(5)
「おい、それは何だ?」
僕が、この世界に出現した場所から一番近くに有った町を囲む城壁。
その門の1つに到着したのは、日も暮れかけた頃だった。
「それ? それって何ですか?」
「正確には『そいつ』だ。お前が連れてるモノは何だ?」
「奴隷って言うだ、御主人様」
スナガが僕に小声でそう言った。
「奴隷です」
「へえ、鉱山の仕事の為に売られに行くだ」
「この辺りに何かの鉱山なんて有ったか?」
「一番近いのでも……えっと……大昔に病人肌どもが居た所だが……」
「いや、でも、あそこは、とっくに掘り尽してるし、しかも、ここから歩きで半月はかかるぞ。病人肌の奴隷の相場と、半月分以上の旅費では、どう考えても足が出るだろ」
スナガが下手な事を言ったせいで、余計にややこしい事になった……。
「その男の人は……」
聖女様がそう言った途端……。
「おい、このチビの事か? こいつは『男』でも『人』でもない。ちゃんと『オスの病人肌』と言え」
「ああ、まぁ、人間に似てるから人扱いしたい気持ちは判るが、町ん中に入ったら注意しろ。病人肌を人間扱いしたら、色々と面倒だぞ」
2人の門番は……僕達に、無茶苦茶な「忠告」をしてきた。
何だよ?
どうなってんだよ?
どうやら「病人肌」ってのが、この世界の白人の呼び名らしい。
たしかに、有色人種から見れば、病人みたいに青冷めた肌の色に見えるかも知れないけど……。
どう言う世界だ、ここは?
「あの……その……こちらの私の同族のオスを売りに行くのは……『ついで』です」
「おい、待て、何言ってるだ? オラがお前の『ついで』だと? ふざけるでねえ、この雌豚がッ‼」
突如として怒り狂い始めたスナガ。
げしげしげし。
芝居にしては、結構強めの感じで聖女様に連続ローキック。
「や……やめろ、彼女も大事な売り物だぞ」
「あ……あ……すいませんだ、御主人様。オラを捨てないでけろ……」
今度も芝居とは思えない感じで、この世界の有色人種達に「病人肌」と呼ばれたスナガの顔色が更に青冷める。
「どう言う事だ?」
「おい、まさか……」
門番達は、聖女様の腕をつかんで、自分達の方に引き寄せると……ブルカを外し……。
偶然にも、顔は僕からは見えない。
ただ、銀色の髪が風に……ん?
エルフ耳……と言うには少し……。
ハーフエルフ耳って所か?
体までは見えないけど……それほど太ってる訳でも、逆にガリガリって訳でもない。
そして……今度は、東南アジア系と黒人の中間ぐらいの肌の色の門番達の顔が……どんどん青冷め……。
「うげっ? 気色悪ッ‼」
「おい、こんなモノ見せんなッ‼ 先に言っとけッ‼」
聖女様は、ブルカを再び被り……。
どうなってんだ?
この世界は美醜逆転世界か何かか? それとも聖女様の顔は、本当にキショい代物なのか? 後者だとしたら、僕は、とんだ「外れ」を引いちゃったのか?
「見ての通りでございます」
「何が見ての通りだ? キショい顔して、そんな貴族のお姫様みたいなしゃべり方するんじゃねえッ‼ キショさが増すわッ‼ 上等の肉をクソ不味いパンに挟んで食うよ〜なモノだぞッ‼」
何だよ、その「美味しんぼ」の「クソ不味いシャリに最上級の大トロ」みたいな喩え?
「そうだ、そもそも何がどうなってる? お前のような奴を買う阿呆がどこの世界に……」
「見ての通り、私は『病人肌』の中でも数少ないメスです……。さる魔法使いに実験用として売られに行く途中なのです」
門番達は顔を見合せる。
「ああ、なるほど、そうか……そう言う事か……」
「言われてみれば、病人肌のメスは貴重と言えば貴重だな……。魔法使いが何かの実験に使うつもりなら……今やっとかないと、五年後か十年後には、病人肌のメスなんて絶滅してるかも知れんしな……」
「まぁいい、じゃあ、この町に居る間は、今から持って来るモノを服の上から付けてろ。この町から出る時は、ここか別の城門で外す」
「判った、今、あれを持って来る」
そして……しばらくの後……。
「えっ?」
門番の片方が持って来たのは……醜い……わざと醜く作ってるとしか思えない豚の頭の飾りが付いたクソ重そうな金属製の首輪だった。