(7)
夜が更けても眠れない。
どうしても気になる。
宿屋の部屋は……一番安価い雑魚寝部屋。
トイレにでも行くフリをしながら、その部屋を……そっと出る。
そして、宿屋の建物の外に出て、馬小屋に向かう。
これも異世界転生した事によるチート能力の1つなんだろうか?
地球の日本の夜よりも遥かに暗いのに……ちゃんと見える。
こんなに暗いのに、夜目が利くなんてレベルじゃない程に無茶苦茶見える。
まぁいい。
宿屋の馬小屋には結構、馬が居る。
その中で……。
「起きて……聖女様」
「え……勇者様? き……来てはいけません」
「う……うんだ。オラ達と一緒に居る所さ、この宿の他の客に見られたら面倒な事になるだ」
クソ。
聖女様だけじゃなくて、余計な奴まで起きやがった。
「ごめん、スナガ。聖女様と2人だけで話がしたいんで……」
「ああ、そゆ事だか。わかっただ。オラはお邪魔みたいなんで、便所にでも行っとくだ。ごゆっくりお楽しみ下さいだ。でへへへ……」
スナガは、下衆い表情と声でそう言うと、何故か、スキップでもするような軽い足取りで夜の闇の中に消える。
……後になって……この直後に起きた事じゃなくて、更にその後に、あんなロクデモない事が起きた後からすれば……何かが変だと気付いておくべきだった。
この時に、スナガが向かっていた方向に……。
でも、僕は邪魔者が消えた事で、すっかり油断していた……。
はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……。
前世では恋愛と縁が無かったけど……初めての告白ってのは、こんな感じなのだろうか?
「どうされました? 勇者様?」
「あ……あ……あ……あ……」
脳梗塞で身体障碍者になって家族にとんでもない迷惑をかけて、親戚中から「早よ死なんかな、あの爺ィ」扱いされた前世での祖父ちゃんみたいに、うまくしゃべれなくなってる……(ああ、畜生、あのクソ爺ィの世話で一家全員引っ越しにならなけりゃ、前世で僕が、あんな場所に行く事も無く、殺されもしなかった筈だ)。
でも、これは、病気なんかじゃない。
単に、緊張……きんちょうきんちょうきんちょうきんちょうきんちょきんちょきんちょ……。
「あ……あの……どうされました?」
「せ……せ……せ……聖女様の事を……もっと良く知りたい……」
「え……それは……どう云う意味でしょうか?」
「ま……まずは……顔を見せて……」
「だ……駄目です」
「何で?」
「やめて下さい。人間にとって私の顔が吐き気をもようおす程に醜いモノなのは御存知の筈です。勇者様に、この醜い顔を見られるなど……」
「だ……大丈夫。どんな姿でも……」
「やめて……嫌……」
大丈夫。
ちゃんと、前世で、ありがちな「なろう系」で、ちゃんと勉強している。「嫌よ嫌よも好きの内」だって事ぐらいは……。
ほら、聖女様の抵抗も形だけの弱々しいモノで……ああ、きっと、雰囲気を盛り上げる為の芝居なんだ。
僕は……聖女様の……被り物を外し……外し……外し……。
嘘……。
そんな……。
「あああああ……」
「ああ、やっぱり……私は勇者様から見ても……醜い……」
「ち……違う……違う……」
ここからは……本当に僕の正直な気持ちだ。
お世辞でも何でもない。
「綺麗だよ……想像してたよりずっと」
聖女様も……僕が何を言ったか、一瞬、理解出来なかったようだ。
アニメ声。
神秘的と言っていいレベルの美幼女系のロリ顔。
左右の目の色が微妙に違うオッドアイ。
銀髪にハーフエルフっぽい耳。
もう、完璧だよ。
そうか……ウルクってのは「エルフ」が訛ったものだったんだ、きっと。
「本当ですか?」
「本当だよ」
「御本心から……そう言われているのですか?」
「うん、御本心」
「ああ……そんな……う……うれしゅうございます……」
ああ、なんてロマンチックな雰囲気だ……。
まるで……ん?
まるで、恋愛映画(そんなに観た事ないけど、想像で)みたいだけど……何か、妙に安っぽい感じだな……。
あれ?
いつの間にか、ランタンの灯りが僕と聖女様を照らしていて……。
「え……えっと……それ、マジで本気で言ってんの?」
ランタンの灯りの方向から、聞き覚えが無い、困惑と恐怖が入り混じった男の声と……微かなざわめきが響いた。