第15話 空を駆ける鉄塊、最初の仲間
第15話 空を駆ける鉄塊、最初の仲間
ドォォォォンッ!!
王都の地下水路を突き破り、僕と『アイゼン(鉄巨人)』が飛び出した先は、王都アステリアの郊外に広がる――「廃棄区画」だった。
かつて栄えた旧市街の残骸や、壊れた魔導具の山が墓標のように積み重なる、鉄と錆の荒野。
夜明け前の薄明かりの中、僕の操る鉄の巨人は、土煙を上げてその荒野に着地した。
ガシャン……プシュウゥゥ……。
数トンの質量を受け止めたサスペンションが悲鳴を上げ、余剰蒸気が白く吹き上がる。
「……っ、着地成功。サスペンションのダンパー圧が少し低下したかな」
僕はコックピットで操縦桿を優しく引き直し、機体のバランスを整えた。
車内に漂うのは、焦げたオイルの匂いと、地下水路の湿ったカビの空気。だが、その向こう側に微かに混じるのは、乾いた土と風の匂い。ここはもう「外」だ。
「よし、このまま魔王領の方角へ……」
そう息つく暇もなかった。
ビィィィィィッ!!
頭上から、鼓膜を物理的に引き裂くような、神経に触る高周波の警報音が降り注いだ。
「……おや?」
僕が上空を見上げた瞬間、夜空が真昼のように暴力的に照らし出された。
サーチライトだ。
それも一つや二つじゃない。十、二十……。光の檻が、僕とアイゼンを完全に包囲し、逃げ場を塞いでいる。
上空を旋回するのは、アステリア王国軍が誇る最新鋭の――「魔導飛空艇」の編隊だった。重厚なプロペラ音が、腹の底に響く重低音となって空気を震わせている。
『地上を行く未確認機体に告ぐ! 貴機は王宮への不法侵入、および重要文化財損壊の容疑で包囲されている! 直ちに動力を切り、投降せよ!』
拡声魔法による警告が、鉄の墓場に反響する。
「……仕事が早いな。兄さんの差し金かな」
僕は苦笑した。
王宮の結界を破った時点でバレているとは思っていたが、まさか空軍が出てくるとは。それほどまでに、僕たちを逃がしたくないらしい。
「投降? お断りだよ。僕には迎えに行かなきゃいけない親友がいるんだ」
僕はペダルを踏み込み、アイゼンを加速させた。
瓦礫の山を縫うように走り、遮蔽物を探す。だが、空からの視界は遮れない。
『警告無視を確認。――攻撃開始』
無慈悲な指令と共に、飛空艇の砲門が開いた。
ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ!
雨のように降り注ぐ魔力弾。
「危ないッ!」
僕はアイゼンの左腕で近くにあった廃車の残骸を掴み、盾にした。
ガガガガガッ!!
着弾の衝撃で廃車が飴細工のようにひしゃげ、アイゼンの装甲板からも火花が散る。コックピットが激しく揺れ、警報ランプが明滅する。
「……分が悪いね」
アイゼンは地上戦なら無敵だ。だが、空からの一方的な爆撃には手も足も出ない。このままじゃ、ただの動く的だ。スクラップにされるのも時間の問題だ。
「どうする……? ここで終わるのか?」
カイルを助けるどころか、王都のゴミ捨て場で野垂れ死に?
冗談じゃない。僕はまだ、何も直していないんだ。
その時だった。
『ヒャッハァァァー!! 派手にやってんじゃねえか、地上の芋虫どもォ!』
上空から、爆撃音をもかき消すような、野太く、そして楽しげな咆哮が響いた。
「え?」
僕と、飛空艇の兵士たちが同時に空を見上げた。
赤い閃光が走った。
それは、飛空艇の編隊の間を、物理法則を無視したような信じられない速度で縫うように疾走していた。生物? いや、機械か? 紅蓮の翼を持った「何か」が、先頭の飛空艇のブリッジに突っ込んだ。
ドガァァァン!!
