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第三章:夢の入り口

-1-

「あれ?今日は紫苑休み?」

次の日、朝練が終わった後スポーツバックを肩に掛け教室に

入ったところで、いつもいるはずの紫苑がいないことに気付き近くにいた男子生徒に聞いてみる。

「え?ああ…そういえばまだ来てないね。いつも朝早いのに…」

そういいながらクラスメイトの野田優一のだ ゆういちはめがねのブリッジをあげて見せた。


「ふん」

鼻を鳴らしながら別にどうでもいいんだけどね、と一言付け加え

自分の席に着いた。

と、ふわりとあまい香りが漂う。

席のすぐ脇を花束を持った女子生徒が通り過ぎたからだ。

名前は分らないが綺麗な、良く香る花だ。

「ねぇ、その花なんて名前?」

突然声をかけたものだから花を持った女子生徒はビクリを体を震わせて立ち止まった。

別に脅かすつもりはなかったのだが…。

一瞬間があったが、ゆっくりとこちらを振り向き質問を投げかけた人物を探す素振りを

見せたので、俺だよ!と手を上げて見せた。


目はきょろりと大きく真っ黒な髪のおさげが印象的だが、

なんとなくおどおどして小動物のように思えた。

胸元に付けられた校内バッジには「待雪椿」の文字。


「ライラックっていうの」

声が少し震えている。

俺の頭の中でこの女子生徒のあだ名は“小動物”と命名される。

「ライラック?」

聞いたことがあるようなないような…

「家にたくさんあったから一枝持ってきたの。」

そう言って教卓に置かれた花瓶に花を挿す。

「お水入れてこなくちゃ…」

ぼそぼそと誰に向けられるとでもない言葉を呪文のように唱えると

そそくさと花瓶を持って教室の外へと出て行ってしまった。

何をそんなにおびえてるんだ、小動物は…。

と、思わず噴出しそうな自分をこらえる。

あれ…ちょっとまて…。あいつ…もしかして…。


「花が好きなの?」


突然前から声が飛んできたのでそちらを見る。

野田だ。


「え?いや別に…」

「そういえば…入学式のとき紫苑に花渡してただろ?なんで?」


ああ…またその話か。


「え?何?日向が紫苑に花束って何?何?!」

僕の後ろに座っていた福嶋薫ふくしま かおるが顔を出す。

薫という名前だが正真正銘の男だ。


「別に変な意味じゃないって。人違いしただけだから。」

「人違い?」

野田が軽く睨む。

「いや、だからね、紫苑と凄く似てる知り合いがいてさぁ…

だから間違えたんだって。

あと、今のライラックは香りが強いからなんだろ~って思っただけだし。

てか俺そんなに花好きじゃないよ?

たまたまだからね?」


「人違いだったとしてもその辺に生えてた雑草をむしっていきなり渡す?

なんだか不自然じゃない?」

野田だ。

「え?どういう事?花屋で買ったとかじゃなくて?」

「そう…。

入学式の日、日向が紫苑に雑草同然のたんぽぽを

引っこ抜いて渡してるところみたんだから…

なんでその場で引っこ抜いた花を渡そうと思ったわけ?

仮に紫苑じゃなくて日向の知り合い本人だったとしても雑草は失礼じゃない?」

「いや、だ~か~ら~!

深い意味はないの!

