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26、【イラレア前王妃視点・過去 その1】


王国に蔓延る魔物を倒すため、勇者であるジョヴァンニ様と旅に出た。

魔物討伐の旅は辛かった。だけど、ジョヴァンニ様と力を合わせ、民を守るべく困難を乗り越えた日々は素晴らしいものでもあった。

そうして、国内の魔物を一掃し、ジョヴァンニ様は国王となり、わたくしは王妃となった。


幸せだった。童話の結末のように、その幸せのまま一生を過ごせると思っていた。


けれど、その幸せは、たった一年で終わってしまった。


一掃したはずの魔物が再び溢れ出していた。ジョヴァンニ様の妻となり、聖性を無くしたわたくしには既に聖女としての力はなかった。だから、再び魔物討伐に向かうジョヴァンニ様と同行は出来なかった。それよりも、国王不在の中、王妃として国を支えねばならなかったのだ。


不安を押さえつけて、それでもジョヴァンニ様の助けと成るように。

同行は出来なくても、可能な限りの後方支援を、政務を、ジョヴァンニ様のために国を支えよう……と。



そうして……ようやく魔物を倒したジョヴァンニ様が帰城された。


無事にお戻りになられたっ!わたくしの胸は喜びに満ちていた。けれど、城に戻って来たジョヴァンニ様に抱きついている女性がいたのだ。


それがカーティア・ダ・ベルッティ。

わたくしと同じような聖女としての力を持ち、二度目の魔物討伐の中、ジョヴァンニ様を支えた女性。


「ジョ、ジョヴァンニ様……、そちらの女性は……」

「ああ、イラレア。カーティアだ」


にこにこと笑みを浮かべたジョヴァンニ様。

名は、知っている。だけど、わたくしが知りたいのは何故、そのカーティアがジョヴァンニ様に抱きつき、勝ち誇ったようにわたくしを見ているのか、だ。


「君が王妃で、彼女が側室。もちろん問題はないよね」


制度上では国王は側室も愛妾も持てる。だけど……。


……わたくしはジョヴァンニ様の何?貴方はわたくしを愛して下さっているのではないの?わたくしだけを愛すると、結婚式で誓ったのは嘘だったの?


「うふふ。よろしくお願いしますねイラレア様。あたしは政務などできないので王妃にはなりません。だけど、ジョヴァンニに愛されているの。だから、王妃様とは別の方面からジョヴァンニを支えるから安心して」


カーティアの言葉は、わたくしは公務だけを行えばいい、ジョヴァンニ様の愛はカーティアだけのものだ……と言われたようにしか思えなかった。


「まあ、そういうことだ。二人とも仲良く頼む」と、まとめたジョヴァンニ様に、どう返事をして良いのかわからず。あまりにあんまりなことに言葉も出ずに、わたくしは、ただ虚ろに笑った。


王妃としての仮面。

慈愛に満ちた表情。

国王が魔物討伐で不在の王宮で、皆が不安にならないようにとわたくしは笑顔を絶やさなかった。

単なる習慣としての、意味のない微笑み。


ジョヴァンニ様はそんなわたくしの笑みを承諾と受け取った。


愛する夫がわたくしの目の前で、側室を娶り、そして、その側室を寵愛する。

まるで心臓に氷の剣を突き立てられたよう。痛い。苦しい。息が出来ない。

表現できないほどの苦痛。だけど、ここでわたくしが「嫌だ」といったところでジョヴァンニ様は意思を変えないだろう。


以来、わたくしは常に微笑んでいるような笑顔の仮面を被り続けた。

ジョヴァンニ様がカーティア様と仲睦まじくお過ごしになっても。

そのカーティア様が側室になって三年目にして男児を授かり、そしてさらにその五年後女児を授かった。

フラヴィオとリリーシアと名付けられた子供たちを見ても。

心は血を流しているけれど、それを悟られないように、微笑む。

最早わたくしはジョヴァンニ様の『妻』ではなく『王妃』として傍に立つしかないのだ。ジョヴァンニ様の愛は既にカーティア様の上にあるのだ。

無理矢理にでもそう納得して、わたくしは政務だけに励んでいた。


これが代償なのだろうか?

すっとわたしはそれを考えていた。


ジョヴァンニ様が二度目の魔物討伐に出られた時、わたくしは祈った。


神様どうかお願いです。ジョヴァンニ様を無事にわたくしの元へお返しください。もしもジョヴァンニ様がご無事でわたくしのもとにお戻り下さるのなら、わたくしは何を差し出しても構わないのです。


そう、毎日、何度も何度も神に祈ったのだ。


……だから、なの?神様はジョヴァンニ様をご無事に帰城させて下さった代わりに、わたくしからジョヴァンニ様を取り上げたの?無事の代償に、ジョヴァンニ様からわたくしへの愛を取り上げたの?



わからない。

でも、もしそうならば、神とはなんて残酷なのか。




わからないまま月日だけは経ち、わたくしは泰然とした表情を顔に張り付け王妃としての政務に取り組んでいた。


ジョヴァンニ様は勇者として魔物討伐や戦には多大なるお力を発揮されるが、王としての執務には向いていらっしゃらない。税率やら他国との折衝やら、法務も行政も全てわたくしが行った。書類に王の決裁印を押すことすら厭われて、わたくしが行った上で報告のみをしていた。

が、フラヴィオが生まれたころからそれすら面倒がり、リリーシアがカーティアの腹に宿った頃には、「内政などお前に任せる、報告すら不要だ」と言うようになった。


つまりは、妻としてのわたくしはもう不要で、為政者の代行であれと言うことか。


痛む心を圧し殺して、わたくしは頷くしかなかった。


これはきっと、神にジョヴァンニ様のご無事を祈った代償。

ジョヴァンニ様がご無事でお戻りになられたのだから、それ以上のことを望んではいけないのだ。


無理矢理に、わたくしはわたくしを納得させた。


これでいいのだ。仕方が無いのだ。ジョヴァンニ様がご無事なのだから、愛されなくてもわたくしはジョヴァンニ様を愛しているのだから。


なのに。


「王太子は側室の子ではなく、正妃の子ではならないと宰相だの側近の者共だの……皆が言い出してな」

「え?」

「だからイラレア。お前が産んだ王子を次代の王とするよ」


わたくしを愛しているからではなく。

宰相や家臣達に言われたから、わたくしとの子を望む。


嫌だ、と言いたかった。

けれど、子を成せば、もしかしたらわたくしから離れたジョヴァンニ様のお心を取り戻せるかもしれないと、ほんの少し思ってしまったのだ。


……そんなこと、あるはずはないというのに。


幾度か夜を共にし、わたくしは妊娠した。


そうしてジョヴァンニ様の訪れは無くなった。


エルネストが生まれて、わたくしは用なしとなった。いいえ、また執務だけを行う便利な道具に逆戻り。


生まれてきたエルネストを愛せれば、また違ったのかもしれない。


だけどもう、わたくしの心は、カラカラに渇き、愛も情も、希望も夢も、もう何もかもが失くなっていた。



過去編、続きます。

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