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カスミソウ

作者: ゆき

ーー『人生、幸せになったもん勝ちだよっ!』

ーー「へぇ」

ーー『だってそうじゃん、幸せになって、満足したら人生満喫ってことになる』

ーー「梨花は満喫できる自信があるの?」

ーー『ふふっ、どうだろうね』

そんな他愛ない会話をしたのは先週火曜。雨だったな。梨花の親友の女の子が、昨日うちにきた。梨花の話をたくさんして、終いに彼女は泣いていた。

「なんで泣くんだ?」

そう言った俺を見る、彼女の驚いたような、蔑むような目。それきり彼女は訪ねてこなかった。

一週間。変哲のない日々。朝家を出て、仕事して帰ってくる。梨花はいつも遅い。俺は忙しい時期だったこともあって、家では睡眠だけで、ほとんどの時間を外で過ごした。何か、いつもと違うけど、目の前のプロジェクトへの熱意が冷めなかった。

「おい、たまには休憩しろよな。」

そういってデスクにコーヒーを置かれる。

「ありがとうございます」

そういいながらもパソコンを睨み続ける。それで会話は終わるかと思えば、定時で帰った隣の同期の席に上司が座る。億劫になりながらも、視線をそちらに移す。

「お前さ、この前、このプロジェクトは絶っっ対に成功させる、って言ってたよな。主任でもねぇのに笑。なんかお前らしくなくて俺相当ビビったんだけど、なんかあんの?」

なんかって、正直にいやぁ俺と梨花の結婚式だった、だけど、まあ説明面倒だしな。

「なんもないっすよ、それより先輩、あの人とは順調ですか」

「ばkっ、声でけぇよ、ま、まぁとにかくがんばれよ」

そういうと、どこかそわそわと立ち上がって廊下の方に行ってくれた。内心絡まれても面倒なので、我ながらナイスと思いつつ胸をなでおろす。それからしばらく仕事して、帰った。もう21時をまわっていたと思う。木曜。いつもの店に入る。そして家に帰り、寝る。

ーー『幸せになったもん勝ちだよっ!』

その声で目が覚めた。異様に明るい。げ…11:00。休みをもらおうと電話をする。なぜかあっさり承諾され、俺は3連休を手に入れた。部屋でも掃除するか…体を起こすと窓のそばの花瓶が目に入る。梨花が生けていた花はなぜか毎年同じ白い花だった。

ーー『カスミソウ、だよ!かわいいでしょ!』

ーー「なんで花?花好きなの?」

ーー『うん!かわいいでしょ!カスミソウ!』

ーー「そうだね、可愛いと思うよ」

ーー「でも、またその花?毎年同じじゃね?」

ーー『だめ?』

ーー「だめじゃないけど、なんのこだわりかなって」

ーー『私、この花みたいになりたいんだ~』

ーー「え?」

ーー『たまには水換えたりしてよね、見るだけじゃなくて』

ーー「はいはい、気が向いたらね」

ふとそんなやりとりを思い出して、複雑になりつつ、花瓶を台所にもっていって、洗い、食器棚に仕舞う。さて、掃除するか。梨花のものも、もちろんあって、迷ったけど、全部押し入れに仕舞うことにした。一通り終えて、リビングに戻る。椅子が二つ。

