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第14話 地下の反逆者、鋼鉄の相棒

王宮の聖堂から脱出し、迷路のような通気ダクトを抜け、地下三層の自室兼工房へと滑り込んだ僕は、重厚な鉄扉に幾重もの物理ロックをかけ、ようやくその場に背中を預けてへたり込んだ。

 

「……ふぅ。なんとか持ち帰れたね」

 

張り詰めていた緊張が解け、いつものえた機械油と鉄錆の匂いが肺を満たすと、ようやく生きた心地が戻ってくる。ここは僕の聖域サンクチュアリだ。

 

モニターの青白い明かりだけが灯る薄暗い部屋で、僕は震える手で懐からメモリユニットを取り出した。メインの解析機にデータを流し込む。

 

ブォォォン……。

 

冷却ファンが唸りを上げ、数秒の演算の後、画面に無慈悲な数値が羅列された。

 

『ターゲット座標:北緯34度、東経12度、高度35,000メートル』

 

改めて見ても、正気を疑う数値だ。

 

「三万五千メートル……。通常の飛空艇じゃ、高度一万を超えたあたりで気圧低下と凍結でエンジンが停止してしまうよ。魔法の箒なんてもってのほかだ。生身で突っ込めば、酸欠と寒さで三分もしないうちに氷像になってしまう」

 

僕は作業用の椅子に深く沈み込み、剥き出しの配管が走る天井を仰いだ。

 

敵は魔王軍や、裏切り者の勇者パーティだけじゃない。「環境」そのものが、生物を拒絶する死の壁として立ちはだかっている。常識的に考えれば、到達不可能な聖域だ。神の座す場所と言ってもいい。

 

だが、僕には秘策がある。

 

この日のために――いや、いつか来るかもしれない「どうしようもない無理難題」を、技術の力でねじ伏せるために、誰にも内緒で組み上げていた、とっておきのガラクタが。

 

僕は工房の最奥、普段は資材置き場として使っている区画へと歩いた。

 

そこには、埃を被った巨大な帆布シートが掛けられた、小山のような物体が鎮座している。

 

「……起きる時間だよ、相棒」

 

僕はシートの端を掴み、勢いよく引き剥がした。

 

バサァッ!!

 

舞い上がる埃の中から現れたのは、高さ三メートルを超える鋼鉄の巨躯だった。

 

試作機動重装甲『アイゼン(鉄巨人)』。

 

それは、物語に出てくるようなスマートな騎士の鎧とは似ても似つかない。

 

全身を分厚い複合装甲板で覆い、関節部からは太い油圧シリンダーとパイプが血管のように剥き出しになっている。背中には巨大なマフラー(排気管)を二本背負い、右腕には削岩用のドリルランス、左腕には作業用のマニピュレーター(ごつい三本指)を備えた、まさに「歩く戦車」だ。

 

かつて王宮の技術発表会でこいつの設計図を見せた時、宮廷魔導師たちは鼻で笑った。『優雅さがない』『魔力燃費が悪すぎる』『ただの動く鉄屑だ』と。

 

結果、開発予算は凍結され、こいつは日の目を見ることなく、この地下室で眠り続けていた。

 

「彼らには理解できなかったみたいだね」

 

僕は冷たい装甲板を手のひらで撫でた。指先に伝わる無骨な鉄の感触と、表面のザラつきが愛おしい。

 

「君の装甲はドラゴンの爪だって弾き返す。その出力は城壁をも粉砕する。美しさなんて必要ないんだ。必要なのは、どんな地獄でも生き残るための『生存性能タフネス』だけだよ」

 

僕は梯子をかけ、アイゼンの胸部にあるハッチをこじ開けた。

 

プシュッ……。

 

圧縮空気が抜ける音と共に、狭いコックピットが口を開ける。中へ潜り込むと、革張りのシートが僕の体を包み込んだ。

 

「……狭いけれど、悪くない」

 

まるで母親の胎内のような閉塞感と安心感。ここなら、世界中が敵に回っても戦える気がする。

 

目の前のコンソールパネルにあるスイッチを、一つずつ入れていく。

 

パチッ、パチッ。

 

計器類がオレンジ色に灯り、針がピクリと跳ねる。最後に、燃料タンクのバルブを開く。僕が長年かけて精製してきた、高純度の「液化魔力マナ・リキッド」がドボドボとエンジンへ流れ込んでいく音が、血管を流れる血液の音のように聞こえる。

 

「システム・オールグリーン。予熱開始」

 

僕はメインキーを回し、スターターボタンを優しく、しかし強く押し込んだ。

 

キュルルルル……ズドンッ!!

