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1話 疎遠だった幼馴染が病気になっていた件

この世界から男性というものの数が激減したのはもうずっと昔の話だ。それでも世界は順調に回っている。変わったのはいくつかの社会制度と男性を取り巻く環境だけ。それも俺たちからしたらもはや歴史なのだから実感はない。


正直こんな話はどうでも良くて俺は今目の前にいる幼馴染、白坂雪のことを意識しすぎないようにするのに精一杯なのだ。


「葵…ほんとに好きだよ…。世界で一番、葵のことが好き…!」


そう言いながら俺の膝に登って情熱的なキスを何度もくれているのが俺の幼馴染であり、彼女でもある白坂雪である。別に彼女なのだからいくら意識してもいいように思えるがこれには事情がある。


どうしてこんな状況なのかを説明するにはそれこそ話をかなり遡る必要がある。


始まりは高校二年の五月のことだ。



ーー



「かおるー、俺今日は一人で帰るわ。それじゃまた明日!」


俺はそれだけ告げて急いで教室を飛び出した。


俺の名前は天沢葵、ごくごく普通の男子高校生である。熱心に部活をするわけでも、必死に勉強しているわけでもない、いたって普通の高校生だ。


俺はいま穏やかな五月の空の下優雅に一人下校して帰路に着いている。こんなに早く下校できているのは別に俺がサボっているわけではなくて、今日はありがたいことに午前中で授業が終わったのだ。毎日こうだったらいいのにとは思うけどね。


普段なら友人と帰っているわけだが、たまにどうしても一人で帰りたくなる時がある。それがちょうど今日だった。友人たちはこの後遊びに行くかもらしいが俺は即帰宅。


ふと俺は路地の方を見ると女性がうずくまっているのが見えた。いつもなら相手が女性ということもあって、周りの女の人に頼んで終わりにしたかもしれないが、今日の俺は何を思ったのか自ら声をかけることにした。


「あー、お姉さん、大丈夫ですか?こんなとこに一人でうずくまってると危ないですよ?」


何度か声をかけても反応がないので、俺は呼びかけるために肩に触れた。


「っ…!ごめんなさい…!ほっておいてもらえますか!大丈夫ですから!」


下を向いたまま彼女は怯えたように答えるが、俺にはその声に聞き覚えがあった。


「その声…雪ちゃん…?もしかして白坂雪…だったりする?」


俺がそう聞くと彼女が慌てて顔を上げた。少しだけ目がうるんでいるのが見える。


「葵…くん?え、なんで?ごめん…!私もう大丈夫だから!」


そう言って彼女は立ち去ろうとするが、体調が悪いのかふらついている。そんな状態で一人で帰せるわけもないので腕を掴んで引き止める。


「いやいやそんな状態じゃ心配だよ。それになんか制服じゃないし、とりあえず家まで送るからさ、掴まってよ。」


俺は彼女に向けて手を差し出すが、彼女は浮かない顔をして首を横に振った。


「その…今日親がいなくて…それに鍵も忘れちゃったから家に帰れないの…。でも弟がもう少ししたら帰ってくるかもしれないから大丈夫。どこかで少し休むから…ごめんね、心配かけて…。」


そうは言ってもどう考えても体調が悪そうだし、このままどこか休めそうな場所に連れて行ったり、家の前まで連れて、はい終わりでは流石に俺も気が引ける。もちろんここに置いて帰るなんてのは論外だ。


