おもしろいの定義とは?
・マズロー5段階の欲求
・笑いのメカニズム
・面白さを感じるメカニズム
・情報量の定義
若干簡単な数式でます。(高校レベル)
西暦XXXX年、
人類は技術革新により、全ての肉体単純労働は機械が代わりに担い、
知的労働ですら全てAIが代わりに行っている。
すなわち人類は働かなくてよくなったのだ!
代わりに人類を蝕む病として退屈や鬱病、ストレスが蔓延した。
ここは国立面白科学研究所、日々そんな精神的苦痛を快楽へと変えるべく奮闘している研究員達がいる。
彼らはFIR(Fun Interesting Researcher)と呼ばれており、
世間を笑いの渦へと巻き込むべく研究が行われている。
白衣の青年が、白衣の幼女に尋ねる。
「教授お疲れさまです。今日もおもしろいとは何かのご指導お願いします。」
「おもしろさは大きく二つに分けられるのじゃ。
一つは、論理的な説明がつけられないおもしろさ、つまり英語でいうところの「Fun」じゃ。
もう一つは、論理的に考えられる知的なおもしろさ、つまり英語でいうところの「Interesting」じゃ。
そもそも、面白いと感じるのは知的生命体にのみに許されたことなのじゃぞ」
「マズローの5段階欲求ですね」
「そう、覚えているかね?」
「ええと、
第1段階:生理的欲求
第2段階:安全欲求
第3段階:社会的欲求
第4段階:承認欲求
第5段階:自己実現欲求
でしたっけ」
「そう、生理的欲求は生きていくために必要な、基本的・本能的な欲求を指す。食欲、睡眠欲求、排泄欲求じゃ。
安全欲求は安心・安全な暮らしへの欲求を指す。例えば雨風や寒さ暑さを避けるために住居に住みたい欲求じゃ。
社会的欲求は友人や家庭、会社から受け入れられたい欲求を指す。家族や組織、コミュニティに属することで身分証明したり繋がりを持ちたい欲求じゃ。
承認欲求は他者から尊敬されたい、認められたいと願う欲求を指す。自分が所属している内外関わらず、人に認められたい欲求じゃ。
自己実現欲求は自分の世界観・人生観に基づいて、「あるべき自分」になりたいと願う欲求を指す。
承認欲求がさらに昇華したもので自分がやりたいことで承認欲求を満たされたい欲求じゃ、
コレジャナイの状態ではなく、成し遂げたぜの状態じゃな。
第1〜第3までは他の生き物にも見れるが、第4〜第5は人間のような知的生命体に許される欲求じゃ。
したがって面白いと感じるのは知的欲求なので少なくとも第4以降の欲求と考えることができるのじゃ。」
「ははぁ、面白いと思うのは高度なことなのですね」
「まず人がなぜ笑うのかという脳のメカニズムについて説明しよう、「Fun」の方の仕組みじゃな」
「お願いします。」
「人間は、少なく不完全な情報を元に休むことなく多くの推理を立てることで合理的に日常を受け入れることができている。
こういった推理を行うことで物事を簡略化したり、他者の考えに対して批判的な洞察を行ったり、合理的な決断を下せるのじゃ。
じゃが、この行程で誤りをおかすことを避けるのは不可能であり、誤った推理の蓄積は損害を与える大きな間違いに繋がる可能性がある。
こうした間違いを見つけて正すことで我々の脳は褒美として、笑いを得ているのだそうじゃ。
つまりユーモアのセンスとは、誤った推理と現実の隙間を警告するよう脳を誘惑するためのものであると。
君は漫才をみるかね?大体ボケ役と突っ込み役のコンビだったりするじゃろう?」
「ボケが間違いを提起する役、突っ込みが間違いを正す役ということですね。
なるほどぉ、そう言われてみればすごく納得感ありますね。
そうはならないだろうと脳に錯覚をさせることで笑いを引き起こすということですね。」
「うむ、続いては「Interesting」の方じゃ、
こちらは12通りのパターンがあると言われているがめんどくさいので詳細は略す、
要は何かしらの法則性や関係性を見つけ出したりしたときに人は面白いと感じるのじゃ、
そしてそれにはもう一つ重要な要素がある」
「何ですか?」
「いわゆる情報量じゃ。君は情報量の定義はわかるかね?」
「いえ、全然」
「うむ、解説しよう。
情報量とは、ある出来事が起きた際、それがどれほど起こりにくいかを表す尺度じゃ。
ありふれた出来事。たとえば「風の音」が聞こえたことを知ってもそれはたいした「情報」にはならないが、
逆に珍しいできごと。たとえば「知らない曲の演奏」が聞こえれば、それはより多くの「情報」を含んでいると考えられる。
情報量はその出来事が本質的にどの程度の情報を持つかの尺度であるとみなすこともできるのじゃ。」
「ふむふむ、予想外なことや珍しい出来事が起きると情報量が多い。」
「それぞれの出来事の情報量だけでなく、それらの出来事の情報量の平均値も情報量と呼ぶ。
両者を区別する場合には、前者を選択情報量、後者を平均情報量と呼ばれている。」
「選択情報量、平均情報量とはどのようなものですか?」
「選択情報量の定義から説明しよう。
ある出来事Eが起きる確率をPとするとき、
出来事Eが起こったことを知らされたとき受け取る選択情報量IをI=-logPと定義することが出来る。
なんでこの数式なのかは後ほど説明するぞ、数式の定義とは物事を表現するために都合よく定式的に表現したものに過ぎないからな。
例えば、君が52枚のトランプから1枚無作為に引いたときにハートのマークを引く確率はいくつだ?」
「ハート、スペード、クラブ、スペードが同じ数ずつあるので1/4です。」
「うむ、では1の数字を引く数はいくつだ?」
「1から13までの数字が均一にあるので1/13です。」
「では、ハートの1を引く確率はいくつだね?」
「52枚の中で1枚しかないので1/52です。」
「うむ、正解だが、こうとも考えられないかね?
