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18、行き止まり


わたしにしがみ付いたまま、リリーシア姫様は号泣。子どもみたいに大声で泣きじゃくって。

あんまり大きな声で泣いていたものだから、執事とか家令とか?侍女とかそういう使用人たちが次々と出て来ただけでなく、ジーノ殿下とそれから多分……弟殿下、ええと……お名前は……ルシアン様だったわね。えーと、それからお二人の手を引いていらっしゃるあちらの男性は……着ている服の上質さからすると、もしかしたら、リリーシア姫様の旦那様でいらっしゃるダリオ様かしら……まで、わたしたちを取り囲むようにしてやってきてしまった。


「ああ、気にするな。感動の再会というやつだ。しばらくほっとけ」


フラヴィオ陛下はそう言って、使用人たちを散らそうとしているけれど、皆、リリーシア様を心配して、でも、陛下のご命令には背けないからと葛藤している。


「あー……、シア姫様。わたしは何処にもいきませんから、大丈夫ですから」


いきなり態度を変えたリリーシア姫。……フラヴィオ陛下がリリーシア姫様に何かしたのかな。

気になる。

すっごく気になる。


それはあとで説明してもらうとして。とにかく、優先事項は号泣状態のリリーシア様を落ち着かせること。


わたしは、リリーシア様の背中に手をまわし、ポンポンとその背を撫ぜる。するとリリーシア様は、わたしからすこしだけ体を離し、「本当に?本当にラヴィー、もうどこにも行かない?わたくしの側にいてくれる?」と泣き顔のままわたしを見る。迷子になった子供みたいで何か可愛らしくて。


「はい。シア姫様が居ていいとわたしに言ってくださるのなら」


さっきまでの、わたしを睨みつけてきた態度と真逆だなあ……と、思わずくすくすと笑いながらそんなことを言ってしまった。あ、しまった不敬!また、シア姫と呼んでしまった。今のラウラは愛称呼び、許されてはいないってのに。


だけど、リリーシア様はわたしを咎めることなくギューッとわたしにしがみ付く。


「う―……、さっきはごめんなさい。もう、どこにも行かないで。傍にいて。死なないで、置いていかないで。もう、あんなの嫌」


ラヴィーニアが死んだ時を思いだされたのかもしれない。はらはらと落ちる涙。綺麗な雫。

だけど、わたしは小さく首を横にふる。


「出来る限りお側におります。ですが、何かあればこの命を捨ててでもシア姫様とフラヴィオ様をお守りします。それがラヴィーニアの、護衛の矜持です」

「ラヴィー……」


リリーシア姫様の目から、またぶわっと涙が溢れた。


あああ、言い方、失敗した。ごめんなさい姫様。でも、わたしは、ラヴィーニアの時もラウラになってからも……きっと守りたいと思ってしまう。元々護衛官だったから……というだけでなく。皆から「ゴリラ」なんて呼ばれていたわたし(ラヴィーニア)を、きれいだと言ってくれたお二人だから。


泣き続けるリリーシア姫様と黙ってしまったわたし。見かねたのか、フラヴィオ陛下がリリーシア姫様の頭をがしがしと掻いた。


「あのな、ラヴィーニアの時と違って今のラウラは俺の愛妾だ。あーいーしょーう。わかるか?最前線で戦うようなことは無いんだよ。ラウラは俺の側に引っ付いて、のほほんと暮らせるんだよ」

「兄様……」

「十四年前だって、ラヴィーニアの所まで危険があったっていう状況がおかしいんだ。直属護衛まで危険に晒さないといけない状況じゃあなくて、その前で敵を食い止めておくべきだ。もう俺だってあの時みたいな子供じゃない。国王にまでになった俺の力を信じろシア。ラウラは死なせない。だからリリーシア、もう泣くな。ラウラが困ってるぞ」


困っているというわけではない。リリーシア姫様が泣きたいのであれば、いつまででもお付き合いして差し上げたい。

だけど……。


わたし、愛妾としてのほほんと暮らすということには疑問がある。

呆然としたまま、馬車に揺られて西離宮までやってきてしまったけれど。


もっと早く、もっと前に、聞いておかなければならないことがあったのだ。


ぼんやりしたままでいないで。


本当はさっきの馬車の中ででも、尋ねていればよかったはずのこと。


フラヴィオ様から好きだと言って頂いて。

わたしもフラヴィオ様が好きで。


でも、だけど。それだけじゃ、胸の中のモヤモヤしたものを抱えたまま。


ねえ、フラヴィオ様。

どうしてラヴィーニアなんかを好きだと言って下さるのですか?

