8話 モデル撮影が授業参観みたいで気恥ずかしい
俺は以前母さんから頼まれたモデルの撮影というものに来ている。あらかじめどういうものか聞いていたのに、いざ現場へと来てみると想像以上の緊張感に背筋が伸びる。
「お兄ちゃん大丈夫だよ!私も男性モデルって調べてみたけどお兄ちゃんが一番かっこいいよ!少なくとも外見は間違えなく勝ってるから!」
実の妹に励まされ、なんだか自分でも情けなくなってくる。ていうか柚まで来るなんて聞いてないよ…!
「おはよう葵、来てくれてよかったー!寝坊とかの可能性もあるし、実は不安だったんだよね…。」
母さんは俺を信用していないのかもしれない…。いやそりゃ今日も柚が起こしに来てくれなかったら多分寝坊してたけどさ…!
「こちらがウチの会社の社長さんね、玲花ちゃんです。」
母さんが俺に社長さんを紹介してくれる。
「今日はどうもありがとうね、私が社長の月島玲花です。…それにしてもほんとにこんなにすごい息子さんがいたなんて…。もっと早く紹介してくれても良かったのに…!」
よほど経営が危ないのか泣きそうな顔だ。正直俺にそんなこと言われても困るんだけど…。
そのまま俺は衣装やヘアセットをするとかで控え室的なところへと案内された。
「お兄ちゃんもしっかりセットするとやっばいね…でも家ではいつもの格好でいてよ、緊張するから。あのヨレヨレのジャージ姿が落ち着くんだよね…!」
「柚ちゃん、お兄ちゃんがせっかくちやほやされてるんだからプライベートの格好のことは言わなくていいんだよ。それに髪型に関しては俺だってセットする時あるだろ!」
せっかくメイクのお姉さんがかっこいいですねー!って言ってくれてるのにさあ…!妹のお前がバラしてどうすんだよ!
「やっぱりプロの人がやると全然違うんだよ。それにお兄ちゃんの期待があんまり上がっても可哀想かなって…妹としての気遣いかな?」
こいつはにやにやと見てくるから多分全然気遣いじゃない。単純にからかっているのが流石に俺にだってわかる。
「はいはい二人とも兄妹喧嘩は家でやってね。柚もあんまりからかいすぎると葵が拗ねるからそこまでにしてあげて。正直私だってびっくりしてるんだから。」
あんたがやれって言うからやってるのになんでこんなに言われてるんだ…!
このヘアセットとかをすると母親とか妹にからかわれるってほんとに良くないと思うよ。
「こちらはカメラマンの保科さんね、昔からうちと付き合いのある方だから緊張しなくていいから。」
母さんがカメラマンさんを紹介してくれる。母さんたちと同世代か少し上に見える優しそうなお姉さんって感じの雰囲気だ。
「今日はよろしくお願いします!全く経験もない素人なのでご迷惑をおかけすると思いますが、精一杯頑張りますので。」
俺が手を差し出すと、一瞬だけ不思議そうな顔をした後に握手をしてくれた。
「よ、よろしくね!あんまり顔が整ってるからびっくりしちゃって…男の子の撮影自体レアだからさ。よし!じゃあ完璧に撮ってあげるよ!」
俺は言われるがままにカメラの前に立ってポージングなんかもさせられる。と言っても複雑な動きなんかは全くなくて簡単なことばかりだったから俺も徐々に慣れてくる。
「君はいいね!私も結構長いことやってるけどここまで雰囲気ある子を見るの初めてかも!」
保科さんはやっぱりプロだと思う、俺は初めての撮影なのに緊張も忘れて楽しく参加できる。
「葵くんって何かスポーツとかはやってるの?結構いい身体してるなって思ってさ。」
「いや特にこれ!っていうのはやってないです。友達とかと遊びでやったりするのは好きですけどね。あ、でも筋トレはしてますよ。柚、えっと妹が俺に貧相貧相言い続けるんで…ちょっと悔しくて頑張ってましたね。」
雪には貧相とかって思われてないといいんだけどなあ…。雪を抱きしめた時に思ったことだが、やはり男女で身体の造りが全く違うな。小さくて細くて、柔らかい彼女を抱きしめていると庇護欲というものが自分にもあるってことを実感させられる。
「今の表情!いいよ!色気のある顔も素敵だねー!」
完全に気を抜いていたことに内心焦りつつも結果オーライだな…!それにしてもプロのカメラマンは本当にすごいと思う。全く不快感や緊張感なく撮影ができる。俺なんて普段証明写真でさえ緊張して失敗する時があるっていうのに…。
「んー今の顔はあんまり良くないなあ…別なこと考えてたでしょ?そういうのは意外と分かるもんだからね。」
あ、普通に注意はされるんだね…。いやまぁ当然なんだけどさ。
とにかく撮影は順調に進んでいき、母さんや柚、社長のリアクションを見ても上々な出来であることが分かる。いやでもさ…身内にきゃーきゃー言われながらってなんか恥ずかしいよ…!
