東海道線、西へ
まだ東京の街並みが日に照らされる前。八月はこんな時間でも暑いのかと思いつつ、着慣れたTシャツを着る。昨日のうちに買っておいたおにぎりと冷蔵庫で冷やしておいた麦茶を水筒に移し、リュックに詰める。まだ買ったばかりのリュックは背負うと少し違和感があった。そんなことを思いつつ足早に家を出る。駅までは少し距離があるが、この時間にバスが走っているわけもなく、駅までは歩くことにした。閉じかける目を頑張って開きながら駅へと向かう。普段見ている信号機がいつもより明るく、強く光っているように感じた。
約20分程歩き、最寄りの駅に着いた。この駅の始発は4:30。少し余裕をもって出たため15分程早く着いてしまった。リュックから事前に買っておいた5日分で1枚のお得な切符を出し、駅員さんに押印をしてもらい改札内に入る。ホームへ上がると山登りに行くと思われる人や、眠い目をこすりながら列車を待つ背広を着たおじさんもいる。私はポケットからICカードを取り出しいつも買っているココアを買った。夏はアイスしか売っていないため選択を誤ったと思いつつ、1口飲んでリュックにしまう。やはりこの時間に飲むアイスココアは冷たすぎた。体を少し震わせながら空いているホーム先端へと向かった。
「まもなく、2番線に~」
数分後に静かな構内に列車の接近を知らせる放送が鳴り響いた。家を出た頃にはまだ顔すら見せていなかった陽の光がこの頃になると遠くの空にうっすらと見え始めた。そして向こうからはまだ暗い線路を照らす光が見え、東京方面行の列車がやってきた。車庫を出たばかりの列車でも車内には少し人が座っていた。聞きなれたドアチャイムを聞きながら車内に入る。運のいいことにドアの近くが開いていたためすぐに座ることができた。ひと駅、またひと駅と停車し、新宿に到着した。この時間でも新宿駅では他の駅より多くの人が乗ってくる。中にはこの時間まで飲んでいたのかと思うような人などもいる。始まったばかりでもこういう普段見られない風景を見られるのが旅の良さだと私は思う。新宿を出発してから東京まではそこまで時間がかからずに到着した。東京駅では次に乗る東海道線で使うグリーン券を購入するために改札外にある券売機へと急いだ。最近はsuicaグリーン券というホーム上で購入できるものもあるが、記念にグリーン券を残したかったためわざわざ一度改札の外に出たのであった。改札を通る時に押印してもらった切符を見せなければいけないのだが、この時乗り換えの時間も少なかったため、駅員さんに確認してもらう時間さえ長く感じた。改札を抜け、丸の内駅舎特有の天井がドーム状になっている場所にある券売機でグリーン券を買い先ほど通った改札へと足早に戻った。入る時は出るときほど時間をかけずに通過することができた。駅構内に入り、路線名がかかれた天井の看板をみながら下りの東海道線ホームに急いだ。普段は多くの人で賑わうコンコースも今はキオスクすら空いていない時間のため数人が歩いている程度だ。コンコースを速足で通り過ぎ、東海道線のホームへと続く階段を駆け上がった。次に乗る東海道線の沼津行はすでにホームに停車していた。発車にはまだ2分ほどあったので、グリーン車の車両へ向けて歩いていると発車のアナウンスがかかってしまった。階段からの距離が思っていたよりも遠く、時間がかかってしまっていたのだ。発車ベルが鳴り始めたタイミングで二階建てになっているグリーン車の車両に乗ることができた。乗り込むとすぐにドアがしまり列車が発車した。少し息を整えてからグリーン車の二階席へと向かった。二階に上がると私のほかに数人が座っていた。私は近くに人のいない真ん中に近い左側の座席に座った。今回グリーン車を利用したのは二階からの景色を味わうことと、朝ごはんを食べるためである。ロングシートでは他のお客さんの目もあるためおにぎりをのんびり味わうこともできないだろうと思い、簡易的ではあるものの机がつき座席も進行方向向きに揃っているグリーン車を選んだのだ。おにぎりをリュックから出している間に列車は新橋に到着。新橋に着くころになると朝日がビル街のガラスに反射するようになり、その反射する光がとても眩しい。
列車はその後品川、横浜などに停車し太平洋に沿うように西へ向かった。品川に着くまでに持ってきていたおにぎりを食べてしまい、今は太平洋を見ながら朝買ったココアを飲んでいる。ずっと持っていても荷物になるため、次の乗り換えまでに全て飲んでしまいたいが、ココアが相変わらず冷たいおかげでなかなか一気に飲む気になれない。ココアと格闘しているうちに小田原、熱海と停車しいつの間にか三島まで来ていた。普段は東海道線を熱海までしか行かないので、三島まで来ると旅行に来たという感じがする。ここまで来ると日本一高い富士の山もとても大きく見える。そして列車は三島駅をゆっくりと発車し、そして一瞬で置き去ってしまう。三島から先は一度も行ったことがなかったため期待と共に少し不安な気持ちがあった。そんなことを思っているとすぐに終点沼津に到着。今日の目的地はこのレールの遥か先だというのに、沼津のホームに降りたときにはすでに旅行の目的地に着いた気分だった。ここから先も東海道線でさらに西へと向かった。
