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19、もしも綺麗だったら


もしも、ラヴィーニアが綺麗だったら。

ううん、きれいでなくても……ゴリラなんて言われない程度に可愛かったら。

顔は変えられなくてもせめて普通の女の子程度に背が低ければ。

きっと、騎士団なんかに入らず、普通に誰かに嫁いで、何でもない普通の暮らしをしていたと思う。


だけど、物心ついたころからぐんぐんと背は伸びて、十歳になる前には兄や父たちよりも体格も良くなってしまった。

これではまともな嫁入り先はないと心配したラヴィーニアの母が、ならば女性騎士として身を立てなさいと、ラヴィーニアに入団試験を受けさせた。ウチの国は剣を持って戦う女性が何人も歴史に残っている。だから、すんなり試験を受けて、そしてラヴィーニアはその試験すらぶっちぎりトップの成績を残してしまった。いえ、筆記試験だけでなく。入団の最終テストは受験者全員で戦う乱戦形式の実技。五十人くらいの参加者を、ラヴィーニアは全員ぶっ倒した。地面に転がって起きられない試験参加者の中で、ラヴィーニアだけが涼しい顔をして立っていた。上官達は「逸材」といってくれたけど、一緒に試験を受けて、ラヴィーニアが倒した男どもはラヴィーニアを「あんなゴリラ、まともな人間が勝てるかよ」と陰口を叩いてきた。


それが、ラヴィーニアが「ゴリラ」と呼ばれた最初。


……うん、まあ、傷はね、ついたの。負け惜しみなんて気にする必要はないと思っていても、ほら、当時はラヴィーニアだって繊細な女の子でしたからね。

だけど、泣くようでは騎士なんて務まらない。しかも女性騎士というのは、優秀であれば貴人の護衛に優先的に回れるのだ。剣技を磨くだけでなく、教養や、それこそ淑女に扮して夜会に紛れるようにと、一般的な淑女教育も受けさせられる。もちろん高位貴族のお嬢様方に、ガサツな騎士をあてがう訳にも行かないからという理由もあった。だから、淑女のように表情も常に優雅な笑顔を保てるよう訓練させられる。

結果、ラヴィーニアはひどい悪口に対しても、笑顔を浮かべて対応できるようになった。

同期から、先輩から後輩から。貶されるたびに馬鹿にされるたびに、胸に湧く黒い感情を押し殺して笑顔を作る。そうして、出世街道をひた走り、ご側室・カーティア様の専属護衛になった。で、すぐになぜかフラヴィオ殿下たちに気に入られ、カーティア様付きだというのに、フラヴィオ様達と共に遊んでいることが多くなった。慕ってくれるフラヴィオ殿下たちから向けられる感情は素直で楽しくて。ラヴィーニアはすぐにフラヴィオ様やリリーシア姫様のことが好きになった。


「きれい」


周りのものに笑われても、フラヴィオ様はそうラヴィーニアに言ってくださった。後にリリーシア姫様も。


何が綺麗なんだろう?

そんな疑問は湧いたけれど、護衛たるラヴィーニアが余計なことを話すわけにもいかず、「ありがとうございます」と流すだけだった。


「ホントなのに。みんなだけじゃなく、ラヴィーニアも信じないんだな……」


幼い頃のフラヴィオ殿下がそんなことを言ったこともあった。


綺麗といってくださるのは嬉しい。それは本当であれば。かといってフラヴィオ殿下は嘘をつくようなお子ではない。だから、ラヴィーニアは、どこかに引っかかりを持ちながらも礼だけを言った。何故綺麗というのかなんて、踏み込まないまま。


多分、ラヴィーニアは……傷つきたくなかったのだ。


母に、嫁入りは絶望的などと言われ。

周囲からはゴリラだのなんだのと陰口を叩かれ。


別に顔なんてどうでもいいじゃない。体つきがゴツイ?騎士として、護衛官として、それ利点しかないでしょう?何が悪いの?わたし、そんなこと、気にしてないわ。


……なんて。本当は傷ついている心を隠して笑顔を浮かべて。

高貴な方々にお仕え出来て、自分自身の力で自分の人生を生きている。それで満足よ。わたしはわたしの力を、この身体を誇りにも思っているわ。結婚?なにそれわたしには関係ないわ。そんなふうに強がって。傷ついた心を隠して。自分で自分の心を誤魔化して。


