7、再会
たんっ!と黒装束の男が階段の上から、わたしの方を目掛けて飛んだ。男の手には鎌形刀剣という幅の広い刀身の短剣。接近戦での使用に適しているやつ。ついでに言えば、あれ、重いのよね。ラヴィーニアには楽勝だけど、今のラウラでは重すぎる。とは言え《身体強化》すれば問題ないから、隙を見て奪えれば……と思う。わたしが手にしている淑女の護身用の短剣なんて、おもちゃのナイフみたいなものだし。だけど、こんな小さな短剣でも、使いようはあるのよ。
わたしの短剣を左手に持つ。この短剣もわたしの身体の一部と考えて、剣ごと左腕を《強化》する。わたしの手はこの短剣。金属の、強い腕。
上から降って来た男が振り下ろした鎌形刀剣を、短剣で受け止める。そしてそのまま右腕も強化。渾身の力で男を殴るっ!
「どおおおおおおりゃああああああっ!」
淑女の掛け声ではないですね。はい、わかっています。ラヴィーニアのゴリラモード発動っ!なんてね!
襲撃者の男の頭を《強化》した全力で殴って、それでもって大理石の壁に、そのままその頭を埋め込んだ。
ふうっ!一匹討伐完了!気絶しているだけかもしれないけど、頭骨が骨折くらいはしているかもね!しばらく動けないでしょう。よし、鎌形刀剣は貰っておく。と、その鎌形刀剣を思い切り、階段の上に投げる。階段の上からこちらを覗いていた黒装束の男の顔に命中。男はそのまま階段の上からこちらの方へと落ちて来た。「う……」と唸っているので、短剣で背中から刺しておく。はい、二匹目討伐成功。よし、いける。この男と一緒に落ちて来た鎌形刀剣を再度拾って三匹目、四匹目と切り捨てていく。十匹……まで数えていたけど、後はもうわからない。白いドレスも血で染まった。ジュリアと殿下が心配そうにこちらを見ていた。あ、全部返り血ですので、大丈夫です。大丈夫だけど……、流石にわたしの息も荒い。そろそろキツイ。やっぱり、小柄な体では体力が……と思ったときに、また今度は大勢の足音が聞こえて来た。あー……ダメかなこれ。ううん、弱気になるなわたし。まだまだいけますともっ!気合でファイト!!だけど、一応ジュリアと殿下の安全は確保しておきたい。わたしは天使像の後ろに隠れたままのジュリアに叫ぶ。
「ジュリア、わたし此処で敵を食い止めるから、王太子殿下連れて逃げなさいっ!回廊抜けて行くのよっ!」
わたしが叫んだと同時に、視界の端に、黒髪ですらっとした体格で、姿勢が良い男の姿が見えた。長剣を手に、数人の護衛らしき男たちを引き連れている。
その男……、ううん、その方を見た瞬間に、わたしの心臓がドクンと鳴った。息を飲む。手が震えて、鎌形刀剣を落とす。音を立てて剣が大理石の床に転がった。信じられずにわたしは目を見開く。時が止まったように、動けない。
あれは……あの方は……フラヴィオ殿下……だ。ううん、ご成長されたフラヴィオ陛下だ。
胸が詰まって、棒立ちになったままのわたしの横を、ジーノ殿下が駆け抜けていく。
「叔父上っ!」
王太子殿下が声をあげて、階段を駆け上がる。安心したような笑顔でフラヴィオ陛下に飛びついた。
「ジーノ、無事か?」
声が。
十五歳の時のフラヴィオ殿下の声よりも、少しだけ低くなった落ち着きと深みのある声。
ああ……わたしの耳が、しびれそう。
「はい!あちらのご令嬢が助けてくれました!」
「ご令嬢……?」
フラヴィオ陛下がわたしを見る。目が合った。わたしの心臓がこれ以上もないほどに、跳ねる。
夜空のような漆黒の髪も、翡翠色の瞳も変わらない。少年だった殿下が、精悍さすら感じられるほどにご立派にご成長された。
身体の奥底から熱いものがこみ上げてくる。目の奥が熱くなる。それを歯を食いしばって抑える。涙なんかで視界を遮りたくない。あの方のお姿を、余すところなく目に焼き付けたい。
フラヴィオ殿下も信じられないものを見たように、目を見開かれて。そうして一歩一歩ゆっくりとわたしに近寄って来た。そうして、わたしの目の前で足を止められた。
「……ラヴィーニア」
呟きのような小さな声。
外見的にもぱっと見の印象も、ラヴィーニアとラウラは似ていない。なのに、陛下は……わたしをラヴィーニアと呼んだ。髪の色が同じだから?それとも……ラヴィーニアが生まれ変わってわたしになったって、直感的にお分かりになられたのかしら?もしもそうなら……。ああ……押さえていた涙がこぼれ落ちそうだ。それを隠すように、頭を下げる。ぎゅっと目を瞑る。
「今は……ラウラです。ラウラ・ディ・ロベルティと、申し……ます」
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