その知り合いがすげー花が好きなヤツでさぁ、そいつの顔見ると

花!って思っちゃったわけ。」


「ふぅ~ん…」

野田も福嶋も納得いかなそうに鼻を鳴らしてみせた。


と、そこでタイミングよくチャイムがなる。

ほっと胸をなでおろし席に座りなおす、

が、ふと視線が定まった先には紫苑不在の席。


なんだか空しい…。


暫くして担任が教室にやって来て

朝のホームルームが始まる。


担任が出席を取る中、紫苑のフルネームを呪文のように唱えた後に一言、

「風邪で欠席。」と一言付け加えた。


風邪…かぁ…。

まぁヤツも人間だし風邪の一つも引くわな…。

でも紫苑のヤツ残念だったな。今日はあんな綺麗な花があるのに。


教卓の上に飾られたライラックを見ながら口の端でにやりと笑ってみせる。


そうだ、お見舞いがてら花を持っていったら喜ぶだろうか…

いや待て、男が花なんて持っていったら気持ち悪がられるだけか…。


最近…そう…入学してからだ…。

気が付くと俺は紫苑の事ばかり考えていた。

ああすればどう反応するだろうか?とかこうすれば喜んでくれるだろうか?とか…。

何故こうも紫苑を気にしているかというと…。


それは…やはり…。

あの夢の光景と繋がるからであって…。


逆に言うと、あの夢さえなければ

俺と紫苑は何の関係もないただのクラスメイトでいられたはずだ。


たぶん。


けれど、

それをゆがませたのは、

あの夢…。


ああ…なんだろう…なんだか調子が狂う。


それに…じわじわとしみこんでくる夢の現実化…。


中等部に入ってからいきなりだ…。


初等部のときはただただ夢を繰り返し見るだけに過ぎなかった。

なのに…なんでだ…。


確かに夢に出てくる人物は中学生くらいの年齢かもしれない…。


だからなのか?


にしても何でこんなに…。


-2-


「なるほど、ね…」

「すいません…忙しいのに…でも…なんだかこのもやもやが気持ち悪くて…」


「そう…」


羽鳥翼は読んでいた分厚い本をぱたりと閉じて見せた。


ここは大学図書館の前にあるベンチ。


昼休みに入るや否や、羽鳥翼に会いたい、とメールしたのだ。

指定された場所へ行くとそこに降り注ぐは

芽吹いたばかりの柔らかな新緑が日の光を受け、きらきらと光る緑の瞬き。


「つまりこういう事だね。初等部の頃は蠍座との記憶の夢をひたすら繰り返すだけだったのに中等部に入ってから実際に夢の人物たちが現れた、と?」


「はい、そうです。それで…これから先どうしたらいいのか分らなくて…。

紫苑…蠍座が現れたのは分ったけど向こうは俺のことなんとも思ってないみたいだし

夢の記憶もなさそうな感じです…。

それで…以前羽鳥さんが言っていた“星集め”は具体的にどういう事をやればいいのか教えていただけますか?」


すると羽鳥翼はニコリと微笑むと指でめがねのブリッジを押し上げて見せた。

「そうだね、具体的な話を日向君にはまだしてなかったね。」

「え?…他に誰か話した人がいるんですか?」

「うん。別の星座守護神だよ。そのうち日向君とも顔を合わせることになるかもしれないなぁ…。

ただ、できれば日向君は十二星座守護神じゃないしこの話には巻き込みたくないのが

正直なところなんだけどね。あ、日向君お昼食べて。時間なくなっちゃうよ。」

「あ、すみません。じゃあ…頂きます。」

そういいながら持ってきていた弁当箱をひざの上に乗せふたを開ける。

中には大好きな海苔弁当。


「あ、でも羽鳥さんは?」

「先に頂いたよ。ありがとう。

じゃあ…手短に話そうか。食べながら聞いてくれていいから。

“彼女”の力のせいでこの学園を中心に星座守護神の力を持った者たちが

集まってきている。

僕は彼等の力を使って彼女の封印を解きたいんだ。

でも封印はそう簡単には解けない。

星座守護神でも特に強い力を持った十二星座守護神の力が必要になってくる。

だから…」

「なぁーに?こんなところでデート?」

突然ベンチの後ろから白い手がにゅっと伸び、翼の両肩の上にその手がぽんと乗った。

驚いて後ろを振り向く。

「こんにちは。海苔弁おいしそうね。ママの手作りかしら?」

肩にかかった長い髪をさらっと払いながらその女性は微笑んだ。

大胆に空いたブラウスの胸元には十字架のネックレスがきらりと光る。

「阿部さんこそこんなところで珍しいね。」

羽鳥翼も軽く後ろを振り向く。

「日向君、紹介するよ。彼女は阿部まりあさん。僕の一年後輩で乙女座守護神。」

「え?あ…はじめまして……って…え?え??