 

背部から爆音と共に青い炎が噴き出し、魔動エンジンが咆哮を上げた。

 

ドッドッドッドッ……!

 

重厚なアイドリング音が響き、機体全体が小刻みに振動を始める。工房内の空気がビリビリと震え、積もっていた埃が舞い上がった。コックピットに漂ってくるのは、排気ガス独特のツンとする臭いと、焦げたオイルの香り。座席から背中に伝わってくる振動は、まるで目覚めた猛獣の心臓の鼓動そのものだ。

 

「ふふ、いい音だ。ご機嫌だね」

 

僕はアクセルペダルを軽く踏み込み、微笑んだ。こいつとなら、空の果てだろうが地獄の底だろうが、どこへだって行ける。

 

ズズズン……と重低音を響かせるアイゼンの足元で、突然、工房の鉄扉がギギーッと開いた。

 

「誰だ!?」

 

僕は慌てて外部モニターを確認した。衛兵か? この騒音を聞きつけて突入してきたのか?

 

だが、モニターに映っていたのは、小さな老婆の姿だった。

 

マーサだ。この地下室に唯一出入りしていた、古株のメイド。

 

彼女は、目の前に聳え立つ三メートルの鉄の塊を見ても、腰を抜かすことも悲鳴を上げることもなかった。ただ、バスケットを抱えて、コックピットの僕を見上げていた。

 

「……マーサ」

 

僕はハッチを開け、身を乗り出した。

 

「下がっていて。ここはもうすぐ戦場になるよ」

 

「やはり、行かれるのですね」

 

マーサの声は静かだった。彼女は梯子を登ろうとはせず、バスケットを高く掲げた。僕はマニピュレーター(機械の腕)を繊細に操作し、その小さなバスケットを優しく受け取った。

 

「中には、日持ちのする焼き菓子と、水筒、それに少しですが私のへそくりが入っております」

 

「……困るよ、そんなことされたら」

 

僕は苦笑した。

 

「僕はもう王子でもなんでもないんだ。城の備品を盗んで、国の秩序を乱して逃げる、ただの大犯罪者だよ。関われば、マーサまで罪に問われてしまう」

 

「いいえ」

 

マーサは首を振った。その顔は、地下の薄暗がりの中でも、聖女ミラの笑顔なんかよりずっと温かく、誇らしげに輝いて見えた。

 

「貴方様は、たった一人のご親友を助けに行く、優しい『アルス様』でしょう? ……それ以上の正義が、この世界のどこにありますか」

 

「……っ」

 

僕は言葉に詰まった。

 

「行ってらっしゃいませ、アルス坊ちゃん。どうかご無事で」

 

坊ちゃん、か。子供の頃、そう呼ばれてよく厨房でつまみ食いをさせてもらっていたのを思い出した。僕は何も言わず、急いでヘルメットを被った。ゴーグルの奥が熱くなるのを、悟られたくなかったからだ。

 

「……行ってくるよ。土産話は期待しないでね」

 

プシュウゥゥ……カシュン!

 

ハッチを完全にロックする。

 

バスケットは助手席(ただの道具入れだが)に固定した。焼き菓子の甘い匂いが、無機質なコックピットに微かに混じる。それが、僕に残された最後の「故郷の匂い」だった。

 

「……メイン動力、接続リンク

 

僕はコンソールに向き直り、覚悟を決めてレバーを握った。

 

この瞬間から、僕は「王族」という肩書きを捨て、「反逆者」になる。もう後戻りはできない。

 

「全回路、開放オープン。……行くぞ、アイゼン!!」

 

ズゴゴゴゴゴゴ……!!

 

地下室が悲鳴を上げた。アイゼンの巨大な足が、石造りの床を踏み砕く。三ヶ月間、一度も動くことのなかった鋼鉄の巨人が、産声を上げるように咆哮し、その一歩を踏み出したのだ。

 

「邪魔だッ!!」

 

ドガァァァァァンッ!!

 

右腕のドリルランスが回転し、分厚い鉄扉を紙屑のように突き破る。蝶番が弾け飛び、ひしゃげた鉄の塊となって廊下の向こうへ吹き飛んだ。

 

「警報! 地下区画にて異常振動!」

 

「なんだ!? 地震か!?」

 

城内の警報魔法が鳴り響くが、今の僕にはただのBGMだ。

 

アイゼンは止まらない。かつて物資搬入用に使われていた巨大なスロープを、キャタピラと歩行脚を併用して猛スピードで駆け上がる。壁を擦り、火花を散らしながら、地上の光を目指して。その姿はまるで、地獄の底から這い上がってくる復讐の鬼神だ。

 

王都の大広場では、まだ祝賀パレードの熱気が続いていた。

 

「勇者カイル」の死を悼み、そして平和を祝う、美しく整備された式典。その真っ只中にある、王城の正門前広場の石畳が、突如として大きく隆起した。

 

ズズズ……メキメキメキッ……!