ラヴィーニアがきれいとはどういうことですか?

死んでから、ラウラに転生してから十四年、その間ずっと思い続けていて下さるほどのことを、わたし、何かしましたか?

リリーシア姫様だって、ラウラがフラヴィオ様の愛妾となることは反対されていたのに、ラウラがラヴィーニアだとわかった瞬間に、すぐラウラに対する反感などどこかに消えて、わたしを受け入れて下さった。というか、そもそもどうしてわたしがラヴィーニアだとわかったのですか?


ぐちゃぐちゃの泥の地面にむりやり家を建てようとしているみたいで、わたし、今、フラヴィオ様が「好き」だとおっしゃって下さっていることを上手く飲み込めない。


もちろん、フラヴィオ様のお気持ちを疑っているとかではないわ。


ラヴィーニアの時は、わたしに嘘の告白をするなんて罰ゲーム、騎士団の男どもがよくしてきたけど、フラヴィオ様はそんなふうに人を馬鹿にするようなことはしない。


好きと仰って下さるのならそれは本当に好きでいていただいている……はず。


納得がいかないのはきっとわたしの心の問題。


誰かから愛されるなんて、これっぽっちも思えないわたし。


フラヴィオ様は顔をしかめられた。


「ごちゃごちゃ言ってるが、つまりあれだな?俺がラヴィーニアのことをきれいだと言っているのがお前は信じられないんだな?」


う……。わたしはフラヴィオ様の視線をまともに受けられなかった。


そう、わたしは……きっと、卑屈になっているのだ。

ゴリラと呼ばれ続けて。

恋愛なんてすればおかしいと嗤われて。

そんなラヴィーニアとして二十九年もの間過ごしてきたから。

今、ラウラという、不細工ではない、普通の伯爵令嬢となっているというのに、誰かの恋愛感情なんてまともに受けてこられなかった。

……婚約者だったエドアルド様にも、きっと、好かれるはずはないって、卑屈な態度を取ってきていたのかもしれない。うん、エドアルド様のあの態度、一方的にエドアルド様だけが悪いのではなくて、婚約者と真っ当な感情の交流をしてこられなかったわたしにもきっと非はある。


今も。わたしはフラヴィオ様からの好意を真正面から受け取れない。

自分で自分を卑下して。

謙遜と言えば綺麗かもしれないけれど、わたしなんて……と自分で自分を軽視し、嘲って。

恋愛なんて、結婚なんて、全く考えていないですよ。そんなもの、わたしには無関係で、どこか遠い世界の出来事のようなものですよ……なんて、そんな言葉で自分の心を守って。

愛されるなんて思ってもいないって、本当は好きだと言ってそれが否定されるのが怖いだけの、意気地なしでしかないのに。


だってゴリラだもの。恋愛なんてそんな感情持ったらおかしいでしょう?みんなから笑われるじゃない。笑われて、傷つくくらいなら、最初から恋愛なんてしないとあきらめて。

揶揄われて痛む心は見ないふりをして、たいしたことではないと思い込む。

仕方がないね。諦めた方が楽だよね。

だって、好きだなんて言ってもどうしようもないでしょう?

嘲られるくらいなら、最初から、恋愛なんてどこか遠い世界のことでわたしには関係ないって思いこんでいたほうが波風立たなくて済むじゃない。


そうして諦めて乾いた笑いでも浮かべていれば、日々は淡々と問題なく進む。

騎士団の仕事に没頭して、それで護衛として評価されれば。不細工だってゴリラだって言われたって、わたしには誇りを持てる仕事があるからいいのよって笑っていられた。


でも、きれいだなんて言われて。

その一言でわたし(ラヴィーニア)はフラヴィオ殿下を好きになって。

そんな感情、持っていたらおかしいって思って、みんなから笑われるしフラヴィオ様だって笑われるって思って、好きだなんて言えるわけなくて。

だけど、でも……、イラレア王妃様から逃亡した時、さっさと《継承の儀式》でも行って《炎の魔道》を継承させればよかったのに。そうしないでキスなんかしたのは。


許されない思いを、言えない意気地なしなのに。死ぬ間際の形見のようなものだけを欲しがった。


……なんて、卑しいわたし。


そんなわたしを、わたしは知りたくなかった。

フラヴィオ様に知られたくなかった。


なのに、きれいだとか言うから。

惚れただとか言うから。


もう、わたしは行き止まりでどうしようもなくなった。



お読みいただきましてありがとうございます

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