最強の城
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
最強。
なんとも、心躍るワードだと思わないかい?
この世に生まれた命であれば、自分が最も強いものでありたい、と思うのは自然な欲求と思う。
少なくとも、これに関しては他の誰にも負けないと自負しているもの。みんなも抱えているんじゃないか? たとえ大っぴらにしがたいものだったとしても。
皆に認められてこそ、最も強いといえる。手前味噌で最も強いと思っても、ひとりよがりでむなしさを覚えてしまうかもしれない。
それが示される機会が、ひょこっとやってきたらどうする?
私も以前、「最強」をめぐってちょっと子供時代に、ちょっと経験したことがあるんだけど、聞いてみないかい?
最強の城。
これを作ることにしたきっかけは、子供のころにとある不思議な夢を見たためだ。
その夢の中で私は、自分が押し入れの中で目を覚ましたのをまず知った。というのも、押し入れの天井に、かつて私が描いた宇宙の絵があったからね。
あれ、いつの間にか押し入れに入っていたのかと、夢の中の私がそっと戸を開けかけたところ。
どん、どんと大きな音と衝撃が、戸にかけた指のそばから伝わる。
押入れの戸が突き破られ、そこから内側へ抜け出てきたのは二つの矢じり。銀色に光るそれは金属でできていると、察するのに十分だった。
そして、わずかに開けた戸のすき間から見る室内では、まさに室内へひしめかんばかりに鎧武者たちが太刀合わせをしている現場があったんだ。
大人と見るには、やや背が低い。当時の私と同じかそれくらいの小兵たちが兜と鎧直垂に身を包み、小太刀や匕首ほどの小ぶりな刃物を手に手に、斬り合っているのだ。
その光は、戸をやぶって内側にのぞいた矢じりと同じ輝き。とてもフェイクとは思えない。
赤と青に分かれて鎧兜に身を包む彼らもまた、表情はうかがい知れなくとも、その剣さばきは明らかに相手の急所を狙うもの。おふざけとは感じられなかったよ。
その光景に理解が追い付かず、思わず釘付けになる私の視界の中、急に何者かの顔半分がぬっと脇より出てきて、大半を埋め尽くす。
思わず声をあげかける私を制するように、その半面だけの顔が告げたのさ。
「なんじ、ここで最強の城を築け」とね。
さもなくば、私はここからあのいさかいの中へ放り込まれ、遠からず命を落とすことになるだろう。嫌ならば、従えとも続けてね。
このときは、直後に目が覚めたんだ。
押し入れの中ではなく、夜に自分が寝た部屋の真ん中。鎧姿の彼らが踏みにじっていたあたりにね。
押し入れの戸をあらためてみても、あの矢が突き通った痕跡はなくて、あれは夢なのだなとようやく実感した。
それでも、夢の中でされた奇妙な忠告は覚えている。
「最強の城」を作ること。その第一歩としてみかんの皮を、あの戸の矢じりののぞいたところに貼り付けろ、と。
ただの夢と思っている私は、何もせずに日を過ごした。
しかし、数日後の晩。私はまたも押し入れの中で目を覚ますとともに、「何をしている!」と檄を飛ばされることになる。
わずかに開いた戸と、あの顔の半分。そして背後の斬り合い……あの夢のことがすぐに思い出されたよ。
そして顔の横の戸には矢じりの顔がのぞく……当初の2つではなく、3つが。
数が増えていたんだ。
「はようせい。時間はないぞ」
再びの注意に、身を起こしかけたところで今回は眼が覚めた。
が、今回は押し入れの戸を見てみると、夢で見た矢じりの貫いたところの表と裏に、うっすらと紫色のシミらしきものができていたんだ。
いよいよ、あれが夢でなくなっていくと察した私は、それからもたびたび出てくるあの半顔の言うとおりにことを進めていったんだ。
半顔の求めるものは、果物の皮ばかりだった
はじめにみかんの皮を貼り、そのうえにりんごの皮を重ねる。三つ目の要求は「ばしょう」とのことで、私には何か分からなかった。
そこで家族に尋ねてみたところ、ばしょうはバナナのことを指すと自室にいた祖母にいわれてね。もしかして食べたいのかいと、脇にあった果物籠に入っていたバナナをもいで渡されるも、私は首を横に振った。
その「皮だけでいい」という答えに、祖母は首をかしげてね。事情を尋ねられたものだから、私は夢の話をしたのだが……難しい表情をされてしまってね。
「おそらくだが……『最強の城』とやらを作らせている半分の顔とやらがあやしい。ばあちゃんも、似たような話を昔に聞いたことがあるきりだが……夢の中じゃあ、あんたがどうにかするしかないだろう。もし、その皮を貼り着けた後で夢を見るようなら、こうしておやり……」
そのバナナの皮を貼り着けた晩。
私はやはりあの押し入れの中へ招かれたのだが……これまでとは違った。
身体を動かすことができないんだ。これまでは寝返りを打って戸の外を見やることができたが、それどころか指一本反応しない。
口だけ。口だけはきくことはできたが、それより先にあの半顔の声が響く。
「ようやく、最強の城をこさえてくれたな……これで何人も妨げることはできない」
聞いているだけで分かる、弾んだ声音。私は祖母から聞いていたことが、にわかに真実となろうとしているのを感じたよ。
「お前を誰も救わない。さあ、喰らえ。思いのままに」
とたん、押し入れの奥から無数の手が伸びたかと思うと、私に次々と覆いかぶさり、奥深くへ引っ張り込まんと力をかけてきた。
祖母の言の通りなら、これは神隠しに通ずるひとつ。ほどなく私は常闇の世界へ連れていかれ、この世から姿を消してしまうだろう。
それが嫌だというならば……!
「くだれくだもの、あの世へくだれ」
私の声を聞くや、弾んでいた半顔の声が「よもや!」とびくつくのを聞いたよ。
祖母の言っていた通りだ。効く。
「くだれくだもの、あの世へくだれ。くだれくだもの、あの世へくだれ……」
私が文句を繰り返すうちに、覆いかぶさっていた手たちは元の押し入れの奥へ引っ込んでいき、半顔の声は苦悶しか漏らさなくなっていく。
ぽとりと、何かが落ちる音とともに、ふさがっていた戸の穴がいっぺんに開き、戸が完全に開かれる。
「お救いにあがりました、殿」
それは外で斬り結んでいた者たちのうち、赤い戦装束に身を結んだ一方だったんだ――。
そこから目覚めた私は、自分の身体に無数の手のあざが残っているのを確認する。
そして押し入れの中、貼り付けた果物の皮たちはいずれもきれいに剥がれ落ちていた。ただその下には、ここ数日間、戸に浮かんでいたシミはなくなっていたんだ。
「半顔はお前を、あの手の贄にしようとしていた。そのために『最強の城』と称して、あたかも外の被害がこちらへ及ばないように誘導していたのだろうが、そいつはあんた自身の逃げ場を奪うためでもあったんだねえ。
でも、強い力は諸刃の剣。力が最高に高まった時こそ、あんたもあの呪文で連中を追い払うことができたのさ。助けに来てくれたのは、お前を夢の中から救い出そうと戦っていた守護霊に準ずる者たちだろう」
祖母はそう教えてくれたよ。