(4)
『とりあえず、最初は出鱈目に逃げろ。奴らを撒けたら、また指示を出す』
耳の中に入れた、魔法の無線機からは、そんな声。
僕は雌豚の手を引いて走り出す。
雌豚は虚ろな目のまま……。
ためしに……。
「うがああああッ⁉」
ちくしょ……う……。
雌豚を絞め殺そうとした途端に、痛み・吐き気・痒み・くすぐったさ・悪臭・ウンチでも食ったかのような味・尻の穴に何かをブチ込まれる感覚・小便が漏れそうになった時のあの感覚……その他、ありとあらゆる苦痛が僕の全身に走る。
本当に、僕は、この雌豚を殺せないようだ。
冗談じゃない。
僕を裏切った糞女に復讐する事さえ出来ない……。
この雌豚を殺そうと思っただけで……心が一瞬で折れるほどの苦痛の嵐。それも、良く、こんなモノ思い付いたな、って感じの独創的にも程が有る代物。
もういい、僕だけで逃げ……ぐへぇ⁉
冗談じゃない。
積極的に危害を加えようとした時だけでなく「こんな雌豚、どうなっても知った事か」って考えただけで、コレかよッ⁉
仕方無いんで、僕は雌豚の穢らわしい手を取り……ああ、良かった……本当の手足を失なってて……。
こんな女を本当の手で触らずに済んだ。
ともかく、逃げる。
逃げる。
逃げて、逃げて……。
『すまん、あたしらの知らん脇道を使われたみて〜だ。奴らがお前らに近付いてる』
「みぃ〜つぅ〜けぇ〜たぁ〜だぁ〜……このクソ野郎がぁ〜」
洞窟に響くスナガの声……。
静かな……でも、背筋が凍り付きそうな怨念がこもった声。
反響で声の方向が判ら……おっと、洞窟の脇道から誰かが現われ……僕は別の脇道に入り……。
『おい、何やってる? 回り込まれたぞ。今、お前らが進んでる方向に、奴らが居る』
とりあえずは、逃げられたと思った時に、その連絡。
引き返え……引き返え……引き返え……って、おいっ?
後ろを振り向くと、似たような外見・幅・高さの脇道が複数。さっきまで、ここまで来た道が、どれか判らない。
とりあえず、脇道の1つに入り……。
『おい、そっちの道への近道が有ったみたいだ』
またかよッ‼
とりあえず、別の脇道……おい、まさか……これ……。
『ま……い……ぞ。……が強い場所に……った』
そして、魔法の無線機からは、ノイズ混りの声。
あ〜、やっぱり、こ〜なったか……。
その時、虚ろな目の雌豚が、ある方向を指差す。
「おい、雌豚が『こっちに逃げろ』みたいな事を言いたそうな感じだけど……信じていいのか?」
『たぶ……だ……』
あれ? 何だ?「多分、罠だ」だとすると……妙に間延びした……。
『従う……れ……従わ……れ……か……選択……のが、一番の悪手……』
どっちが「一番の悪手」なんだよッ? この雌豚を信じるのと、信じないのの……。
もういい……。
僕は……僕の直感を信じる。
こんな雌豚、信じるべきじゃない。
僕は、雌豚が行き先を指示する度に、そのなるべく反対側の脇道を選び……。
そして……。
おい、何か、変だ。
さっきから、ずっと……下り道をばっかりで……登り道は1回も……。
えっ?
そして、洞窟内なのに……光に照らされた大広間に辿り着いて……。
「みぃ〜つぅ〜けぇ〜たぁ〜だぁ〜……このクソ野郎がぁぁぁぁっ‼」
そして、別の脇道から入って来たスナガと……五十ぐらいに見える日本人らしい男……あれ?
あいつの右腕……僕のと同じ義手になって……。
その広間には……古代の土偶のような馬鹿デカい像が……。
「大地母神様……持って参りました……。純血の『聖女』が、純血の『オダグ』の精液により孕んだ……貴方様の依代でございます……あはははははは♪ ふざけんじゃねえッ‼ この屑野郎ッ‼ 何が神だッ‼ 何が大地母神だッ‼ こんな事の為に……どんだけの人間とウルクを地獄に叩き落しやがったぁ〜ッ‼」
雌豚は、ヒステリックに、その像に向って叫ぶだけ叫ぶと……。
どん……。
力が抜けたように、地面に膝と両手を付いた。
「やっぱり、ここに辿り着いたか……」
「あたしの指示は聞こえなかったようだな……」
最後に……2人の転移者の女の声。
「ちょ……ちょっと……何が正解だったんだよ? この雌豚の指示に従えば良かったの?」
「違う」
「でも、僕は、この雌豚の指示とは逆の方向に行ったんだよ。毎回毎回。それなのに……」
ヨロ……っ。
2人の転移者の女は……「この、どうしようもねえ阿呆に、何て説明すりゃいいか……」って感じの表情になって……よろけた……。
「マヌケがッ‼」
「『そいつの指示に従うかどうかは、毎回、なるべく出鱈目に決める』のが……お前と、そいつを、ここまで連れて来ようとしてた奴の裏をかける唯一の方法に決ってるだろッ‼『全部従う』と『全部逆にする』の2つが最悪手だって、言おうとしたんだ」