爆音と共に、巨大な軍艦がバランスを崩し、断末魔のような金属音を上げて黒煙を吐き出しながら墜落していく。
「な、なんだアレは!?」
「所属不明機! 速すぎる、捕捉できない!」
軍の無線がパニックに陥る。僕はアイゼンのズームカメラで、その赤い影を捉えた。
それは、背中に巨大な機械仕掛けの翼を背負った、一人の男だった。
燃えるような赤い髪。浅黒い肌。そして額から突き出した、鋭い二本の角。
魔族の中でも最強と謳われる戦闘種族、竜人だ。
彼は身の丈ほどもある巨大な大剣を片手で振り回し、空を自由自在に飛び回りながら、王国の最新鋭艦を次々と「狩って」いた。
『オラオラァ! 王都の祝砲がうるさくて昼寝できねぇから来てみりゃ、上等な船が飛んでんじゃねえか! 通行料代わりに置いてきなァ!』
男は空中で急旋回し、飛空艇の甲板に着地するや否や、大剣を一閃させて主砲をへし折った。
「……でたらめな強さだね」
僕は呆気にとられた。
単身で艦隊に喧嘩を売る度胸も凄いが、何より目を引いたのは、彼の背中にある「翼」だった。
あれは魔法じゃない。内燃機関だ。マフラーから噴き出す炎の推力と、可変翼による空力制御で飛んでいる。魔法文明のこの世界で、あんな無骨な機械を背負って飛ぶ奴がいるなんて。
だが。
そのエンジンの音には、職人として聞き捨てならないノイズが混じっていた。
キュルル……ガガッ……!
不快な異音。
軸がコンマ数ミリぶれている。燃焼室に煤が溜まりすぎて、吸気が悲鳴を上げている。
あれでは――。
「……おい、まさか」
僕が気づいた直後だった。空中の竜人の背中から、黒い煙がプスンと吹き上がった。
『あン? おいおい、マジかよ! ここで機嫌損ねんじゃねえよ相棒!』
竜人の男が焦った声を上げる。
彼の翼の片方が、不自然にガクンと折れ曲がった。推力が失われ、男の体がキリモミ状態で落下を始める。
「落ちる!」
しかも、落下地点は僕の目の前だ。この高さから落ちれば、いくら竜人でもただでは済まない。全身の骨が砕け、肉袋になるだけだ。
「……仕方ないな!」
僕はアイゼンを前進させた。
敵か味方かは分からない。だが、あんな面白い機械を背負った人を、地面の染みにするのはあまりに惜しい。
「受け止めるよ、アイゼン!」
僕はマニピュレーターを広げ、落下してくる赤い影を受け止めた。
ズシィィィン!!
強烈な衝撃がアイゼンの腕にかかり、油圧シリンダーが悲鳴を上げる。地面が陥没し、僕の体もシートに食い込む。
「ぐぅ……ッ! 重いね、この人は!」
なんとか衝撃を殺しきり、僕はアイゼンの腕を開いた。手のひらの上には、目を回した竜人の男が転がっていた。
「……いってぇ……。死ぬかと思った……」
男は頭を振り、フラフラと立ち上がった。そして、自分を受け止めた鋼鉄の巨人と、ハッチから顔を出した僕を見て、ニカっと笑った。
「へっ、ありがとよ人間! 潰れちまうとこだったぜ!」
「礼には及ばないよ。それより、君……」
僕は梯子を降りて、彼の背中に回った。
やはりだ。
彼の背負っている機械翼『ドラグーン・ウィング』。その右側のタービン軸が、金属疲労で焼き付き、破断寸前になっていた。
焦げた金属の臭いが鼻をつく。機械が「痛い」と泣いている。
「ひどい整備不良だね。オイル交換はいつしたんだい? 燃焼室に煤が溜まって吸気効率が最悪だよ」
僕は懐からレンチを取り出し、勝手にカバーを外し始めた。
「あ? なんだオメェ、いきなり人の背中を……」
「じっとしててくれ。今ならまだ直せるから」
僕は男の抗議を無視して、焼き付いた軸受けをハンマーで叩き、強引に位置を修正した。さらに、アイゼンの予備タンクから潤滑油を拝借し、ギアの隙間に流し込む。本当なら分解整備が必要だが、今は応急処置だ。
「おい! それは俺様の商売道具だぞ! 壊したら承知しねぇ……」
「うるさいな。……ほら、スロットルを開けてみて」
男は半信半疑で、手元のコントローラーを握った。
ボッ……フォォォォォン!!