本当は、傷ついていた。

護衛として、体格に恵まれ、魔道も強くて。護衛官の中でもエリートコースを歩いていたラヴィーニア。

もしも男だったら。何の瑕疵もなく、何の心痛もなく過ごしただろうと何度も考えた。


何故、女なのだろうかわたしは。男だったら陰口を叩かれることも、ゴリラなどと言われて悩むこともないのに。

だけど、これが、わたしだ。

傷ついても。

その傷が痛んでも。

わたしはフラヴィオ様やリリーシア様をお守りできるこのわたしを誇りに思う。

綺麗というフラヴィオ殿下の言葉を、心の底から信じることはできないけれど、そう思っていただけることを感謝する。わたしは綺麗じゃないけれど、別に、構わない。……ホントはちょっと、構うけど。


段々と、そう思うようになっていった。


悩んで悔しがる気持ちも。誇りも全部胸の中で、混じり合わずに存在して。

傷ついて、乗り越えられはしないけれど、何でもないと嘘の笑顔位浮かべられる程度には強靭になり。


でも、どこか臆病だったから、フラヴィオ殿下に「ラヴィーニアのどこが綺麗なのか」と聞けないまま、踏み込んでいかないままだった。


綺麗と言われ、好きになっても。

相手は陛下のお子。好きになるということすら不遜だ。

将来、どこかの高位貴族のご令嬢か他国の王女と婚約を結ぶであろうフラヴィオ殿下に、「きれい」と言われ、増長して恋心を持つようなこと、してはならないとさえ思った。


だから、聞かない。

だから、言わない。


「きれい」というのはフラヴィオ殿下の社交辞令であり、護衛のわたしとの関係を円滑に保つための、いわばリップサービス。もしも、本心だとしても、それは単に「きれい」という感想であって、「きれい」が「好き」という感情に直結しているわけではない。

ラヴィーニアは、フラヴィオ殿下に「きれい」と言われてそれでフラヴィオ殿下を「好き」になってしまったけれど。フラヴィオ殿下が、ラヴィーニアをそういう意味で「好き」になることなんてありえない。殿下が自分を遊び相手や護衛としてでも大事に思ってくだされば。それでいい。それで満足。それ以上は願わない……はず。


そんなふうに、うだうだとしたままラヴィーニアは死んだのだ。……ホント、後ろ向き。


ただ一度、フラヴィオ殿下の唇に触れて。


それで終わったはずの人生。


なのに、ラウラに転生して。

そして今。転生したラウラが何故かラヴィーニアだとわかったフラヴィオに「愛妾になれ」と言われた。それだけではなく「好きか」と問われ、挙句の果てには「ごちゃごちゃ言ってるが、つまりあれだな?俺がラヴィーニアのことをきれいだと言っているのがお前は信じられないんだな?」とまで言われてしまった。


俯いて、わたしは何も言えなくなった。ごちゃごちゃと、後ろ向きだったラヴィーニアの、まとまりのない感情が溢れてくる。


フラヴィオ様を信じられないわけではない。だけど「きれいだ」というその言葉には頷けない……なんて。


フラヴィオ様は盛大にため息を吐きになった。


「いいだろう。ラヴィーニアはきれいなんだよ。それをわからせてやらんことには……おまえはそんなふうに卑屈なままか」


卑屈。

ああ、そうだ。ラヴィーニアは表面上はどうあれ卑屈なのだ。こと恋愛方面に関しては。

誰かが、愛や恋という感情を自分に向けるはずはないという強固な想い込みがある。


フラヴィオ様は黙ったままのわたしから、リリーシア姫様をべりっと剥がした。


「ちょっと兄様っ!」


リリーシア姫様が頬を膨らませる。

「いいからリリーシアは一刻も早くラウラの部屋を用意しろ。馬車に積んだままのラウラの荷物、このまま馬車に積みっぱなしにしては置けないだろう?」

「あ、ああそうねっ!」


ぱっと、リリーシア様は表情を変えられた。


「準備しろって侍女たちに命じていたのに。それを止めていたのはシア、お前だからな。責任を持って大至急用意しろよ」

「わかったわお兄様っ!ラウラ、最上級の部屋を用意するから待っててっ!あら、ジーノにルシアンにダリオもそんなところで突っ立っていてどうしたの?暇なら手伝ってちょうだいっ!じゃ、ラウラまたあとでね!」


リリーシア様が、返事も待たずにものすごい勢いで去られてしまった……。お子様方とご夫君を引き連れて……。


え、ええと……。


「で、お前はこっちだラウラ。来い」

「え、陛下?」


腕を引かれて、ずんずんと西離宮の奥の方へと進んでいく。ラヴィーニアは元護衛だから知っている。この道は……フラヴィオ殿下の私室へと向かう廊下。


「あ、あの……」

「いいから、来い。お前が綺麗だってこと、わからせてやる」


お読みいただきましてありがとうございます☆

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