28、【元王太子エルネスト(ネフィスト)視点・その1】
「母が……イラレア前王妃が死んだのは、ボクが十三歳の時だった。だから、母はまだ四十だったはず。だけど、疲れ切った老人のようだったよ、母は」
ボクが覚えているのはうつろな瞳で王座に座る母の姿。
誰も、何も見ないで、ただ淡々と王としての執務を行っている姿。
幽鬼のようだと思ったこともある。
親イラレア派の奴らはそんな母のことを女神のように崇めていた。確かに為政者としては……母は素晴らしかったのかもしれない。聖女のような微笑み、女王のような風格……。ジョヴァンニ・ロッシ・ヴィセンティーニ前国王が魔物を討伐してからフラヴィオ異母兄が内乱を起こすまでは、年々国は富み、民は平和に生きていた。母の治世のおかげでね。素晴らしい王妃様だ。だけど、その中身はあったのかな?ボクからしてみれば、空っぽな執務人形だ。
何の感情もうつさない、瞳の色。表情は笑んでいたのかもしれないけれど、その笑みは常に固定されていただけで、本当の笑顔なんかじゃないって思っていたよ。だってフラヴィオ異母兄が反乱を起こし、王城に迫ったと報告を受けた時も、そのままの笑みを浮かべたままだった。そのまま王の椅子に座ったままだった。もちろん顔は笑みを崩さないままでね。……陶器で出来た人形が、王座に座っていたたみたいだった。感情なんてもの、母にはないんじゃないかって、ボクは思っていた。正直言えば、母のことは怖かった。
だけど……フラヴィオ異母兄が持った剣を母に突き付けた時、母は笑ったんだ。
「遅かったのね。もっと早くに終わらせてくれると思ったのに」ってさ。
きっと母は死にたかった。でも自分じゃ死ねなかったのかな?だから、誰かに殺されるのを待っていたのかもしれない。
ボクにはわからないけどね。
だって、母は最期までボクを見なかったからね。
ボクはただ見ていた。フラヴィオ異母兄が母を弑するところを。ああ、別にフィラヴィオ異母兄様を恨んじゃいないよ。寧ろ母を解放してくれたって感謝の方が強いかな。親不孝、かもだけど。
悪いけど、ボクにとっては母が死んだことよりも、死んだことによる影響の方が問題だった。
わかるかい?ラウラ嬢。
前王妃イラレアはそれはそれは支持されていた……というよりも、女神のように崇め奉られていたという表現の方が近いかな?特に親イラレア派筆頭のギド・デ・ドルフィーニなんてねえ……。
その話もしておこうかな。
ギド・デ・ドルフィーニには娘が一人いてね、サーラ・デ・ドルフィーニ嬢という美しいご令嬢だ。
ギドはイラレア前王妃を信奉するあまり、ボクの婚約者にこのサーラ嬢を押し付けようとしたんだ。
王太子の婚約者に自分の娘を宛がって、国権を求めるという意味ではなく。
敬愛するイラレア前王妃の子どもであるボクと自分の娘であるサーラ嬢を娶せたい。そんな気持ち悪い愛情故に……ね。
当時はギドも侯爵位についていたから身分的には問題はない。
だけど、ボクとサーラ嬢の年齢差は十歳。ボクが年上なら別に貴族の婚姻としては普通だろうけれど、サーラ嬢がボクより十歳年上だ。将来の世継ぎを考える上で、女性の方が十歳年上というのでは……と、流石に皆サーラ嬢が王太子妃となるのに賛成はしなかったんだ。
で、そこで諦めればいいものを、ギドは執念深い。母に対する敬愛というか……ここまでくれば歪んだ愛情とでも言っていいのかもしれないね。
サーラ嬢は婚約者を作らないまま、そのままボクの閨指導役として、ギドが推挙してきたんだ。閨指導……って、流石に分かるよね?普通は未婚の侯爵令嬢がなるもんじゃあない。貴族の、未亡人が成るものだ。
ねえ、気持ち悪いよねえ。そこまでするならギド自身がイラレア元王妃に愛でも告白していればいいのに。ギドはイラレア元王妃に抱いている想いは男女の愛ではなく崇拝だ、なーんて公言してね。ボクとサーラ嬢の間に子を成させようとしたんだから。歪んでるっていうか……ホント気持ち悪い。
サーラ嬢も災難だよねえ。その時は侯爵令嬢だったんだから、普通にどこかの高位貴族と婚姻を結べば何の問題もなく、貴族のご婦人としてそこそこ幸せな暮らしを送れたはずなのにさ。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回もエルネスト視点。その次ラウラに戻ります。