さっきまでの異音が嘘のように消え、タービンが力強く、滑らかな回転音を奏で始めた。青白い炎が安定して噴射される。
「な……っ!?」
男は目を見開き、背中の翼と僕を交互に見た。
「嘘だろ……? さっきまでガタガタ言ってたのが、新品みてぇに軽くなりやがった!」
「応急処置だよ。軸が歪んでるから、全開で飛ばすとまた壊れるかもしれない。……ま、8割程度の出力なら30分は持つかな」
僕は油で汚れた手を拭い、ニヤリと笑った。
「どうだい? これが僕からの『通行料』ってことで」
男はしばらく呆然としていたが、やがて腹を抱えて豪快に笑い出した。
「ギャハハハハ! 気に入った! 最高だぜオメェ! 人間のくせに、いい腕と度胸してやがる!」
彼は僕の背中をバシバシと叩き、親指を立てた。
「俺の名はゼノ。泣く子も黙る『紅蓮の空賊団』の頭領様だ! オメェの名前は?」
「アルスだ。ただの修理屋だよ」
「……いいよ、乗った!」
僕はアイゼンのコックピットへ駆け上がった。計算などいらない。この熱量に賭ける。
「しっかり捕まっててくれよ! 舌噛むんじゃねえぞ!」
ゼノが翼を全開に広げ、アイゼンの背中にあるフックをガシリと掴んだ。
アイゼンの重量は数トン。ゼノの翼の推力だけでは到底持ち上がらない。
だが、僕には分かっていた。
彼が求めているのは「推力」じゃない。「きっかけ」だ。
「タイミングを合わせるよ、ゼノ!」
僕はコンソールのリミッターを解除し、全エネルギーを足裏のバーニアに回した。燃料計の針がレッドゾーンへ飛び込む。
「スリー、ツー、ワン……!」
「いくぜぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォン!!
ゼノの翼の爆発的な加速と、アイゼンの全力噴射が完全にシンクロした。
凄まじいGが僕をシートに押し付ける。視界が揺れ、内臓が浮き上がる。
だが、次の瞬間。
フワッ、と重力が消えた。
「……飛んだ」
モニター越しに見える景色が一変した。
積み上げられたガラクタの山が、みるみる小さくなっていく。包囲していた飛空艇の編隊さえも、今や眼下のおもちゃのようだ。鋼鉄の巨体が、重力の鎖を引きちぎり、空へと舞い上がったのだ。
『なッ、飛んだだと!? 重装甲機が空を!?』
『撃て! 撃ち落とせ!』
慌てた飛空艇から対空砲火が放たれるが、遅すぎる。僕たちはすでに、彼らの射程の外側――雲の上へと突き抜けていた。
バシュゥゥゥンッ!!
分厚い雲海を突破した瞬間、視界が白から青へと変わった。
そこには、遮るもののない満天の星空と、東の空から昇り始めた朝日の光があった。あまりに澄んだ、冷たくて美しい成層圏の世界。
「ヒャッハァー! どうだアルス、これが『空』だ!」
無線機(アイゼンの外部スピーカーと繋げた)越しに、ゼノの狂喜の声が響く。
彼は数トンの鉄塊をぶら下げているとは思えないほど、軽やかに翼を羽ばたかせている。いや、彼だけじゃない。僕が調整したアイゼンの姿勢制御バーニアが、彼の翼の動きに合わせて細かく噴射し、まるで二人で一つの生き物のように空を泳いでいるのだ。
「……悪くないね」
僕はゴーグルをずらし、モニターに映るその光景を目に焼き付けた。
地下室のカビ臭い空気の中で、図面の上だけで夢見ていた世界が、今ここにある。
カイルに見せてやりたかった。いや、必ず連れてくるんだ。この景色の中に。
「おいアルス! 次はどっちだ!?」
「北だ! 方位磁針0度! あの朝日の向こう側へ!」
「了解だ! しっかり掴まってな、相棒!」
ゼノが翼を大きく羽ばたかせ、加速する。風切り音が轟音となって機体を叩くが、それは心地よい凱歌のように聞こえた。
眼下には、小さくなった王都アステリアが見える。
あそこには、僕を捨てた兄がいる。カイルを裏切ったかつての仲間たちがいる。そして、何も知らずに平和を享受する人々がいる。
さようなら。僕はもう、王宮の修理屋じゃない。
世界を敵に回してでも、たった一人の親友を救うための「反逆者」だ。
こうして、地下室の引きこもり王子と、空を駆ける暴れん坊の空賊。水と油のような二人の旅が、朝日と共に幕を開けた。
目指すは高度三万五千メートル。魔王城という名の、世界の頂へ。
「待ってろ、カイル。……今行くぞ」
朝日の中へ消えていく二つの影。その軌跡は、まだ誰も知らない「神話」の始まりの一行目となるのだった。
第15話 完
※次話は明日18:00に更新予定です。




