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0-1 『希望の星』(1/1)

 ……僕は()()()の様な立派な主人公になりたかった。一度で良いから、舞台の中心でスポットライトを浴びながら輝かしく舞ってみたいと。


 だからこそ、暇な時は絵本や小説などを読んで、先輩達の言動を学んでいた。


 主人公になる準備はいつでも出来ていた。あとは機会が巡ってくれば、僕は舞台袖から勢いよく飛び出して理想の主人公を演じてみせるつもりだった。


 そして今日、ようやくその機会が巡ってきた。病床に横たわる僕の手には今――


 魔法使い達による大暴動の、スイッチが握られてるんだから。


 ◇  ◇  ◇


 時刻は2000年1月1日の深夜三時。地上はもう新世紀の到来を祝しきり、すっかり静かになった頃だろう。


 けど、この『オクタゴン』にいる魔法使いにとっては新世紀の到来なんてまるで関係無い。僕達魔法使いは、生まれて死ぬまで外の世界を見ることは無いんだから。


 七州中央政府は2000年前から、このオクタゴンに200人の魔法使いを閉じ込めている。その最たる理由は、僕達から『魔力』を抽出するためだ。


 一日20人が電力室に無理矢理連れて行かれ、コフィンに詰められ、死ぬ寸前まで魔力を吸い上げられる。そうして抽出した魔力は電力に変換され、世界を照らす灯りになるらしい。


 だからこそ、僕達魔法使いの結束は固い。いつか僕達を檻に収めたオクタゴンの連中に復讐しようという想いは、皆が共通して持っている物。


「――ねえ、大丈夫?」


 右隣の病床で寝てる女の子が、そう僕に話しかけてくる。


 本当は頷くなりしたかったけど、それは出来ない。魔法使い同士での対話は、いかなる形に置いても厳罰対象となっているから。


 いつもなら看守の目を盗んで話す事が出来たけど、厳重な監視体制が整ったこの医務室においてはそれが出来ない。


 ――本当は大丈夫じゃないって言いたい。泣きたい。10日に一度の『抽出日』明けで体調は凄まじく悪いし、すごく不安だから。


「君の背中、震えてる。おじさん達も事を始めるのはいつでも良いって言ってたし、せめて明日にしよう? 貴女は()()()なんだから、無理する必要ないって」


 布団の中から左手を出して見ると、ガクガクと小刻みに震えているのが分かる。


「…………」


 実際、スイッチを押すのはいつだって良い。隣の部屋の中にある『魔法無効化装置』には既に潜入して爆弾を仕掛けてある。ただし僕も戦いに参加するなら、症状が寛解する三日後を待つ必要がある。


