8、『色』は、同じままだ
誤字報告ありがとうございました!!感謝です☆
練習してきたとおりのカーテシー。だけど、声が、震えた。頭を下げたまま、息を深く吸う。落ち着かなければ。息を細く、吐く。何度か呼吸を繰り返す。フラヴィオ様の前で、醜態など晒したくない。その矜持だけで、わたしはゆっくりと顔を上げた。
「ラウラ……」
「はい。あちらが妹のジュリア。僭越ながら、王太子殿下をお守りするお手伝いをさせていただきました」
回廊の入り口からこちらを見上げていたジュリアも、フラヴィオ陛下に対し深々と頭を下げる。
「……いや、これ、手伝いっていうレベルじゃないだろう。相変わらず強いな」
フラヴィオ陛下が顔をくしゃりと歪ませた。泣き笑いのような表情。
「いえ、必死でした。今はこのようにか弱い令嬢でございますから」
泣きそうになる感情も、跳ねる心臓の音も押し殺して。前世の時のような軽い口調で返答。不敬かな?と思ったけれど、お咎めはないだろう。
「令嬢?ああ、白のドレスということはデビュタント、か?」
「はい。返り血塗れですが」
「年下に、なったんだな……」
感慨深げに頷かれた後、フラヴィオ陛下がわたしの髪にそっと触れた。
「だけどお前の『色』は、同じままだ」
そのままそっと。わたしはフラヴィオ陛下に抱き寄せられた。
「フ、フ、ラ、ヴィオ陛下……っ!」
ぎゃーっ!と叫ばなかったわたしえらい!じゃなくて!ラヴィーニアの時なんかは、抱っことかおんぶとか、してましたけど!木登りみたいに昇られてましたけど!いやしかしっ!
血圧急上昇でわたし汗かいて動悸息切れがががががっ!死ぬっ!これ幸せで昇天するっ!
真っ赤になって焦るわたし。だけど、わたしを抱きしめるフラヴィオ様の腕は震えていた。
「ラヴィー、ニア……」
「はい!」
「……生きてる」
多分、わたし以外には聞こえなかっただろう、小さなつぶやきは震えていた。わたしをすっぽりと、包み込んでしまうくらいご成長されたフラヴィオ陛下、だれど、今はまるで小さな男の子のようだった。ああ……、小さな、男の子、だったのだ。ラヴィーニアが目の前で死んだときは。いや、お小さくはないか、十五歳だったし。でも初めてお会いした時の八歳のイメージが強いのよね。今は体格のよろしい立派な殿方にご成長あそばされておりますが、フラヴィオ様は十五歳の時はひょろっとしてて細っこかったし。体格うんぬんよりも、母親を目の前で殺され、護衛のわたしまでもが死んで。不安を無理に抑えて妹姫を守って生き延びたのだ。
それを思い出したら、震えもするだろう。
「はい。あの時は最後までお守りできず、申し訳ございませんでした」
「……許す。だけど今度はずっとそばに居ろ」
一度、ぎゅっと強く抱きしめて、そうして、フラヴィオ陛下はわたしから体を離した。もう、『陛下』の顔に戻っていた。
「ラヴィー……いや、ラウラ。ジーノを助けてくれたこと感謝する。積もる話も言いたいこともたくさんあるのだが、今は……」
わたしはこくりと頷いた。
「はい、まずは王太子殿下を安全な場所へお連れ下さいませ」
「お前とお前の妹も一緒に来い」
「いえ、わたしは自分と妹の身くらいは守れますし、それに父と兄が無事かどうか確かめませんと」
「そうか……。なら、後で話そう」
「はい」
護衛を引き連れて、ジーノ殿下と共に去って行かれるフラヴィオ陛下をわたしは一礼して見送った。
そして……その姿が見えなくなってすぐに。わたしはその場にずるずるとしゃがみこんだ。
「お、お姉様っ!」
ジュリアが慌てて走り寄ってくる。わたしは座り込んだまま、膝を抱える。
「どこかお怪我でもっ!痛むのですか!す、すぐに《治癒》を」
「……ううん、ちがう、の」
わたしは泣いていた。ぼろぼろと涙を流して。フラヴィオ様の前では背伸びして、冷静な対応のフリをしていたけれど。だけど、もう、抑えていられない。だって……フラヴィオ様が、わたしを、ラヴィーニアだとわかってくださった。髪に触れて、抱きしめて下さった。
胸を突き上げてくる気持ちが、涙となってわたしの身体からあふれ出る。
「フラヴィオ様に、会えた……」
あの翡翠色の瞳に、わたしが映った。もうこれ以上の幸福はない。ああ、神様、ありがとうございます。
わたしはそのままずっと泣きながら、神へ感謝をし続けた。
フラヴィオ殿下の唇を、結果的に奪ってしまったこと。
それは、神もお許しにならないであろう罪だ……と、わたしは思っていた。少なくとも、フラヴィオ殿下ご本人は嫌がるだろうと。
でも、こうやって転生して再会して……、きっとわたしは許されたんだ。そうじゃなければ「今度はずっとそばに」なんて言わないだろう。
ああ……。安堵で、涙が出る。ううん、それは本当だけど、全部じゃない。
フラヴィオ様に会えた。それだけで。
フラヴィオ様に名を呼んでいただいた。本当にそれだけで。
わたしは、涙が止まらないほどに、幸福なのだ。
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