21、ラウラの決意
ふわりとした感触が、わたしの唇に触れた。柔らかくて、温かくて……熱い。わたしを抱きしめてくる腕。がっしりとした男の人の、力強さ。
触れて、離れて、また触れる。
わたしは目を瞑り、その唇の感触だけを堪能する。
……ああ。
恐る恐るわたしの腕をフラヴィオ様の背に回す。そっと背に触れて、ぎゅっと掴む。
…………ああ、なんて幸せ。
わたしの、ラヴィーニアの時からの本当の想い。わたしはこれまでずっと、たくさんたくさん嘘をついて、誤魔化してきた。
フラヴィオ様をお守り出来ればそれでいい……なんて、本当は嘘。嘘でなければ自分の心を誤魔化してきているだけ。
護衛と王子様なんて釣り合わないから。
行き遅れの女と少年なんて、犯罪。
恋の成就なんて、考えもしなかった。
一方的な思いというだけで、その気持ちを口にする気もなかった。
傍に居られるだけで、お姿を見られるだけで幸せだった。お守りできるのが光栄だった。
どれもこれも全部嘘なの。
誤魔化して、そうして諦めているフリをしているだけだったの。
仕方がないとあきらめて、痛む心は見ないふりをして、たいしたことではないと思い込む。
釣り合わないから仕方がないね。諦めた方が楽だよね。
そうやって何度も何度も自分自身に言い聞かせて。
でも、自分でも心の底からは納得していないから、スパッと気持ちを切り替えることなくずるずると、卑屈になって、でも平気なふりをして、笑う。見栄ばっかり張ってね。根が暗いのよ。
フラヴィオ様が見てくださったわたしの《色》だって、真夏の太陽みたいに一転の曇りもない輝かしい明るさじゃない。夕暮れの太陽みたいな暗さの入り混じった光りなのは、そうやってうじうじうだうだしているからだと思うのよ。
オレンジの夕陽の光が残っているとしても、段々と暮れていって夜になる。
なのに、フラヴィオ様はそんなわたしを「きれい」だと言ってくださった。
暗闇を照らす唯一の光みたいだって。
……だったら、わたしは腐っている場合じゃない。
そもそもがもう、わたしは前世のラヴィーニアじゃない。
ラヴィーニアの記憶も、悔しさも、全部前世として記憶しているだけの、今のわたし。
生まれ変わったラウラ・ディ・ロベルティ。
フラヴィオ様が「きれい」とおっしゃってくださったのなら。
わたしは本当に「きれい」になる。なってみせる。
ジュリアが言ってくれたように、今はもう、護衛と殿下という関係ではなく、伯爵家の娘と陛下。十四歳のラウラが二十九歳の陛下をお慕いするのは問題が無い。しかもその陛下からは愛妾になれと命じられたのだ。
王妃は娶らない。唯一の愛する者としての、愛妾。
不似合いだなんて、誰も彼もから思われて、フラヴィオ様の瑕疵になるなんて、嫌。
わたしがしなくてはならないのは、前世を引きずって、卑屈になることじゃない。
前世の悩み事、それを抱えたままでも前に進むこと。
大それた望みかもしれないけれど、フラヴィオ様に相応しい女になること。
すんごい大それた望みだと思う。
護衛としてフラヴィオ陛下の傍に侍るなんてより、何倍も何十倍も難しい道。
だけど、やる。やってみせる。
わたしなんて、と、卑下することはもうしない。
わたしは、フラヴィオ様の隣で生きていく。相応しいわたしになる。
フラヴィオ様の胸の中で決意した。