(9)
「おい、こっちの話は終った。お前らが望むんなら、元の世界に帰れるぞ」
その時、転移者の女の片方(マトモな方)が、そう言い出した。
「え……帰れる?……でも……」
「ちょっと待て、罠かも知れない……」
「罠って?」
「罠だ」
「どんな罠?」
「とにかく罠だ」
「だから、どんな罠だよ?」
「え……えっと……例えば……今の俺達の想定外の罠」
「そんな罠が有るかどうか、どうやって確認するんだよ?」
「想定外の罠でも、何とか、事前に見付ける方法は有る筈だ」
「どうやって?」
「あきらめるな。色々やれば……」
「あんた、本当に、あの『エロゲ戦鬼』の作者かッ?」
「うるせえッ‼ 本物だッ‼」
「証拠はッ?」
「本物の俺が、そう言ってる」
「いや、この場合、あんたが本物でも偽物でも『俺が本物だ』って言うだろ」
「なら、俺が本物である可能性が0でない事は否定しないんだな。はい、論破」
何か……良く判んないけど……論破された気がするって事は、僕は論破されたんだろう。
「まぁ、浦島太郎みて〜な事にはならねえ筈だ。こっちと向こうの時間は、ほぼ同期してる。誤差が有っても±1〜2日ぐらいだろう」
「あ……そう……」
「他に質問は?」
「え……と……何を話したの?」
「まぁ、何て言うか……落語の『三軒長屋』って知ってるか?」
「知らない」
「知らない」
「悪いな。私達は主流人類より寿命が長いんでな。ネタが古い。特にそいつは三〇ぐらいに見えるが……」
続いて、転移者の女のサイコな方が、そう言った。
「あたしゃ、たしかに主流人類の年齢に換算したら、三〇ぐらいだが……本当は……色々と、この目で見てきた。長崎に原爆が落とされた日の事も覚えてる。日本が復興し……世界第2位の経済大国になり……そっから、あっと云う間に転落し……。相棒は、あたしより、ちょっとばかり齢下だが、そこのおっちゃん転生者よりは一〇歳以上は齢上だろうな。あたしらみて〜な寿命が長い連中にとっちゃあ……主流人類どもが作ってる社会は目紛し過ぎる」
「そもそも、そろそろ限界だしな……。主流人類どもが……自分達に似て非なる者達が自分達に混って暮してる事に気付くのも時間の問題だ。1人1人の能力は、私達や私達の友好種族達の方が上でも……数が違い過ぎる」
「ま……主流人類どもの中にもマシな奴は居るが……種族全体で見れば、主流人類どもは……あたしらにとっちゃあ、ファンタジーRPGに出て来るオークも同じだ。増えるだけ増えて、ウゼぇ事、この上無い。あたしらは『指輪物語』のエルフみて〜に、人間の世界との接触を断つ」
「何げに酷い人間disをやってない」
「ああ……言われてみれば……」
「で、こっちの世界に引っ越すって事? でも、こっちの世界でも、フツ〜の人間が既に文明を築いてるよね。そいつらは、どうするの?」
「だから、この世界のオークのオスどもに火薬の作り方を教えた」
……。
…………。
……………………。
「ええええッ⁉」
「ええええッ⁉」
僕と「エロゲ戦鬼」の作者は、同時に絶叫。
「その上で、オスのオークだけを殺す『魔法の細菌兵器』をバラ撒く」
「ちょ……」
「な……何……考えて……?」
「オスのオークどもが一度無茶苦茶にした世界から……その無茶苦茶の元凶が消える。残ったのは無茶苦茶なままの世界だ。その混乱に乗じて、この世界に、あたしらの国を作る」
「そして……私達は、お前らの世界に移る。私の愛する白き肌の種族の女が……お前らの言葉で言うなら『差別』されずに済む世界にな」
雌豚に取り憑いた……「大地母神」とやらが、そう言った。
「言うなれば……2つの平行世界の『大地母神』が体を交換して、自分の『推し』の種族を別の世界に転移させるって事だ」