「いやー最高!私こんなに満足できる撮影って初めてだよ!もしさ、次も撮るような時があったら絶対私に撮らせてね!ていうか私以外に撮らせないでね!」
俺は圧に負けて思わず頷いてしまった。慌てて母さんたちの方を確認しても満足げに頷いているからセーフなんだろう。
「でも別にまだ続けるかは分からないですからね!そもそも売れるかだってわかんないし…。」
きょとんとした顔で保科さんは俺を見ている。
「君は自分のルックスに自信がないの?」
真剣なトーンに俺は自然と首を横に振った。自分でも自分のルックスが他人に比べて優れていることはわかっている。
「だよね、良かった。じゃあどうして売れる自信がないの?世の中の女子はみんな君みたいなイケメンを見たいんだよ。とにかく間違いなく売れる。だけどもっと先に行けるは君の意識次第かな!私としては確信してるし、楽しみだよ!」
保科さんは俺の頭を雑に撫でてくれた後に社長の方に確認作業なんかがあると言って去っていった。
「お兄ちゃん!おつかれさま!かっこよかったよ!」
柚がタオルと飲み物を持って駆け寄ってきた。なんだかんだ言ってもこういう優しさがあるから大好きだ。
「ありがと、喜んでもらえたならよかったよ。」
俺はいつもの癖でつい頭を撫でてしまったが、人前でこれをやると怒られる。慌てて手を離して様子を伺う。
「うー…恥ずかしいけど今日はいいよ…。あくまでご褒美としてね!」
そう言って頭を俺に向けて差し出してくるようなポーズを取る。あまりにかわいいから俺もついつい笑みが溢れてしまう。
「ありがとね、嬉しいよ。俺も柚を撫でてると心が落ち着くよ。これからも柚には撮影ついてきてもらおうかな…。」
意外と冗談ではなくほんとに落ち着く気がする。流石に今日は俺も疲れたのか一心不乱に柚を撫で回す。
「君たち兄妹ってそんなに仲良いんだね…いいなあ…。」
いつの間にか隣に立っていた社長さんがほんとに羨ましそうな顔をしている。
柚も急に恥ずかしくなったのか俺の手を振り払って距離を取られてしまう。
「なんですか急に。俺の周りに他の兄妹を知らないんでよく分かんないんですけど…。別にわりと普通じゃないですか?」
「いいえ!全然そんなことないですから!いいなあ…柚ちゃんは全国の妹の憧れだよ…!私もこんなお兄ちゃんが欲しかった…!」
母と同年代の女性、しかも社長が駄々こねてる姿って見るのきついな…。いや別にだめとは言わないけどさ…。
「ごめんねー二人とも。玲花ちゃんはちょっと最近疲れてるからさ。でも葵もやりすぎね、他のスタッフの子もちょっと照れてるから、続きは家でどうぞ。」
柚の方を振り返るとびくついて母さんの後ろに隠れてしまった。こうなると柚は俺を警戒しているので頭なんて撫でようものなら蹴られる。
お兄ちゃん寂しいよ…!
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