 ――けど、それはナシだ。僕は199人の魔法使い達から希望を託されてここに来た。なら僕の事情で、希望を手にする日を遅らせるわけには行かない。


「……いや、やるよ。沢山の大人の希望を継いだ者として、僕は責務を果たす」


 僕は枕の下に隠してあったスプーンを手に取り、それを地面に落とす。すると両端で寝ていたガタイの良い二人の男が飛び起き、ベッドから降りてにらみ合いを始める。


「おい、今の音はお前の仕業か?」

「下らない言いがかり付けてんじゃねえよウスノロ! そんな鈍いからライ麦パンと普通のパンの味の違いも分からねえんだろ!」

「その程度の違いが分かる程度でイキってんじゃねえよこのクソナード!」

「テメェ!」

「やんのかよ!」


 この人達も僕らの()()だ。小声での会話もすぐバレるというのに、こんな大声で、しかもこんなムキムキの男二人が怒鳴り合いなんかしたら……。


 看守達は総出で、二人を取り押さえようとするだろう。


 程なくしてけたたましい警報音が部屋のあちこちで鳴りだし、まもなく医務室に鎧を着た8人の看守と白髪の看守長が集まる。


「貴様らそこに直れ! 再教育の時間だ!」

「邪魔すんじゃねえ!」


 身柄を取り押さえようとする看守達に男二人は各々抵抗するも、腰から取り出した警棒で袋だたきにされる事で徐々に力を失っていき、やがて床にうつ伏せに寝かされてしまう。


「魔法使い同士の交流は厳罰だ! 貴様ら二人を、むち打ち100回と7日間の特別懲罰房行きとする!」


 鎧を着た看守に乗られている男はうめき声を上げ、苦しそうにしている。


 ――さあ、舞台に上がる時がが来た。


 僕は布団を勢いよく振り払ってベッドから飛び降り、スイッチを後ろ手に隠し持ちながら、ペラペラのボロ布で作られた服を翻して看守長の方へ向かう。


 勢い余って少しだけよろめくが、どうにかこらえ、言うべき台詞を思い起こす。そして……


「前々から思ってたんだけどさ」


 ――攻勢に出る。


「会話が許されないって何? 君達は僕ら魔法使いの事、何だと思ってるの?」


 精一杯険しい表情を作りながら、込められるだけの怒気を込めた声で言い放つ。


「喋るな。貴様も懲罰房に行きたいのか――」

「家畜よりは良い待遇を与えてやってるとか思ってるわけ? 確かにあなた達は教育も、娯楽も、食事も必要十分量与えてくれる。でも――」


 一瞬だけ意識が飛ぶ。言葉は途切れ、僕はよろけて床に片膝を突いてしまう。


 しかし臆せず、看守達を再び睨み付けて話を続ける。


「他者と一切関係を持つなって! 一生独りで生きろだなんて! そんなの……環境との釣り合いが取れてない!」

「黙れ……」

「一体いつから、君達は僕らにそんな理不尽なを敷ける上位存在だと錯覚し始めたんだ! 僕達が本気を出せば、君達なんて余裕で蹴散らせるのに!」

「いい加減に――」

「取り繕わないんだ! じゃあ僕らのことを心底舐めてるって訳だね!」


 ――この辺りで良いだろう。


 目を見開き、しかし口角はグンと上げ、イカれた笑みを僕は浮かべる。


「フフフ……じゃあ思い知ると良いよ、魔法使いに敬意を払わないとどうなるか。大量の犠牲を払って、ね!」


 僕は後ろ手に持っていたスイッチを押す。すると次の瞬間――医務室のドアが爆煙を伴って飛び出し、男達に馬乗りになっていた看守達に衝突し、一人残らず壁際に吹き飛ばす。


「な、何事だ!!」


 壁にはドアが突き刺さっており、刺さったドアの隙間からは、おびただしい量の血が垂れ流されていた。


「死、死んだのか……? バカな、死だなんて! あり得ん! ペンタゴンはその概念から、最も遠い場所のはず!」


 看守長は医務室に入り込んでくる黒煙とドアを交互に見ながら、滝のような汗を掻いている。


「今まではそうだったけど、今は違う。さて、ここで問題です。さっき爆発があった場所は、一体どこでしょう?」

「医務室の真裏……まさか――」


 その時、看守長の首元に赤い魔方陣が現われ、魔方陣は首を締め付けた上でその体を宙に浮かせる。


 そんな看守長が見つめる先には、手の平から赤い光を放って立つ少女の姿があった。


「今頃、下の方は大騒ぎだろうね。さあ、未曾有の大暴動が始まるよ……」


 看守長の首が折られるのを見届けた僕は途端に全身の力が抜け、両膝を突いて床に倒れかかる。


 しかし二人の男達が僕の両肩を咄嗟に軽く掴み、息を合わせて僕を持ち上げると慎重に両足で立たせた。


「よくやった」

「ただボタンを押すだけで良かったのに、俺達が言ってやりたかった事まで言うなんてな。見直したぜ」

「へ、へへ……」


 ――ごめんみんな。大事な戦いなのに、僕は参加できそうに無い。不出来な小娘だと、後で存分に罵ってくれ……


 意識が消えゆく。瞼は重く、堪えることもままならない。


 魔法使い達の勝利を固く信じ、強く健闘を祈りながら、僕は目を閉じて眠りにつくのだった。


 ◇  ◇  ◇


 しばらくして、僕は呻きながら目を覚ます。


「んん……」


 四方八方から、何かの呪文を詠唱する男達の声が聞こえる。意識が明瞭になるにつれて瞼も徐々に開いた僕は――


 床に書かれた大きな青い魔方陣の中心で、16人の魔法使いに囲まれながら寝ていた事に気づく。


「んえ、これは?」

「お、起きたようだな……」


 よく見ると、男達は皆が皆全身に深い傷を負っており、傷口から血を垂れ流していた。


「な、なんで皆そんなにボロボロなの? というかこの魔法は――」

「転送魔法だ。これから俺達は、お前を地上に転送する」


 声のする方を向くと、医務室でナードと呼ばれていた方の男が居た。


「僕だけを? 勝ったんでしょ? じゃあ皆一緒に出れば良いじゃん!」


 僕のこの発言に、答えを返す者は誰一人としていなかった。


「……嘘、でしょ……?」

「オクタゴンに常駐してた警備兵共は皆殺しにしてやった。だがあの看守長、死に際にキシリア州政府に救難信号を送っていたらしくてな。あともうちょっとってところで、大量の兵士が飛び込んで来たんだ」

