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第21話 起動不全と新たな旅路

「よし、ポチ。そこでお座りしていてくれるかな」

 

僕の命令に従い、巨大な機械獣ヘビー・ガーディアン――リィンが勝手に「ポチ」と名付けた――が、マスドライバーの入り口で大人しく伏せた。

 

鋼鉄のあぎとを地面に乗せ、青いカメラアイを点滅させる姿は、かつての殺戮兵器とは思えないほど従順だ。

 

「ここを頼んだよ。悪いネズミが入らないようにね」

 

僕が頭の冷たい装甲を撫でると、ポチは喉を鳴らすような低い駆動音で応えた。忠実な番犬を背に、僕たちは工場の心臓部へと足を踏み入れた。

 

「さあ、いよいよご対面ね!」

 

リィンが弾むような足取りで制御室へ駆け込む。僕とゼノも続く。

 

ガラス張りの壁の向こうには、天空へと伸びる銀色の巨塔、マスドライバーの射出レールが鎮座していた。

 

そのレールは遥か頭上の天井ハッチへと続き、その先には僕たちが目指すべき「空」が待っている。これさえあれば、アイゼンごと成層圏へ――カイルのいる場所へひとっ飛びだ。

 

「すごい……。近くで見ると圧巻だぜ」

 

ゼノがガラスにへばりつき、感嘆の声を上げる。

 

古代の超技術。継ぎ目のない流線型のレール、螺旋状に配置された加速コイル。それらは数千年の時を経てもなお、錆一つなく銀色の輝きを放っていた。

 

「ああ。古代の職人たちの魂を感じるよ。美しい設計だ」

 

僕もまた、その機能美に目を細めた。無駄のないフォルム、魔力伝導効率を最大化するための螺旋構造。まさに芸術品だ。これを作った名もなき先人たちに、敬意を表したい。

 

「起動シークエンス、開始するわよ!」

 

リィンがメインコンソールの前に立ち、パネルを操作した。

 

ブォン……ブォン……。

 

施設全体に低い音が響き渡り、壁面のライトが次々と点灯していく。眠っていた巨人が、数千年の時を超えて目を覚まそうとしている。床から伝わる微振動が、僕たちの期待を加速させる。

 

だが。

 

リィンが最終決定キー(エンター)を押した瞬間、期待は無機質な警告音によって裏切られた。

 

『WARNING:点火触媒イグニッション・コア、圧力低下。臨界点ニ達セズ。射出シーケンス、緊急停止』

 

ブツン。

 

全てのライトが赤く染まり、システムのダウンを告げる不快な音が響き渡った。工場の駆動音が停止し、重苦しい静寂が戻ってくる。

 

「嘘……でしょ……?」

 

リィンの笑顔が凍りつく。彼女は必死にキーボードを叩くが、画面には『ERROR』の文字が点滅するだけだ。

 

「本体は生きているのに、肝心の『コア』が反応しないわ! どういうこと!?」

 

「……やっぱり、そう簡単にはいかないか」

 

僕はため息をつき、コンソールの下部にあるメンテナンスハッチを開いた。焦げた絶縁体の匂いが鼻をつく。

 

「貸してくれるかい、リィン。心臓部を診てみるよ」

 

僕はドライバーを回し、厳重にロックされたシリンダーを引き抜いた。

 

そこには、かつて強大な魔力を宿していたであろう「点火触媒イグニッション・コア」が収められているはずだった。

 

だが、強化ガラスの筒の中にあったのは、宝石のような結晶体ではない。粉々に砕け散り、色を失った、ただのガラス片の山だった。

 

「……経年劣化だね」

 

僕は砕けた破片を掌に取り、光にかざした。かつては太陽のように輝いていただろう欠片は、今は何の光も宿していない。

 

「何百年も放置されていれば、魔力も揮発してしまうよ。これじゃあ、アイゼンみたいな重量物を空へ押し上げる爆発力は生まれない」

 

「マジかよ……」

 

ゼノが天井を仰ぎ、壁をドンと叩いた。

 

「ここまで来てお預けか? 目の前にご馳走があるのによぉ! エンジンはあってもガソリンがねぇってことかよ!」

 

「分かりやすく言えばそうだね。……火薬の湿った大砲じゃ、弾は飛ばせない」

 

重苦しい空気が流れる。

 

カイルは空の上にいる。行く手段は目の前にある。だが、それを動かす燃料がない。ガラスの天井に阻まれたような、もどかしい閉塞感。

 

「予備はないの?」

 

リィンが必死に端末を検索するが、すぐに首を横に振った。

 

「ダメ。この施設にある在庫は全部劣化してるわ。それに、このクラスの出力が出せる触媒は……現在ではロストテクノロジーよ。市場には出回っていないわ」

 

詰みか。普通ならそう思うだろう。

 

だが、僕は諦めるどころか、逆に職人としての血が騒ぎ始めるのを感じていた。ないなら、作ればいい。壊れているなら、直せばいい。それが僕たち「技術屋」の仕事だ。

 

「……いや、作れるかもしれないよ」

 

僕は砕けた結晶の破片を指先で擦り、少しだけ舌に乗せて味を確かめた。

 

ピリリとした刺激。鉄と、硫黄と、そして強烈な生命力の味。舌が痺れるほどの高濃度な魔力の残滓ざんし

 

「鑑定(解析)」

 