ああ、飯、食わねえと…。適当にレトルト食品を温めて、食べる。

『栄養!』


「うわあっ」

…誰も、いるはずなかった。掃除した時に全部屋見たし、施錠もバッチリだ。確かに、誰も、いないのだ。

『聞いてる?』


「っっ?!」

…ようやく頭の中でよぎったんだと気づく。

「わかったよ」

冷蔵庫はほぼ空だし、近所に買い物に行こうとさっさとレトルトカレーを食べて立ち上がる。着替えようとして、いつものパーカーがないことに気づく。クローゼット、タンス、どこを探してもない。これじゃちょい寒いよな、かといって着替えるのも面倒くさいな。とりあえず昨日のスーツを洗濯しようとベランダの方に向かう。あ、そういやパンジーがあったよな。思い出してベランダの窓を開ける。小さな小鉢が三つ、どこにもパンジーは咲いてなかった。それどころか、そこには土があっただけだった。水をあげなかったからかと思ってスマホで調べてみると、パンジーは夏に種を植え、冬に花が咲く、とあって安心した。そして無事にベランダでパーカーと他の洗濯済のものを見つけて、取り込んだ。一週間、雨が降らなくて良かったと心底安堵。そういや仕事忙しくなるって言ったらいつものパーカー洗っとくって言ってたな。それを羽織って買うものと天気を確認する。…と、あとは…、よし。天気は、16:00で降水確率60%…びみょー、降っても降らなくても文句言えんやつ。足早に買い物を済ませ帰ってくると、さっきより外が暗い。買ったものを適当に仕舞って、しばらくぼーっとする。カレンダーが目に付く。今日の一個下に、梨花の字で結婚式!と書いてある。…スマホを見る。パンジーのページが目に飛び込む。寝室にあったカスミソウ?だっけ、も調べようと思う。結局、なんで梨花がその花にこだわったのか、未だにわかってない。


カスミソウ 

ナデシコ科/カスミソウ属

開花時期:5~7、8月

花色:白、赤、ピンク、紫

種まきの時期:秋ごろ

花言葉(白):無邪気、幸福


パンジー 

スミレ科/スミレ属

開花時期:11月~4月

花色:黄、青、赤などさまざま

種まきの時期:夏終わり※普通家庭での栽培は花壇への植え付けからである。

花言葉(黄):幸せ、田舎の喜び


二つの花言葉の”幸”という文字が目に付いた。

ーー『幸せになったもん勝ちだよっ!』


「…なるほどな」

意を決して財布を持って外に出る。すでにパラパラと雨がきている。梨花と一回だけ一緒に行った花屋に行き、カスミソウを2本買う。帰って早速さっき仕舞った花瓶に生け、リビングのテーブルに置く。夕飯は栄養考えよう。梨花の笑顔が脳裏にうかぶ。カスミソウを見ながらの食事、風呂、家事を済ます。いつもより緩慢な動き。梨花と向き合う時間が欲しいと思った。

カスミソウの花瓶を持ってきて、梨花の写真の前に腰を下ろす。梨花のあのいつもの無邪気な笑顔がクリーム色の縁に収まっていた。近くにカスミソウをおいて、梨花に言う。

「梨花、遅くなってごめん。頭ではわかってたのに、心が受け入れるのを拒否してた。」

「でも、ちゃんと受け止めて、梨花の分まで、満喫したいと思う」「俺の幸せの源、カスミソウでいてくれてありがとう、元気で、またいつか会おう、俺も梨花みたいになりたい。いや、なるよ」

そういって梨花の顔を見る。なぜかぼやけている。買ったカスミソウのうち、一本は梨花の元に、もう一本は寝室に置いた。

あの日と同じ、雨の音が響く中、梨花の夢を見た。土曜、日曜とようやく梨花のいないことを受け入れられた気がした。梨花がまた玄関から、んもー疲れた!とか言って、帰ってくるんじゃないかと思い、仕舞っていた梨花のものも最低限にした。俺が結婚式の資金とかのために熱意を注いでいたプロジェクトは無事大成功を収めた。

一か月。梨花のいない一か月は長かった。だけれど、毎晩笑顔を見て、心で話せることもあって、喪失感はいつのまにか、活力になっていた。梨花が残した大切なもの。梨花との約束守るために、カスミソウの様になるために。8月。梨花の誕生日。カスミソウを取り寄せて、梨花のそばに置く。少ししたらパンジーを買おう、そして来年も、その先も、カスミソウを送ろうと思った。

お読みいただきありがとうございます、アドバイス、感想等々ありましたら、頂けると嬉しいです!

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