「数の暴力って残酷ね。私達も精一杯抵抗したんだけど、ここに居る人達以外は全員捕縛されちゃった。多分、この急造の隠し部屋がバレるのも時間の問題だと思う」


 絶望感が僕の脳内を駆け巡る。沢山の大人達が死ぬ思いをしながら必死に準備してきたのに、こんな結末を迎えるなんて。


「じゃあ、僕達がしてきたことは、全部無駄になったの?」


 目に涙を溜めて問いかける僕に向けて、男は優しく首を横に振る。


「違う、俺達はただ負けた訳じゃ無い。『魔法使いは言葉が無くても反抗できる』という事を実績として残せたのは、間違いなくデカい」

「この暴動で、私達は人間側に一万人以上の犠牲者を出してやった。もしもう一回暴動を起こす事になっても、同じだけの被害を出してやるつもり」

「その実績をチラつかせながらルール緩和の交渉をすれば、今までより出来る事が増えるはずだ!」

「……そっか、よかった……!」


 胸に手を当て、ボロボロと涙をこぼす。涙腺が緩みきったせいで、涙が止まる気配は全く無い。


「お前には凄まじい無茶をさせた。その恩に報いる為にも、俺達は最後の力を振り絞ってお前を地上に送る必要がある」

「自覚が薄いようだけど、貴女はまだ196才の女の子よ? こんな窮屈な所にいないで、もっと広い場所で伸び伸び生きるべきよ」


 ――正直な所、僕のことを女の子って言って欲しくない。けど、今はそんな事言ってる場合じゃない。


「ほ、本当に僕でいいの?」

「お前は外の世界を見て回り、いつか俺達が出てきた時にガイドを務められるようにしとけ。俺達は俺達で、外に出られる様努力す――」

「まずい、奴らが来る!」


 魔法使い達は肩を組み、詠唱を再開する。それと同時に地面に書かれた魔方陣の光が段々と強くなっていき、目を開いて居られなくなる。


「間に合ってくれ……!」


 しかし次の瞬間、僕の背後から爆発音が聞こえ、銃を持った10人の兵士が部屋の中に駆け込んでは魔法使い達に向けて発砲。


 魔法使い達が銃弾を受けて次々に倒れる中、僕の目の前に居る男だけは数十発の銃弾を喰らいながらも歯を食いしばって立っていた。


 僕は、そんな彼の姿を見ていられなかった。


「こ、こうなったら……全員の分の魔力を、俺一人で賄う!!」


 男は両足を踏ん張り、両手を前に出す。


 ――辞めてくれ。そんな事したら、君は死んでしまう。


 視界を光に潰されている中、僕はどうにかして立ち上がり、どうにか声を振り絞って出そうとするが――


「……頼んだぞ、俺達の希望の星」


 僕の視界は、男のそんな声を聞いたと同時に真っ白に染まってしまうのだった。


 ◇  ◇  ◇


 気がつくと、僕の視界には一面の星空がと降りしきる雪があった。


 黒一色の中に点々と光る星々と、それを彩るように宙を舞う雪。どこまでも広がる漆黒と白のコントラストは、僕の心を鷲づかみにする。


 ――星空なんて、絵本の中にしかない概念じゃなかったんだ。


 少しの間星空を眺めていたが、ふと自分が置かれている状況を思い出し、勢い良く起き上がる。


「……みんな……」


 ――国は魔法使いを殺せないけど、暴力は合法的に振るえる。だからオクタゴンに残った魔法使い達が、暴動の報復として酷い事をされないかが凄く心配。


 思い詰めて上の空になった僕の心を正気に戻したのは、ふと吹いてきた強い北風だった。


「うぐっ……」


 歯を食いしばり、両肘を抱える。あまりの寒さにちょっと腹が立って、風が吹いてきた方向を向くと――


 自然の気配を微塵も感じない広大な雪原と、視界の奥にそびえ立つ八角形の建物があった。僕は直感で、その八角形がオクタゴンであると気付く。


 僕は手をゆっくり降ろしながら拳を震えるほど強く握り、あの憎き八角形をキッと睨み付ける。


(……次は負けない。必ず僕はこの旅を通して、魔法使い達を()()()()解放する手段を見つけてみせる。もう誰も血を流したり、痛みに呻く必要が無いように)


 ボサボサの髪の毛や肩に雪が積もっていく。背中はびしょ濡れになっており、顔も恐らく赤くなっているだろう。


 けど、そんな雪の冷たさに晒されながらも僕の心に灯る火は消えなかった。託された物は必ず返しに戻ってくると、そんな決意を僕はしていた。


 意を決し、オクタゴンに背を向けて歩き出す。どこへ進むべきか、どこに何があるのかは何も知らないが、歩かないことには何も始まらないから。


 ……こうして僕は、吹雪の中に溶けるように消えていった。同族から希望を託された僕の道行きに、救いがある事を信じて。

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