 

「な、なんだ!?」

 

「地面が……割れるぞ!」

 

逃げ惑う群衆。次の瞬間、轟音と共に地面が爆ぜた。

 

ドッゴォォォォォンッ!!

 

土煙と瓦礫を巻き上げて、地下から飛び出したのは、泥と油にまみれた鋼鉄の怪物だった。

 

黒光りする装甲、唸りを上げるエンジン、そして無骨なドリル。そのあまりに異質な存在感に、華やかなパレードの空気は一瞬で凍りついた。

 

「な……なんだあれは!?」

 

「魔物か!? 王都の地下に魔物が!?」

 

バルコニーにいたレオン兄上が、手すりを掴んで身を乗り出すのが見えた。その顔は、驚愕と、そして「理解」によって青ざめている。

 

(……見ているかい、兄さん)

 

僕はモニター越しに、かつての家族を見下ろした。

 

(これが、あんたたちが「ガラクタ」と呼んで地下に捨てたものの正体だ)

 

「アルス……! 貴様、何をするつもりだ!」

 

拡声魔法で兄さんの声が響く。衛兵たちが槍を構え、魔導師たちが杖を向ける。数百の軍勢が、たった一機のアイゼンを取り囲む。

 

だが、僕は止まらなかった。マイクのスイッチを入れる。僕の声は、外部スピーカーを通じて、広場全体に、いや、王都中に轟き渡った。

 

『……道を開けろ』

 

地を這うような、機械合成された重低音。

 

『僕の邪魔をするなら、王城ごと粉砕する』

 

「撃てッ! 撃ち落とせッ!!」

 

魔導師団長が叫ぶ。四方八方から、炎弾、氷柱、雷撃がアイゼンに降り注ぐ。

 

ドカッ! バキッ! チュドォォン!!

 

爆炎が機体を包む。民衆が悲鳴を上げる。だが、煙の中から現れたアイゼンは、塗装が少し焦げた程度で、悠然と進み続けていた。

 

「馬鹿な……魔法が効かない!?」

 

「物理装甲だけじゃない! 装甲表面に『対魔力コーティング』が施されているぞ!」

 

当たり前だ。この機体は、カイルが全力で暴れても壊れないように設計したんだ。宮廷魔導師レベルの攻撃魔法なんて、そよ風にもならない。

 

出力最大フルパワー。……突破ブレイクする!」

 

僕はアクセルを床まで踏み込んだ。背中のマフラーから、真紅の炎が噴射される。

 

グォォォォォッ!!

 

アイゼンが加速する。目の前に立ちはだかるのは、王都の守りの要である高さ十メートルの城門。鋼鉄と魔法で強化された、絶対不落の門だ。

 

「いっけぇぇぇぇッ!!」

 

ガギィィィィィンッ!!

 

激突の瞬間、世界が揺れた。ドリルランスが城門の中央に突き刺さり、高速回転して鋼鉄をえグる。火花が滝のように降り注ぐ。アイゼンのエンジンが限界を超えて唸りを上げ、油圧シリンダーが軋む。

 

『警告。エンジン温度上昇。……構うものか!』

 

「開けろおおおおッ!!」

 

バギィッ!! ズドォォォン!!

 

金属が引きちぎられる轟音と共に、城門が内側から弾け飛んだ。巨大な扉が地面に叩きつけられ、砂煙が舞う。

 

その向こうに広がっていたのは、どこまでも続く青い空と、自由な荒野だった。

 

「ははっ……! ざまあみろ!」

 

僕は涙混じりに笑った。やった。やってやったぞ。僕は自分の力で、この籠(王都)を壊したんだ。

 

アイゼンは砂煙を突き破り、王都の外へと躍り出た。背後で、衛兵たちの怒号と、兄さんの絶叫が聞こえる気がしたが、もう振り返らなかった。

 

目指すは北。カイルのデータが示した、「最初のパーツ」が眠る場所へ。

 

「行くぞ、アイゼン! 旅の始まりだ!」

 

ブォォォォォン……!!

 

鋼鉄の巨人は、黒い排気ガスをたなびかせながら、荒野を一直線に駆け抜けていった。その背中は、どんな勇者よりも力強く、そして孤独だった。

 

第14話 完


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