ハートのマークを引く確率は1/4、そのうちでさらに1を引く確率は1/13となる。
つまり。1/4 ✕ 1/13 = 1/52じゃ、
独立した情報量の和は全体の情報量と一致するのじゃ、
これを情報量で表すと次式になる。
ハートを引いたときに得る情報量は-log4で
1を引いたときに得る情報量は-log13で
ハートの1を引いたときに得る情報量は-log52となる
-(log4+log13)=-log52
数式的に情報量の和が出来事の確率の積となっている関係なのじゃ、
ちなみに負のlogとなっているのは確率が低ければ低いほど得られる情報量の値が大きくなるのじゃ」
「う、数式・・・頭が・・・
とりあえず、起きる確率が低い出来事から得られる情報量が大きいというのはわかりました。」
「仮定結果が逆じゃ。
独立した情報の和は全体の情報量である、起きる出来事が珍しいほど情報量は大きくなるを表現するためにこの数式の定義が生まれたわけじゃ。
定義は議論を進めるために人が勝手に作った取り決めを記した文章じゃ、
そうすることで定量的に物事を考えるのに都合が良いからその数式が生まれたわけなのだからな。
この数式があることで情報量を定量的に評価することができる。」
「あの質問なのですが、トランプにイカサマがされていて、
52枚のトランプが全てハートの1だということ知っていたら、
ハートの1を引く確率は100%ですよね?
情報量はどうなるのですか?」
「ふむ、いいところに気づいたな、それが平均情報量の話となるわけだが、
その場合の情報量は0となる。
数式は難しいので説明を端折るが、
ある事象が起きる確率に対して得られる情報量の期待値を示したものが、平均情報量じゃ、
必ず起きる分かっている(知っている)場合、すなわち確率が100%の場合の情報量は0なのじゃ、
逆に完全に等倍の確率、すなわち完全にランダムの場合に得られる情報量が最大となるのじゃ、
これはすなわち、全く予測できければできないほど情報量が大きいということじゃな」
「要は予想外のハプニングや超展開であれば情報量が多いということですね。
そして情報量は人に依存する。」
「うむ、予想外の展開や取得するデータが多いほど情報量が多いということじゃ。
情報量の多さはその情報を知っていないことが前提じゃからな、
全くオリジナルなものを作り出すというのはそれだけ難しいということじゃ。
ほら、あれじゃ、子供の頃は知らないことだらけでドキドキしたじゃろう、
大人になるにつれて物事がわかりはじめて、あんまり面白くなくなるということじゃよ」
「あー、なんかわかる気がします。」
ざるっとまとめると
・ボケとツッコミで笑いを取る
・法則性や関係性がわかるようにする=伏線
・情報量増やす=予想できない展開をたくさん盛り込む
ですかね
ちなみに予想外が良いからと言ってなんでも超展開にすればいいというわけではないです。
そこには一定のルールが存在します。
・逆転サヨナラ本塁打はフィクションではわざとらしい。
・推理小説では物語の前半で真犯人が登場していなければなりません
・ジャンルを飛躍すると構成失敗しやすい
予想外の出来事ってのは、展開自体が予想困難なのではなく、結果に至る手段が予想外の方法だったりするので「そういう手があったか!」と予想外の感覚が生まれるわけです。
参考:物語の構成が失敗する原因。予想外と理解不能の違いとは「伏線と手段」
伏線は急展開をしても違和感を与えないためのいわゆる前振りみたいなものです。
https://www.raitonoveru.jp/cms2/2017/06/11/39447/
他にも予想を外す以外の面白さもある(願望充足)、こーゆうのでいいんだよ系ですね。
日常系とかあてはまります。
こちらも参考になると思います。
参考:【作品作りの屋台骨】面白さとは何か
https://kosiboro.work/?p=277




