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9、たった一言で

しばらく泣いて、そしてようやく立ち上がって。ゆっくりと歩きながらぽつりぽつりとジュリアに話す。


わたしは……ラヴィーニアは十六歳で騎士団の近衛隊に入団したの。女性の護衛隊員というのはね、わが国では数は多くはない。けれど珍しいというほどのものではないというのはジュリアちゃんも知っての通り。

王妃様やご側室は当然女性だし、他国からの要人も男性ばかりとは限らない。だから、女性隊員は護衛官として重宝されるのよね。それに、三百年前のゼノビア女王陛下、百二十年前の女性護衛官ステファニア様、八十年前のアマリア様と、武器を持って戦う女性が、わが国には幾人も歴史に名を残しているから、女性護衛官はなかなかに憧れの職業でもあるのよね。そういう前例があるためか、ラヴィーニアも近衛隊入りしてすぐに、すんなりと、近衛隊の中でも特に要人警護に特化した第二小隊に配属されたわ。で、幾人かの護衛を経験した後、二十二歳の時にご側室であるカーティア様専属護衛官となったの。

その時フラヴィオ様はまだ八歳だった。うん、わたし、この八歳の時のフラヴィオ殿下のイメージがすごく強いのよ。


何故かというと……ラヴィーニアはこの時、初対面のフラヴィオ様に恋をしたから。


……ちょっとジュリアちゃん、生ぬるい目でわたしを見るのやめて。強調するけど……少年愛好家という訳ではないわよ。ラヴィーニアは小児性愛の変態ではないの。ま、ちょっとかわいいもの好きだったけど。八歳の時のフラヴィオ様は、そりゃあ将来はきっと男前にご成長あそばすのは確定であろうさわやか少年という感じだったしね。お母様のカーティア様も二人の子がいるのに美少女って感じだったし。リリーシア様と三人お揃いのお姿を拝謁してしまえば目が幸せで溶けそうだったわ……って、ええと、そうじゃなくて、ラヴィーニアに変な性癖はないよと言いたいのよわたしは。あー……、少年を愛好とかどうこうよりも、元より、男性と婚姻など出来るはずはないと思っていたゴリラなのよね、ラヴィーニアは。愛や恋などとは無縁というか、そもそも思考の中にそんなものは無いのよ。

もちろん花を見れば美しいと感じる。

とうぜん小動物を見れば可愛いと思う。

だけど、その美しさや可愛さは、単なる鑑賞物であって、自分とは接点もないし、無関係。諦めているとかですらないの。

綺麗なものとか恋とかそういうふわっふわしたものやことなど、世界のどこかにはあるだろうけど、自分の中には皆無だったのよ。そう、そんな感じだったの。知人とか友人とか兄弟とかの結婚式に参加することもあったけど、だーれも「ラヴィーニアは結婚は?」なんて聞かないくらいの残念なメスゴリラだったからね。幸せな花嫁とか見ても嫉妬心なんて欠片も起こらなかったし、いつか自分もなんて野望を持ったりもしなかった。幸せいっぱいの新郎新婦を見てにっこにっこしているような、そういう感じよ。良いもの見せてもらったわー、結婚式の食事美味しいわー、久しぶりに友達に会えてうれしいわーって心から思っていた。あ、心が美しいとかじゃないわ。だって結婚や恋人とか、そういうもの完全に無縁だと思っていたの。別世界のもの、くらいの認識でね。


だけど、フラヴィオ様のたった一言で、ラヴィーニアは心を揺さぶられた。恋に堕ちるっていう言葉があるけれど、まさにそれ。自分では何にもない平原を歩いているつもりだったのに、知らないうちに、深い穴に落ちていた。わー、落ちちゃった。えー、どうしよう。ラヴィーニアの感覚的にはそんな感じ。


「たった一言とは……、何を言われたのですか?」

「うん……。フラヴィオ殿下は初対面のラヴィーニアに『きれいだ』って言ってくださったの。『こんなにきれいなの、今まで見たことが無いよっ!』って、すんごいキラキラした目で」

「え?お姉様、ラヴィーニアは男性騎士に負けないくらいの筋骨隆々とした長身の方だと以前言っておりませんでしたか?」

「うん、綺麗なんて、ラヴィーニアに向けられる形容ではないのよね。仲間の護衛官たちだって、フラヴィオ殿下が綺麗と言った途端『何のご冗談ですか』って大笑いしていたもの。フツーに考えて、メスゴリラが綺麗って何って思うわよ。強そうならともかく」

