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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

散りゆく花は美しく〜最期に何を残すのか〜

作者: Ahmed

 宗教的な描写があります。苦手な方はブラウザバックして下さい。また、視点の偏りがあり、不快に感じられるかもしれません。お気をつけください。




 私はグラエキア帝国パレオロギナ王朝皇帝コスタス11世である。グラエキア帝国は1500年弱の歴史を誇り、それ以前の王政・共和政時代を入れると2200年を超える歴史を持つ。そんな伝統ある帝国は明日滅びの運命を迎える。




 敵は強大にして、百戦錬磨のトルキエ帝国。難攻不落にして1000年以上帝国の繁栄を支えた我が帝都ビュザンタノープルが包囲されてはや2ヶ月余り。堅固な城壁は大砲でボロボロになり、兵士たちは昼夜を問わず攻めてくる敵に疲れ切っている。援軍は期待できず、2000年を超える歴史を持つ帝国がこうもあっさりと見放され、滅亡の憂き目に遭うとはと私自身も驚いている。




 思い返せば、私の治世はトルキエ帝国への対処で埋め尽くされていた。彼らに貢納金を支払い、戦いになった時のために少しでも同盟国を増やし、そのために嫁がせたくもない国にも娘たちを嫁がせた。それでも、私の使命たる帝国の存続のために外遊を繰り返し、同盟を募り、国にいる時は内政に注力した。だが、それでもこの包囲されている状況で援軍に来たのは僅かだった。




 敵は私に降伏を勧告してきた。援軍もなく、寡兵で、また敵の包囲を解く術もない。私が皇帝として帝国の存続を第一にしてきたことも知っている。だからこそ、簡単に降伏すると思っていたのだろう。だが、帝国なき皇帝など神に誓ってありえない。この帝国の象徴たる帝都が落ちるならば私もまた滅びよう。私は神の下に召されるその時まで伝統あるグラエキア帝国皇帝なのである。私はその誇りを捨てる訳にはいかないのだ。




 我が兵士たちは奮戦に奮戦を重ねた。いや、そのような表現では足りないだろう。四面楚歌の中、2ヶ月も持ち堪えたのは堅固な城壁だけではなし得なかった。彼らの活躍がこの2ヶ月にも渡るこの奇跡を起こしたのだ。




 しかし、私にはもはや彼らに報いる術はない。かつては世界一の繁栄を見せたこの帝都も、今では一交易都市に成り下がってしまった。帝国の領土も、財宝も既に失った。なればこそ、私は私自身が戦線に立ち、彼らの士気を少しでも上げ、彼らの奮闘に対して感謝を述べる他にない。そうでしか報いることができない愚かな皇帝を恨むがいい。憎むがいい。彼らにはその権利があるだろう。私は私の罪を受け入れよう。




 私はどのように祖霊に詫びれば良いだろうか。既に帝国の滅亡は避けられない。だが、私が出来ることは全てやった。今、私にできる事は歴史あるグラエキア帝国の、その正統なる皇帝としてその名に恥じぬ最期を遂げることだ。祖霊に顔向け出来るよう、少しでも多くの敵を道連れにすることだ。また、ただ死ぬのではない。私は、我が兵士たちは、我が帝国は神にその身を捧げるのだ。異教徒たちに屈することなく、神のため、イイスス・ハリストスのために戦い抜き、そしてこの身を捧げるのだ。




 既に、最期の神への祈りを捧げた。妻や子たちとの別れも済んだ。共に戦った勇士たちとも別れを惜しんだ。不甲斐ない皇帝である私の不徳を皆は許してくれた。後は最期の力を振り絞り、栄光と伝統ある帝国に恥じない姿を敵に見せつけ、神のためにこの身を捧げるのみ。




(翌日)

 時は満ちた。神よ、今我が身は御許へ参ります。我が兵士たちにご加護を!我が帝国に最後の栄光を!さぁ、我に続け!!




 

 読者の皆様、お読み頂きありがとうございます。作者のAhmedと申します。




 本作品はビザンツ皇帝コンスタンティノス11世をモデルに、コンスタンティノープル陥落前夜に皇帝が書いた日記という設定です。私が高校生の頃、世界史の授業で一際興味を持ったのが、コンスタンティノープルの陥落でした(といいつつ、作者名は思いっきりムスリムの名前ですが)。このテーマは塩野七生さんが新潮文庫から出版されているものがありますので、そちらもぜひ(ただし、史実とは異なると思います)。




 コンスタンティノス11世はご存知の方もいると思いますが、ビザンツ帝国の最後の皇帝です。彼が生まれた時にはすでにオスマン帝国が台頭し、ビザンツ帝国は僅かな領土が残されただけでした。しかし、コンスタンティノープルという難攻不落の帝都があり、実際に幾度となく攻撃を受けていますが、その度にその難攻不落っぷりを見せつけていました。オスマン帝国も攻撃した勢力の一つですが、攻略は1453年のメフメト2世まで待たなければなりませんでした。コンスタンティノス11世に関しては可哀想というべきかどうか。というのも、前述の通りビザンツ帝国はほぼ領土もなく、逆によく存続してたなくらいの勢力だったので、完全な貧乏くじです。しかし、メフメト2世はかなり宗教的に寛容な君主でしたが、彼をスルタン位から追い落とそうと画策して失敗したりもしています。その画策前まではいい関係を築いていたようなので、滅びる時間を早めたと見るべきか否か?




 本作品を書く上で気になったのは非常に宗教的な表現が多いこと。特に、終わりに近づくにつれて「神に身を捧げる」「神のために死ぬ」というような表現が出ます。また、「異教徒」という言葉は時として蔑称となる場合があるので、なんとも書きずらい。不快になられた方は申し訳ありません。




 最後に、コンスタンティノープル(現イスタンブル)はかなり旅行先としてお勧めです。私も行きました。まず、英語が通じます。さらに、歴史もあり、日本でいう京都ですね。お寺や神社の代わりにモスクがあり、他の観光名所もたくさんあります。さらに、親日国なので、迫害?されることはまずありません。物価も安いです。ただし、観光地は観光地料金なので、ご注意を。また、金曜日は基本的にモスク観光はできません。他にも、イスラム教国としていくつか注意点がありますが、注意されればその都度謝って直せば問題ありません。このテーマに関していうと、テオドシウスの城壁はまだ現存です!また、パノラマ1453歴史博物館はこのテーマと全く同じ、コンスタンティノープルの陥落に関する博物館で、珍しく日本語案内が無料で借りられます。イスタンブルに行った際は訪れてみて下さい。それでは。

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