沼津に着くと自分の乗っていた電車からたくさんの人が降りてきた。ふと、次の乗り換えのために時計を見ると、時刻はすでに7時過ぎ。ホームは通勤や通学で電車を利用する人で混んでいたのだった。これから西へ向かうために乗り換えた電車にもたくさんの人が乗り込み、車内は東京の朝のラッシュとあまり変わらないようにも感じた。車内こそ大都会とは変わらないものの、田んぼの中を永遠と続くような真っすぐな線路を進む電車はまったくの別物。富士駅を通過する頃には右手に雲一つない晴天にうつる富士の山が見えた。この景色を心のお守りにして、この先の旅路も頑張ろうと思えた。
その後、静岡駅で大半の乗客は下車していった。静岡からは乗客全員が座席に座れるくらいの余裕ができたので、私は先頭車両へと移動した。先頭車両に行くと、すでに鉄道ファンらしき人が運転席の後ろで全面展望を楽しんでいた。電車はちょうど、トンネル区間に入り、スピードを出しながら狭いトンネルを出たり入ったりするのはスリルがあって面白い。電車はトンネルを何個か過ぎた後に小さな駅へと停車した。この先もトンネル区間が続くようで、停車している間に運転士さんが運転席の後ろの遮光カーテンを閉めた。幸いなことにこちら側のカーテンは閉まらなかったので、こちらからは全面展望が見れる状態だった。しかし、運転席のほうにいた鉄道ファンの方は前が見えなくなってしまったため少し落ち込んだ様子で座席の方へ戻っていこうとしていた。私自身、駅への停車前までにこの区間の面白さは十分に伝わったので、今回はその鉄道ファンの方に絶好の立見席を譲ることにした。席へ戻ろうと床に置いてあった荷物をまとめていたところに私が話しかけると、最初のうちは遠慮していたものの私の意見を受け入れてくれた。その後、トンネル区間の終わりと同時に彼も電車から降りて行った。電車から降りる時にふとこちらを見て笑顔で会釈してくれた。年は私より上に見えたが、その時の顔は電車を見て喜ぶ子供のようであった。
「まもなく、終点浜松です。お降りの方は~」
東京ではあまり聞けない車掌さんの肉声による車内放送が流れ、電車は終点の浜松に向けてゆっくりと減速していった。「キィー」という甲高いブレーキ音を響かせながら電車は浜松に到着した。浜松には西へ向かう旅行者のために用意されているのではないかと思うほど接続のいい新快速の大垣行きがすでに乗り換え客を待ってホームの向かい側に停車していた。乗り継ぎ時間が短いのは予定を組んだ段階で分かっていたので、速足で向かいに止まっている電車へ向かう。近くのドアに乗り込めばあまり急いで乗り継ぎをしなくても間に合うのだが、人生初の新快速ということでその速さを味合うためにも一番前の車両に急いだ。
ちなみに新快速とは、主に大阪・京都で活躍する通常よりも早い速達型の列車種別のことである。東日本にはないので、西日本独自の種別といってもいいかもしれない。
どうにか、発車ベルが鳴る前に先頭車両に乗り込むことができた。改札から上がってくる階段や、乗り換えの列車から離れている先頭車両は思ったよりも空いていて、車両内には数人が離れて座っているような感じだった。ほぼ音を立てずに静かに発車した電車は浜松を出てしばらくは高架の上を走るようだ。高架橋の上に出て、大きな音を立てながらもう1本の線路に渡っていたところ、後ろから何かが早い速度で走ってきたのが分かった。その後白い列車が一瞬で乗っていた電車を置き去りにして名古屋方面へと走っていった。追い抜いて行ったのはすぐ横を走る東海道新幹線の大阪方面行きのぞみ号だった。朝4:30に最寄り駅を出て、約4時間半かけてきたものをこうも簡単に抜いて行かれると不思議な気持ちだった。その後も新幹線と並走したり離れたりしながら電車は少しづつ西へと向かっていった。途中の豊橋で乗務員の交代があり、車掌さんと運転士さんが代わった。豊橋からついに新快速の本領を発揮し、途中駅を通過していく。電車はその後名古屋、岐阜などを通り、終点の大垣駅に到着した。
大垣駅は関ケ原の東側にある駅で、昔から宿場町として栄えてきた。また、松尾芭蕉が巡った奥の細道の終着点でもある。そんな歴史もあり、今でも車両基地があったりと鉄道の要所としても活躍している。もちろん、西へ向かう旅行者にとっては東京発の夜行列車「ムーンライトながら」号の終点でもあるため、今でもかつての宿場町のように旅行者が立ち寄るまちでもある。そんな大垣を立ち寄る人々に愛されてきたのが、大垣の地下水で冷やされた「水まんじゅう」である。
大垣駅に電車が到着し、ホームへと降り立つ。歴史を感じるホームと駅舎の雰囲気は途中下車にはぴったりな駅。階段を上がり、駅員さんに朝東京駅で出して以来の横長のきっぷを見せて改札を抜ける。改札を出たさきにある幅の広い階段を下りると、小さめのロータリーがあり、その隅に一つ目の目的地の和菓子屋さんがある。車が来ないかを確認し、横断歩道を渡る。横断歩道を渡ってすぐに和菓子屋さんがある。お店の入り口の前には大垣の地下水で冷やされながら売っている「水まんじゅう」がある。美味しそうな「水まんじゅう」を横目に店内にはいる。店内には「水まんじゅう」以外のお菓子もショーケースの中に飾られていて、どれも食べてみたくなる。店員さんに、「水まんじゅうを店内でいただきたいのですが」というと丁寧に対応してくれた。「水まんじゅう」を運んできてくれた店員さんと、大垣までの旅路のことや、これからの予定について話した。東京のチェーン店などでは、味わえない楽しいひと時だった。「水まんじゅう」を食べ終え、外で売っていた「水まんじゅう」を一つ購入して、店を後にした。今では新幹線で通過してしまう場所ばかりだが、目的地に行くだけでなくこういう途中下車の楽しみをこれからも大事にしていきたい。