僕の脳内で、物質の構成成分が分解され、再構築のレシピが組み上がっていく。この味、この刺激。間違いない。

 

「……成分は、高純度の『竜血晶ドラゴン・ブラッド』と、隕石由来の『星の欠片スター・フラグメント』だね。これを適切な配分で混ぜ合わせ、僕が『醸造』すれば、コアを再構築できるはずだ」

 

「竜……だと?」

 

ゼノが顔を引きつらせた。

 

「つまりなんだ、材料がないなら、ドラゴンを狩りに行けってか?」

 

「そういうことになるね」

 

僕はあっさりと認めた。レシピは分かった。あとは材料を調達して、調理するだけだ。

 

「『星の欠片』は、さっき通った『星降る谷』でいくつか質のいいのが拾えるだろう。問題は『竜血晶』だ。普通のドラゴンの血じゃダメだ。数千年の時を生き、体内で魔力を結晶化させるほどの古龍エンシェント・ドラゴンクラスじゃないと」

 

リィンがホログラム地図を広げ、検索をかける。彼女の指先が、地図上の一点を指し示した。

 

「……ドラゴンなら、一箇所だけ心当たりがあるわ。ここから南へ五百キロ。『焦熱の火山帯』」

 

彼女が指差した先には、赤く点滅する危険地帯のマークがあった。

 

「そこに、伝説級の『炎竜ファイア・ドレイク』の巣があるという記録があるわ。でも、そこはSランクの指定区域よ? 通常の騎士団でも近づかない、死の山だわ」

 

「上等じゃないか」

 

僕はニヤリと笑った。無理難題であればあるほど、燃えるものだ。

 

「どうせ、アイゼンの強化もしなきゃならなかったんだ。今のままじゃ、たとえ空へ飛べても、大気圏突入の熱で溶けてしまうからね」

 

僕は掌の上のガラス片を握りしめた。

 

「火山の希少金属と、ドラゴンの素材。それらを使って、アイゼンとこの工房車を徹底的にアップグレードする。……これは遠回りじゃないよ。カイルを確実に連れ帰るための、必要な準備期間だ」

 

僕の言葉に、ゼノが口の端を吊り上げた。

 

「へっ、ドラゴン狩りか。血が騒ぐじゃねぇか。最高の『素材』をひん剥いてやろうぜ」

 

「もう、本当に無茶苦茶なんだから……」

 

リィンも呆れながら、眼鏡の位置を直して微笑んだ。

 

「でも、付き合うわよ! 古代のロストテクノロジーを再現するなんて、考古学者としても見逃せないもの!」

 

二人の頼もしい言葉に、僕は小さく頷いた。

 

普通の人間なら「ドラゴンを倒しに行く」なんて言えば正気を疑われるだろう。でも、こいつらは違う。壊れた世界を直すために、常識というネジを外してしまった仲間たちだ。

 

「よし、方針は決まったね」

 

僕は掌のガラス片を大切に試験管へと収めた。

 

「目的地は『焦熱の火山帯』。そこで伝説級のドラゴンを狩り、その心臓コアと血液を手に入れる。そして、アイゼンを空へ飛べる仕様に魔改造する」

 

「おうよ! ついでに俺の大剣も強化してくれよな! 最近、硬い敵が多くて刃こぼれが気になってたんだ」

 

「私の杖もお願い! さっきの戦闘で、魔力伝導率が少し落ちた気がするの」

 

「はいはい、分かったよ。……忙しくなりそうだ」

 

僕は苦笑しながらも、心の底から湧き上がる高揚感を抑えきれなかった。最高の素材、最高難度の加工、そして最高の仲間。職人として、これ以上ない舞台が整った。

 

「ポチ、お前はここで留守番だ」

 

僕は入り口で待機していた機械獣の頭を撫でた。

 

「誰もこの施設に入れないように見張っていてくれ。僕たちが帰ってくるまで、ここがお前の城だ」

 

「ワンッ!」

 

ポチは理解したように吠え、再びお座りの姿勢に戻った。その姿は頼もしく、そしてどこか健気だった。

 

僕たちは再び改造車『ノア』に乗り込み、エンジンを始動させた。

 

目指すは南。地平線の彼方に、赤黒い煙を噴き上げる巨大な山影が見える。あそこが次なる戦場だ。

 

「待ってろよ、トカゲ野郎! 俺様の新しい鎧の材料にしてやるからな!」

 

ゼノが窓から身を乗り出し、拳を突き上げる。リィンも古文書を開き、ドラゴンの弱点や生態についての予習を始めている。

 

僕はハンドルを握りながら、バックミラー越しに小さくなっていく銀色の塔――マスドライバーを見つめた。今はまだ、ただの鉄塔だ。だが、必ず戻ってくる。最強のエンジンと、最高の翼を手に入れて。

 

「……少しだけ待っていてくれ、カイル」

 

僕は空を見上げた。

 

そこには、相変わらず冷たく澄んだ青空が広がっている。その向こう側で、親友が待っている。凍えそうな孤独の中で、僕が来るのを信じて。

 

「必ず、迎えに行くから」

 

アクセルを踏み込む。

 

『ノア』は砂煙を巻き上げ、熱砂の荒野へと走り出した。タイヤが刻むわだちは、真っ直ぐに火山へと続いている。それは、僕たちが「空」へと至るための、助走の始まりだった。

 

第21話 完

※次話は明日18:00に更新予定です。

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