「で……でも……」
何かが変だ。
どうやら、元の世界にも「大地母神」が居て、その「推し」の種族は……一見すると人間に見えるけど、厳密には人間じゃない……どうやら、あくまで人間の近縁種らしい、この2人の「転移者」達の一族。
そして、この世界の「大地母神」の「推し」は……白人そっくりのオーク達の「巫女の部族」でも……だとすると……。
「じゃ、何で、どっちの世界でも、フツ〜の人間が栄えてるの? 神様の『推し』が人間に近いけど人間じゃない種族なら……『推し』の種族を世界の支配者にすれば……」
「『推し』ってのは……早い話が『物語』の『主人公』になって欲しい奴の事だ。じゃあ、物語の主人公ってのは何をする者だ?」
え……えっと……そりゃあ……。
「格好良い男とか、可愛い女の子とか?」
「お前、馬鹿か?」
僕の答に「エロゲ戦鬼」の作者が厳しいツッコミ。
「じゃあ、何?」
「え……えっと……」
「何?」
「だから、その……」
「何?」
「うるさいな」
「代案が無いなら批判するなって、あんた、SNSに書いてた事有っただろッ‼」
「うるせえ……そうだ、『主人公』ってのは、活躍する奴の事だ‼」
「僕の答と何が違……」
「いいとこを突いたな」
えっ?
「そして……主人公は活躍する為にピンチに陥らなければならない。つまり、主流人類は……『大地母神』の『推し』種族にとっての『敵キャラ』だ。主流人類には、それ以上の存在意義は無い。こっちの世界でも元の世界でもな」
「ま、そう云う事だ。悪かったな、悪役ども。こっちの世界では数に頼るしか能が無かったんで『悪役』としてはキャラがイマイチ立ってなかったが」
えっ?
えっ?
えっ?
えっ? えっ? えっ? えっ?……まさか……その……。
「え……えっと……まさか……その……ゲームで言うなら……」
「そうだな……ゲームに喩えた方が良かったかもな。両方の世界の『大地母神』がゲームの難易度を設定し間違えたんだ。その結果、どっちの世界でも『大地母神』がやってる『ゲーム』がゲームオーバーになりかけてる」
そ……そんな……そんな……。
ヨロヨロ……。
「何? 僕達、転生者は……神様がやってるゲームの……」
「『キャラ』ですらない詰将棋のコマだ」
僕は……座ったまま立ち眩みがした。
身勝手な神がやってた「ゲーム」がゲームオーバーになりかけたんで……ズルをやってでも「ゲーム」を続行しようとした……。それが、「僕の物語」の全てだったって言うのかよッ? 異世界転生モノに「チート」は付き物だけど……「チート」をやったのが、主人公じゃなくて「運営」だなんて、そんな馬鹿な話有るかッ‼「仮面ライダーエグゼイド」の「ゲームの運営会社の社長こそがラスボス。そして、最凶最悪のチート」かよッ⁉
「おいおい、何て表情してやがる。私は『神々』の中では、人間に……まぁ、オークなんかも含めたって意味だが……お前達、広い意味での『人間』に、かぁ〜なぁ〜りぃ〜、都合がいい『神』だぞ。そう云う意味じゃ、どっちかって言うと『善神』だ。私よりタチが悪い『神』が、私以上の力を持ってない事に感謝するんだな」
雌豚に取り憑いた「大地母神」は……呑気そうな口調で……あまりにもロクデモない事を言い出しやがった……。
「元の世界の神話とか、よく知らないだろ、お前?」
「えっ?」
転移者(マシな方)が変な事を言い出した。
「神に選ばれちまった者は、まず、選んだ神に『選ぶなら、自分以外の誰かにしてくれ』と頼むのが、神話ってヤツの定石だ。そっちの方が話を転がしやすいからじゃねえぞ。大昔のサピエンどもも知ってたんだ。神に愛され選ばれた者にはロクな未来が待ってないって事をな」