乙女座守護神?…って?え?」

「はは、そんなに驚かなくても。

今丁度話していた、その星座守護神の一人だよ。」

「はじめまして…日向君ね?よろしく。」

そういいながら阿部まりあはウィンクしてみせた。

「彼はオリオン座守護神、中等部一年の日向明君。」

「え?君が…オリオン座守護神?まぁ…そうなのぉ…。

それと、本当に一年生?随分大きく見えるけどぉ」

そういいながら少々オーバー気味に両手を広げてリアクションを取ってみせる。

そういう阿部まりあもかなりすらっとしていて身長がある。

「すごいわね、先輩。星集め、順調そうじゃない?」

「のようだね、蠍座も見つかったことだし」

「まぁ~、素敵!早く12星座全員あつまるといいわね!

羽鳥先輩のためなら私何でもするわよ!」

そう言って大きな瞳でウィンクしてみせた。



-3-


昼休み終了のチャイムに引き離され結局たいした話もできずに終わってしまった。

それどころか新しい星座まで登場して余計に頭は混乱するばかりであった。


乙女座…ねぇ…


窓際の席の机に腰をおろし静かに外を眺める。


先ほどと変わらぬパステルグリーンのキラキラした光があちこちで瞬いてる。


綺麗だ…。


「何黄昏てるの?」


肩をぽんと叩かれる。


美月だ。


「別に…」

「あら、元気ないわね…何か悩み事?

私で良かったら相談にのるわよ?」


「別にそんなんじゃないから…」


「そう?…ま、何があったか分らないけど元気だしてよ?」

そう言ってまた肩をぽんと叩くと自分の席へと戻っていった。


それを横目で見送る。


美月もだ…。


美月も…。


また今日も夜が来る。


そしたらいつもの夢が繰り返されるんだろうか…。


夢の中、紫苑が出てきて俺に話しかける。


しばし談笑。


だが次の瞬間に突然顔色変わって、

俺に鎌を振り下ろすんだ…。


「あの…」


また今夜も…


「あのぉ…」


夢が繰り返される…


「あのぉっ!!」


「え?」


振り向くとなんとも気弱そうな男子生徒が立っていた。


「何?」


軽く睨む。


「あ…あの…そこ…僕の席なんだけど…」


「え?ああ、わりぃ、わりぃ!」


机から飛び降りる。


と、ほぼ同時にチャイム。


午後の授業の始まりだ。


-4-


白くぼんやりとした濃い霧が世界を静かに包んでいた。


冷たい風が吹くなか、

僕はゆっくりと歩を進める。


ここは、どこだろう。


どこだろう…。


分らない。


けれど、


けれど、穏やかな確信があった。


大丈夫、このまま真っ直ぐ進めばいい。


そうすれば、


そうすれば…。



-5-


ゆっくり闇が溶けてゆく…。


見慣れない白い天井。


あれ…?


あれ…。


「あ…明人!気が付いた?!」


母の顔が僕を覗き込む。


「……あ、れ?…ここ…どこ?」


ゆっくりと体を起こそうとするが、思うように体が動かない。


「無理しないで…覚えてる?学校行く途中で倒れたのよ?

通りがかった人が救急車を呼んでくれて…

どこか痛むところはない?」


母の目が潤む。



ああ…

また…

僕は

心配かけてる。


また…。


まただ…。


どうして…。


惨めな自分。


情けない自分…。


でも、どうすることもできない、自分…。


「大丈夫…なんともない…」

ゆっくりと母を安心させるように言葉を発する。


「そう…」

言いながら僕のおでこにそっと手を当てた。


温かい手…。


ああ…温かい…。


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