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第2話 凱旋パレードと、影に咲く花

翌日。王都アステリアは、建国以来の狂おしいほどの熱狂に包まれていた。

 

雲一つない青空の下、大通りを埋め尽くす群衆の歓声が、物理的な振動となって空気を震わせている。

 

視界を埋め尽くす極彩色の紙吹雪。鼻腔をくすぐる火薬と香水の甘ったるい香り。そして、何万もの人々が発する体温の熱気。

 

「カイル様ーッ!!」

 

「勇者様! こっち向いてーッ!!」

 

その熱狂の中心を、一人の青年が白馬に跨り、颯爽と進んでいた。

 

救世の勇者、カイル・ロッド。

 

純白の聖鎧は陽光を反射してまばゆく輝き、背負った聖剣『アーク』は、まるで太陽の欠片のように神々しい光を放っている。

 

彼の隣には、アステリア王国の第一王子レオン・アステリア。

 

そして、後ろには聖女ミラ、宮廷魔導師フェイ、弓使いエリスといった、勇者パーティの英雄たちが続く。

 

完璧な光景。

 

誰もが憧れる、英雄譚のクライマックスのような一幕。

 

だが。

 

その輝かしいパレードを見下ろす、王城のバルコニーの片隅に。誰の目にも留まらない「影」があった。

 

「……へえ。やっぱり、あの聖鎧あれは自然光の下だと映えるね」

 

俺――アルス・アステリアは、群衆の熱気とは無縁の冷めた目で、眼下のパレードを眺めていた。

 

手には双眼鏡ならぬ、自作の「遠距離解析スコープ」。

 

俺が見ているのは、カイルの笑顔でも、群衆の盛り上がりでもない。

 

カイルが纏っている、あの聖鎧の「関節部分」だ。

 

(右肩の駆動音、正常。膝のダンパーもスムーズに動いてる。……昨日の徹夜修理、間に合ってよかったよ)

 

レンズ越しに見えるカイルの動きは滑らかだった。

 

昨日、あいつが持ち込んだ時は、見るも無惨な鉄屑だったものが、今は新品同様に輝いている。

 

誰も気づかないだろう。

 

あの美しい鎧の内側が、継ぎ接ぎだらけの配線と、俺の汗と涙の結晶で埋め尽くされていることなんて。

 

「……いいんだ。これでいい」

 

俺は独りごちて、ポケットの中の冷たいスパナを握りしめた。

 

カイルが「勇者」として輝けるのは、俺が影で支えているからだ。だが、その事実を知っているのは、世界で俺とカイル(と兄上)だけ。

 

「勇者は、完璧でなきゃいけないんだ。……装備が壊れたり、剣が錆びたりしちゃいけない。いつだって強く、美しく、希望そのものでなくちゃ」

 

俺は眼下のカイルを見た。

 

満面の笑みで手を振っているが、その表情の裏に隠された疲労を、俺だけは知っている。

 

あいつだって、怖いのだ。

 

期待に応えなきゃいけない重圧と、次々と現れる強敵への恐怖に、毎晩押しつぶされそうになっている。

 

だからこそ。

 

俺はあいつの「鎧」を直す。物理的な防御力だけじゃない。あいつが「勇者カイル」という虚勢を張り続けるための、心の鎧も一緒に直しているつもりだ。

 

「僕の仕事は、舞台裏バックステージで彼を送り出すことだ。……行ってこい、カイル。最高の景色を見てくるんだ」

 

僕は手すりから離れ、ポケットの中でカチャカチャと音を立てていた「失敗作」を取り出した。

 

手のひらサイズの金属球。即席の防壁を展開するための試作品だが、展開速度が不安定すぎて実戦じゃ使えないガラクタだ。

 

「……さて、戻って仕事の続きでもするか」

 

金属球を放り投げてはお手玉のように受け止め、僕はスコープを下ろして踵を返そうとした。

 

その時だった。

 

ドォォォォォンッ!!

