24、希望よりももっと強く
目を見開かれるネフィスト様……いいえ、エルネスト殿下。
何も言わないまま、わたしに詰め寄ってきたイヴォン殿を、わたしはすっと避ける。敵認定されて、拘束でもされたら困るので、わたしはさっさと自分の正体を告げることにする。
「お二人の正体を誰かに漏らすつもりはありません。それに、わたしは別にどこかの誰かと繋がっているわけでもありません。わたしは今は単なる伯爵令嬢。そして、わたしが生まれる前は……イヴォン殿ならご存じでしょう。近衛隊第二小隊のメスゴリラ、ラヴィーニア・デ・スピネラーデを。わたしの前世はそのラヴィーニア。命を懸けて、フラヴィオ様とリリーシア様を守った護衛。ですから、フラヴィオ陛下を裏切ることは決してございません」
メスゴリラ、といったところでイヴォン様の動きがぴたりと止まる。
まあ、自分で言うのもなんだけど、インパクトあるわよね、メスゴリラ。わたしに対する悪口でもあったそのあだ名で、ラヴィーニアを即座に連想し、思い出してもらえるだろう。
「前世……だと?」
イヴォン様が低い声を出された。訝しんでいるのか、警戒しているのか。
「はい。信じられないと思いますが。わたしはラヴィーニアの記憶を持ったまま、ラウラとして生まれなおしました」
「そんな荒唐無稽な話を信じられるとでも?」
まあ、信じてもらえるとは思っていない。そもそもフラヴィオ陛下のように、その人しか持ちえない固有の『色』が見えているわけでもないんだし。転生とか前世とかいう単語を聞いて、はいそうですか、と素直に信じるなんて……そんなことでは近衛は務まらない。守護するべき対象を、危険から遠ざけるために周囲の全てをまず疑えっていうのは当然だし。
あー……、じゃあ、伯爵令嬢のラウラでは当然知ることのないイヴォン様の秘密的なことを……あ、あれ、言ってもいいかなあ……。
ちょっと申し訳ないけれど、騎士団の中でのあの噂でも……。
「では、イヴォン様。イヴォン様の寝室のベッドの枕元には、可愛らしいクマのぬいぐるみが置かれていて、寝る前に必ず、そのクマのぬいぐるみにキスをするとのことは本当ですか?」
「ちょっと待てッ!き、貴様、なぜそれを……」
あ、本当なんだこの噂。まさかとか思っていたんだけどね……。
動揺するイヴォン様。
そして目をきらっと輝かせたのがエルネスト殿下だ。
「へー、知らなかった。イヴォン、ぬいぐるみ好きなのか?」
うっと詰まったイヴォン様は、しばらくしてから呻くように言った。
「あれは……サーラ様が作ってくださったのです」
「へ?サーラ嬢が?」
サーラ嬢って……ええと、エドアルド様のお母様と同じ名ねえ。まあよくある名ではあるけれど。
うんまあ、それはともかく。
「一介の伯爵令嬢に過ぎないわたしが、イヴォン様の個人的な事情を知っていた。そしてそれは近衛隊の第一小隊や第二小隊に所属していた者たちにはよく知られていた話だった。……ということで、少しは信じていただけませんか?」
「……どこかからか聞いた、ということだって考えられるが……」
「まあ、そうですね。近衛隊のみんなで酒場なんかに行った時はそういうお互いの秘密の暴露、みたいなこと、話してしまっていたこともあったですし。それをどこかで誰かが聞いていたかもしれないですし。まあ、わたしの前世がラヴィーニアだったなんて荒唐無稽な話、信じてもらいがたいのは分かっています。それに、別にそれは信じてもらえなくてもいいんです」
「ん?いいのかい?」
「はい、殿下」
「殿下は止めて、ネフィストって呼んでもらえるかい?」
「かしこまりましたネフィスト様。で、わたしが信じてもらいたいのは、わたしの前世ではなく、わたしは決してフラヴィオ陛下に敵対はしないということです。わたしは前世、最後までフラヴィオ様をお守りできなかった、その後悔で転生なんていうものを果たしたのではないかと思っていました」
そう、後悔。
最期までお守りしたかった。
それに、死ぬ間際、フラヴィオ様の唇を奪ったことを申し訳ないと思っていた。謝罪を、と思っていたのに。だけど、こんなわたしをフラヴィオ様は愛妾にしてくださった。メスゴリラで、容姿にコンプレックスを持っていたわたしのことを綺麗だと言ってくださった。
ラヴィーニアの時からの、後悔や、悔しさや……色々な想いは今のわたし、ラウラの胸にもある。確実に残っている。
だけど、その思いを忘れることはなく、保ったまま、それでも今のわたしはフラヴィオ様の横に立つに相応しい人間になりたいと思っている。
愛妾として、傍にいるのならば。
フラヴィオ様に相応しい女性になってみせる。
無謀というか野望というか……希望なんかよりももっと強い感情で。
それが、今のわたしの願い。
お読みいただきましてありがとうございます。
内容的には半分折り返し、です。最期までこのお話にお付き合いいただけることを願ってm(__)m