出会い
僕の人生はここで終わる。
そう決めてここに立った。
都会でもなければ田舎でもない、背伸びをしたような街の、その中では比較的背の高いマンションの、屋上の縁に。
転落事故防止の柵はとうに背後にあって、もはやその役割を果たしていない。
もっとも、腰の高さほどしかないそれは、何の役にも立たなかった。
ああ、と自身を省みる。
まるきり何もせず、何もなせず。ただ無為に人生を浪費していただけの男がそこにいた。
背後の柵のような。ただそこにあるだけで何もしない存在。
下を見渡してもやはり何もない。
夜の中、街灯ばかりで人もおらず、そのくせ道のすべてが照らされているわけでもない。まるでお前と同じだとあざ笑うような、そんな虚無しか。
あと一歩。
あと一歩踏み出して、その虚無に身を投げ出してしまえば、僕の体も肉と変わる。
そんな確信とともに、僕はこの身を、
「ねぇ、君。」
背後から声がした。
女とわかる、自分よりも高い声。
一人だけで勝手に終わるのだと思っていた最期。
想像だにしなかった声に、口も、体も動かない。
「君は死にたいのか。」
動かぬ僕など気にもかけず、背後の声と足音が近づいてくる。
柵に手をつく音。地面を蹴る靴の音。
衣服が風にたなびく音がして、やがてすぐそばから女の声。
「もったいない。捨てるくらいならその命、」
ぎょっとして声の方を振り向いた。
夜の暗さに溶け込むように黒い、丈の長いローブの女。
手袋とストッキングすら身に着けた、どこまでも露出を許さない、喪の黒。
そのくせ夜闇の中で引き立つ、雪のように白く長い髪がその黒いローブの上で、風に任されてたなびく。
白と黒のそのちぐはぐな姿から、やっと動いた僕の目線は釘づけにされたように離れない。
凹凸こそなだらかだが、確かに女性らしい丸みを帯びた。平均よりも高いだろう華奢な長身の、超然とした。いっそ人間でないと言われた方が信じられるような、神秘的なその姿。
袖に刺繡された深紅の彼岸花は、まるで死の世界への案内人のようで。
月光を鈍く反射する蝶の髪飾りは、どこかへ飛んで行ってしまいそうな彼女の儚さを象徴するようで。
何もかもを吸い込むような瑠璃色の瞳を細めながら、
「私に売ってみない?」
死の気配を感じさせない朗らかさで、僕にそう言った。