 

突如、パレードの列の後方で爆発音が轟いた。

 

歓声が悲鳴に変わる。

 

黒煙が上がり、平和なパレードが一瞬で修羅場と化した。焦げた油と、肉の焼ける嫌な臭いが風に乗って漂ってくる。

 

「なっ……!?」

 

俺は身を乗り出した。

 

スコープを覗く。

 

煙の中から現れたのは、巨大な鉄球を振り回すオーガの群れ。しかも、ただのオーガではない。全身が赤黒く変色し、狂ったように暴れ回る「変異種」だ。

 

「……まずいな。衛兵じゃ止められないぞ」

 

カイルたちが先頭にいるため、後方の市民を守る戦力が薄い。

 

すでに数人の衛兵が吹き飛ばされ、逃げ惑う人々に鉄球が迫っている。

 

俺は一瞬だけ迷った。

 

俺には戦闘力がない。魔法も使えない「無能」な王子だ。ここで飛び出しても、足手まといになるだけだ。

 

だが。

 

俺のスコープは捉えてしまった。

 

逃げ遅れた少女と、その子を庇おうとする母親の前に、巨大な鉄球が振り下ろされようとしている瞬間を。

 

(……くそっ! 考えるより先に動け!)

 

俺はポケットから、作りかけの試作魔導具を取り出した。

 

まだ調整も終わっていない、不安定な失敗作。だが、これしか手持ちがない。

 

「飛べッ!!」

 

俺はバルコニーから身を乗り出し、手にした魔導具――手のひらサイズの金属球を、オーガの足元へ向かって全力で投擲した。

 

狙いは一点。オーガの足元、重心を支える左足の座標だ。

 

起動ブート!!」

 

カッ!!

 

金属球が閃光を放ち、瞬時に展開する。

 

それは攻撃魔法ではない。俺が地下室でコツコツと組み上げていた、即席の「強制障壁インスタント・シールド」。

 

ガギィィィンッ!!

 

鉄球が、親子の鼻先数センチで、見えない壁に弾かれた。

 

重い金属音が響き、オーガが体勢を崩す。

 

「……え?」

 

「な、なに……?」

 

親子が呆然と目を開ける。

 

その目の前には、誰もいない。ただ、転がった金属球が、役目を終えてプスンと煙を上げているだけだ。

 

バルコニーの影で、俺は荒い息を吐きながらへたり込んだ。

 

心臓が早鐘を打っている。指先が微かに震えていた。

 

「……ったく。派手な真似は寿命が縮むよ」

 

俺は震える手で額の汗を拭った。

 

下では、異変に気づいたカイルたちが駆けつけ、オーガを一掃しているのが見えた。

 

もう大丈夫だ。

 

主役が到着した。

 

俺は誰にも気づかれないように、静かにバルコニーを後にした。

 

武器はない。魔法も使えない。

 

あるのは、ポケットに入ったスパナ一本と、修理屋としての意地だけ。

 

「……ここから先は『修理中』だ。関係者以外、立ち入り禁止だよ」

 

僕はハンマーを担ぎ直し、瓦礫の山となった大通りに一人、仁王立ちした。

 

舞い上がる砂煙の向こうで、オーガたちの咆哮が戸惑うように静まる。

 

背後の市民たちには指一本触れさせない。

 

ここが、僕の職場ワークスペースだ。

 

第2話 完


【次回予告】

第3話 招かれざる「客人」

本日(金) 12:00 公開

深夜の地下室。そこに現れたのは、昼間の完璧な笑顔を剥がれ落とした、疲れ切った勇者だった。

18:00 第4話

18:00 第5話


■明日(2日目)

08:00 第6話

12:00 第7話

18:00 第8話


■明後日(3日目)

12:00 第9話

18:00 第10話

20:00 第11話(真の物語、始動)


※以降は毎日18:00に更新予定です。



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