「うーん…じゃあ俺の家来る?最近はあれだけど、昔はよく来てたしさ。いま誰もいないから別に気にしなくていいし。」


雪も少し悩んでいる様子だったが、このまま一人では心配をかけることを自覚しているのか最後には頷いてくれた。


俺は雪を連れて家に着き、玄関を開ける。


「ただいまー、って言っても誰もいないけどね。まぁ気にせず上がってよ。」


雪は俺の家に入っても玄関あたりで立ち尽くして黙ったまま下を向いてしまっている。若干息が荒い気がするので俺はとりあえずソファに座るように促した。


「大丈夫?とりあえず水持ってきたから飲みなよ。しっかしどうしたの?あんなところでうずくまって。制服も着替えてたし。」


少しの間沈黙が続いて彼女が口を開いた。


「引かないで欲しいんだけど…ハグしてもいい…?」


突然のことに俺も流石に動揺する。


しかしそう言って俺を見上げる彼女の表情に俺は思わず息を呑んだ。そして言い方は悪いがエロいと思ってしまったことに罪悪感を覚える。


「えっと…引かないし、別にいいよ。…どうぞ、おいで。」


俺がそう言うと彼女は俺の膝の上に登り腕を首に回してしがみついてきた。


「うん…ありがとう。葵はやっぱり優しいね…。」


俺たちはしばらく疎遠になっていたが幼馴染だ。何年も話せていなかったので、こうして久しぶりにゆっくり話せることに喜んでしまっている自分もいた。


それにしても俺の耳元で息を荒くして、しがみついてくる彼女に俺も変な気分になってくる。


「ほ、ほんとに大丈夫?呼吸荒いけど…。病院とか行かなくて大丈夫…?」


俺は沈黙が続くと耐えられる気がしないので彼女にたずねた。

彼女は再び黙ってしまったが、ゆっくりと話し出した。


「病院には行ってるの…私病気なんだ。信じてもらえるかわからないけど…定期的にね、その…発情しちゃうっていうか…。ごめん、気持ち悪いよね…!」


そう言って彼女が立ちあがろうとするが、少しだけ涙目になっていた。その様子を見ただけで勇気を出して打ち明けてくれたことは簡単に想像できる。


「大丈夫だよ、信じるから。最後まで話聞くからさ、落ち着いて。ほら、おいで。」


俺は膝を叩いて彼女を呼ぶ。


雪も少し落ち着いたのかもう一度俺に抱きついてそのままの体勢で話し出した。


「去年の冬からなんだけどね、たまに変な気分になることが続いてて。それで病院に行ったら、そういう病気なんだって言われたの。珍しいけどいくつか前例もあるらしくて…でも治る方法が分からないんだって…。それで今日下校途中に発作が起きて、あそこにいたの。制服は…そんなところ…見られたら良くないって思っていつも下校中に着替えることにしてるの。」


「そっか…抑える方法とかもないの?俺に出来ることならなんでもするんだけど…。」


俺はこの時の彼女の顔を一生忘れないと思う。可愛くてそれでいて色気のある表情で俺を見つめていた。


「じゃあたまにでいいからさ、こういうことに付き合って欲しいの。…今日葵に抱きついてたらちょっと落ち着いてきたから。」


「え?ああ、もちろんいいよ!それに俺も全然関係ないけどちょっと落ち着くんだよね。…えっと、ついでに学校でも仲良くしてくれると嬉しいんだけど…。」


雪は俺の方を見て少しだけ嬉しそうに微笑んだ後に再び抱きついて俺に言う。


「無理かなあ…葵と仲良いって知られたらまた騒ぎになっちゃうから。でも葵のことは大好きだよ。」


心臓がうるさいほどに鳴っているのがはっきりとわかる。これがどちらのものなのか分からないほどに俺たちは近づいてた。抱き合っているから顔は見られていないことが唯一の救いだ。心臓の音が俺のものではないことを願いつつ、今はまだもう少しこのままでいたいと思ってしまう。


どれくらいの時間が経ったのか分からない。俺たちはお互い一言話すことなくただ抱き合っていた。しばらくそうして過ごしていると突然スマホが鳴って俺たちは思い出したかのように離れる。


「あ…弟が帰ってきたって。…じゃあ私、そろそろ帰るね。今日はありがとう、嬉しかったよ。」


「い、家まで!家まで送って行くよ。心配だしさ、それにせっかくだしもう少し話したいんだ。」


思わず俺は雪を引き止めてそう告げる。自分でもなぜか慌てているのがわかったし、それが恥ずかしかったが彼女は嬉しそうに笑った後にもう一度笑って頷いてくれた。


家まで送って行く中で俺たちは思い出話をして歩いた。中学の頃から疎遠になってしまい、俺たちは今日まで話すことなんてなかったから、以前と同じように話せていることが嬉しかった。疎遠になったきっかけはもう思い出せない。グループの違いから自然とそうなった気もするし、何かきっかけがあったような気もする。俺は少しだけ心にモヤモヤを残しつつも、こうして過ごせる時間を大切にしようと、そして今度は疎遠になんてならないようにしようと改めて思った。


雪の家まで着いてチャイムを鳴らすと少しして笑顔で雪の弟の優太くんが飛び出してきた。


「お姉ちゃんお帰り!鍵忘れてたでしょ!…あれもしかして葵くん?葵くんだよね!」


今度は俺の方に飛び込んできて笑顔を向けてくれる。


「久しぶり、優太くん。元気そうで何よりだよ。それにしても大きくなったねー!」


俺の記憶ではまだ幼稚園くらいだったような気がする。


「だって僕ももう三年生だよ?お兄ちゃん全然遊びに来てくれなくなっちゃったんだもん!これからはまた来てくれるの?」


上目遣いでそう聞いてくる仕草は姉譲りなのかとても可愛らしい。この子もまた大きくなったらモテそうだ。


「優太も喜んでるからさ…上がっていかない?少しだけでもいいんだけど…。」


雪はもうすっかり元気そうで安心した。


「じゃあお言葉に甘えて…少しだけ寄らせてもらうね。」


俺は何年振りかに雪の家、白坂家に上がらせてもらうことにする。

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