「……それも、ひどいですけど」

「ううん。わたしだって、綺麗って何?って思ったものね。でも、フラヴィオ様はわたしにそう言ってくださったの……。本当に、心から感動したみたいに」


未だによく覚えているわ。

初対面で、ご挨拶をしたとき。ぽかんと大きな口をあけられて、わたしを見上げて。それが見る見るうちにあの翡翠色の瞳が見開かれて、きらきらと輝きだして。

「うわあ……っ!すっごいきれい!こんなにきれいなの、今まで見たことが無いよっ!なあなあ、お前、新しい護衛の者なんだろう?なんて名だ?ずっと、傍にいるのか?」

そう言ってくださった。


「……顔貌ではなく……、例えば、お姉様……ラヴィーニアの髪が、こう……太陽の光を反射してキラキラと輝いて、それが美しかったとか……」

「わからないわ。当時の護衛の仲間とか、みーんな大爆笑してね。それで、フラヴィオ殿下は「本当にきれいなのに。お前らには見せてやらん」って怒られてしまったから……。でも、ラヴィーニアは……本当に嬉しかったの。綺麗なんて、たとえ社交辞令的なものだとしても、生まれてはじめて言っていただけた。そのまま恋に落ちちゃったくらいに。命くらい、簡単に捧げられるほどにね……」


恋の成就なんて、考えもしなかった。

一方的な思いというだけで、その気持ちを口にする気もなかった。

傍に居られるだけで、お姿を見られるだけで幸せだった。お守りできるのが光栄だった。


前王妃イラレア様の追手から逃げている時も、実はこっそり幸せだった。最期は、申し訳なかったけれど。


転生を果たした後の今のわたしの気持ちも、転生前と変わらない。ずっと好き。会えただけで、お声を聞けただけで、嬉しい。

そうじゃなきゃ、何で今こんなにも泣けてしまっているのか。


ああ、だけど……この気持ちを抱えたまま、いずれエドアルド様に嫁ぐのか。


ずん、と気持ちが重くなる。

お婆様が決めたわたしの婚約者、エドアルド・デ・ドルフィーニ伯爵令息。

外見はまあ美男子よ。金髪に青い目の童話に登場する王子様みたいな完璧な外見。だけど、人の話聞かないし、手紙を送っても返事を寄こさないし。いつもえらそーだし。

……まあ、ね。前王妃イラレア様がご存命だったら、きっと伯爵ではなく侯爵位のご令息だったはずだから、プライドは高いのよねえ。

エドアルド様のお爺様でいらっしゃるギド・デ・ドルフィーニ伯爵。以前、イラレア王妃がご存命の頃は、侯爵位をお持ちなだけでなく、この国の宰相だった。それがフラヴィオ陛下の次代になり、あっという間に降格よ。政争って怖い。

イラレア王妃が亡くなって、フラヴィオ様が国王となった後、ほとんどの貴族はフラヴィオ陛下に恭順した。だけど、それでもやっぱりフラヴィオ陛下には従えないって人たちはそれなりにいたのよね。

特にギド・デ・ドルフィーニ元侯爵はがっちがちの親イラレア王妃派の、その筆頭と言ってもいいくらい。

フラヴィオ陛下に反発しまくりで、宰相の位も剥奪され、侯爵から伯爵に落とされ、それでもフラヴィオ陛下に逆らい続けた筋金入りよ。当のイラレア前王妃だってもう亡くなっているからどうしようもないってのにね。

親イラレア王妃派はもう勢力としては小さいの。だけど、うちのお婆様みたいにブツブツと文句をつけている人はわりといるのよね。無意味なのにさ。


で、その親イラレア王妃派閥の筆頭元宰相と、イラレア前王妃の侍女も務めたことがあるうちのお婆様は非常に懇意。よって、エドアルド様とわたしの婚約が結ばれたというわけ。

老人たちの懐古的仲間意識に付き合わされているだけの、政略ですらない婚約よ。タメイキ出ちゃうわねー。

エドアルド様がわたしを嫌がるのも、ちょっとわかるわー。わたしだってそうだもの。

だけどエドアルド様はわたしに八つ当たりするのではなく、自分で自分のお爺様説得して婚約解消すればいいのにって思うのよね。わたしもね、お父様やお母様には「エドアルド様との婚約を解消したい」と言ってあるし。デビュタントにエスコートもしないし、問い合わせに返事すらしてくれないエドアルド様には、お父様もお母様もお婆様を説得してでも、婚約を取りやめようって考えてくださっている。まあ、今から婚約を解消したりすれば、わたしの嫁入り先なんて良いところは選べないかもだけど。そうなったらわたし、近衛隊に入って女性護衛官になるからいいわよ。そうしてまた、フラヴィオ様付きの護衛官になれたら、すごい幸せ。結婚なんかより、ずっとずっと何倍も良いと思う。前世では途中リタイアしてしまったラヴィーニアだから。今世のわたしはもっとずっと長くフラヴィオ様をお守りするの。そう、したい。




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