゲラ笑っている。

 

「おうアルス! 遅かったじゃねえか! ここのエールは最高だぜ!」

 

「……随分と楽しそうだね」

 

僕は呆れながら席につき、二人に顔を寄せた。

 

「楽しんでいるところ悪いけれど、状況が変わったよ。僕たちの首に賞金が懸かっている」

 

僕は手配書の写し(さっきの店でこっそり記憶して手帳に書き出したもの)をテーブルに広げた。

 

「げっ、マジかよ。金貨100枚? 俺の元傭兵時代の賞金より高いじゃねえか」

 

ゼノが口笛を吹く。

 

リィンも表情を引き締めて眼鏡を直した。

 

「……私も魔道具屋で情報を掴んだわ。南の火山に、王都の騎士団の一部――それも『白銀の牙』と呼ばれる精鋭部隊が向かっているみたい。目的は不明だけど、おそらく『ドラゴンの素材』か、あるいは『逃亡者の捜索』よ」

 

状況は整理された。

 

1.カイルたちは王都で英雄として祭り上げられ、身動きが取れない(あるいは動かない)。

 

2.僕たちは大罪人として手配され、包囲網が狭まっている。

 

3.次の目的地「火山」には、ドラゴンだけでなく、僕たちを狙う追っ手も集まりつつある。

 

「挟み撃ちってわけか」

 

ゼノがニヤリと笑い、ジョッキの中身を干した。

 

「燃えるねぇ。ドラゴンと騎士団、どっちから料理する?」

 

「両方だ」

 

僕は断言した。

 

「騎士団を出し抜き、ドラゴンを狩り、最高の素材を手に入れてここへ戻る。それが僕たちの勝利条件だ」

 

「相変わらず強欲ね。……でも、乗ったわ!」

 

リィンが不敵に微笑む。

 

「よし、行こうか。アイゼンの迷彩が解ける前に」

 

僕たちは残りのエールを置いて席を立った。

 

酒場の喧騒に紛れ、裏口から外へ出る。

 

宿場町の平和な灯りを背に、僕たちは夜の街道を南へと走り出す。

 

迫りくる包囲網よりも早く、灼熱の地へ辿り着くために。

 

「カイル……待っていてくれ」

 

夜空を見上げ、僕は心の中で親友に呼びかけた。

 

どんなに泥を塗られようと、汚名を着せられようと構わない。

 

僕の手は、お前を直すためなら、いくらでも汚れてやるさ。

 

エンジン音が夜の静寂を破る。

 

アイゼン・ツヴァイは南へ。熱風の吹く火山地帯へと、その巨体を加速させた。

 

第22話 完

※次話は明日18:00に更新予定です。

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