第一章:かわいい花束
こちらは銀河夢幻伝シリーズ第四弾となります。
第一弾【銀河夢幻伝サジタリウス】https://ncode.syosetu.com/n8095hd/
第二弾【銀河夢幻伝スコーピオン】https://ncode.syosetu.com/n8142hd/
第三弾【銀河夢幻伝オフィウクス】https://ncode.syosetu.com/n8154hd/
を未読の方はそちらからお読みいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
-1-
夢を見ていた。
何度も何度も繰り返されるその光景。
その夢に何度も飲み込まれそうになりながらも
なんとか必死に朝日を捕まえては現実に戻る。
そんな事が…そう…
小学校に入学した辺りから毎日、とまでは行かないが
頻繁に続いていた。
悪夢のようで悪夢じゃない。
優しい夢、のようでそうじゃない…
なんとも形容しがたい不思議な夢。
夢の中で自分は悪者だったのか、ヒーローだったのか、
それすらもよく分らない。
ただ…言えるのは、
いつも夢の最後は親友に殺されて目が覚める、という事だった。
夢の終わりはいつも悲しい。
物語は明るくも暗くもあり
カラフルでモノクロ。
いつも終わりだけは変わらない。
そんな不思議な夢が今日も紡がれてゆく。
一日一日通り過ぎる夜を飛び越えながら…。
-2-
桜の花が膨らみ、空を淡いピンク色で覆いつくしていた。
満開…。
寒さの影響で遅れた桜の開花だがこの入学式を盛り上げるには
十分すぎる存在感だ。
春。
俺は中学へ進学した。
進学先は初等部と同じ満天星学園付属の中学になる。
同じ学園内とは言えほとんど足を踏み入れたことのない校舎に
待ち受けるものを期待し胸が高鳴った。
それに憧れの真っ白なスーツに袖を通せたことは
とても嬉しくて仕方がない。
この真っ白な制服は地元では白鷺の愛称で親しまれている。
そのスーツに俺は今こうやって身に包み、
校舎に向かって一歩一歩足を進めているところだ。
校舎へとカーブを描きながら続く緩やかな坂の両脇には満開の桜が
咲き誇り、時折ちらりちらりと花びらを溢していた。
行く先には桜の花にまぎれながら真っ白なスーツの生徒たちが続く。
「あ…よう!!久しぶり!!」
知り合いを見つけ肩をぽんと叩いた。
「え?あ、日向じゃん!久しぶり!!元気してた?てかどうしたの?!
その声!!」
振り向いたのは初等部のときのクラスメイト、日ノ出知治。
初等部時代のバスケット部の仲間でもある。
「声変わりみたい」
そういいながら軽く喉を触ってみせる。
「すげー…昔と声全然違う!!…それにまた背伸びたんじゃない?」
「そうなんだよ、今俺すげー成長期みたい」
言いながらにやりと笑ってみせる。
そんな俺らの後ろを数メートル離れたところからゆっくりと
歩いてくる母親たち。
「日向の母ちゃん相変らず綺麗だよなぁ~」
「ああん?何言ってんだよ。鬼だぜ?鬼!!」
「そうかぁ?モデルみたいじゃん…いいよなぁ…うちなんて…
なんていうか…捨て犬みたいな顔だしさぁ…」
「ひっでーなぁ…自分のお袋そんな事言っちゃダメだろ?!」
そういいながらもげらげらと笑った。
そうこうしているうちに中等部敷地内へといつの間にか入っていることに
気が付く。
校舎入り口前では張り出されたクラス表の中から皆必死に自分の名前を探していた。
「え~っと、俺はっと…」
「あ、日向Aクラスじゃん!!」
「え?どこ?…あ…ホントだ…」
「俺Bか…残念。クラス分かれちゃったな…
でも部活は入るよね?」
「もっちろん!一生バスケ続けるつもりだから」
「あはは…日向はバスケするために生まれて来たようなやつだもんな」
「まーな!」
そういいながらキラリとポーズを取ってみせる。
「じゃ後でな。」
生徒たちはいったん教室に入りクラス全員が集まったところで
体育館で待つ親のいるところへ行くことになっている。
日ノ出と昇降口で別れたところで上履きを持っていないことに気が付く。
あ、そうだ…母親に持たせたままだ。
慌てて踵を返し昇降口前の人ごみの中から母親を探し出した。
「あらやだ、私ってばうっかり。ごめんなさいね、はい。」
そういって上履きの袋を手渡される。
正直日ノ出が言うようにうちの母親は顔は悪くないと思う。顔は。
だけど性格が…なんというかの~んびりしているかというか。
でも怒るときはすげー怒る。
裏表がはっきりしてる人なんだと思う。
そんな母親といったん別れもう一度昇降口に足を向けたとき
それを見つけぴたりと足が止まった。
クラス表を見ている生徒たちの中からその人物を見つけ出してしまったからだ。
一瞬夢でも見ているんじゃないかと自分を疑ったくらいだ。
何度も瞬きしたり目をわざとらしくこすったりしてみるが
その幻は消えない。
消えないということはつまり、
それは幻ではない、という事だ。
俺がじっと視線を注いでいることに気付きその人物はこちらを振り向いた。
背は小さく小学生の幼さがまだまだ残ったままで制服も着こなしているというよりは
制服に着られてしまってる感が漂う小柄な男子生徒。
真っ黒な黒髪が風にさらさらと揺れている。
初等部では見かけない顔。
外部生だろう。
何も言わずにただただ彼に視線が定まり、
自分でも困ってしまうほど彼から視線をはずせない。
じっと見つめられた相手側は少し驚いた表情を一瞬浮かべつつも次の瞬間には
俺にニコリと微笑みかけていた。
かるく一瞥して背を向ける。
あ…
「待って!!」
思わず肩に手を掛けた。
呼び止められて驚き目を丸くさせながらこちらを振り向く。
「え?…あの…何か?」
声はまるで女みたいに高い。
「あ…いや…」
なんで自分はこいつを呼び止めたんだろうと躊躇しながらも
心よりも先に体が動いていた。
「ちょ…、ちょっと待ってて?!」
そういいながら平手で彼の動きを制し辺りをキョロキョロ見渡す。
なんでもいい…なんでもいいから…
あった!!
校舎脇に生えた雑草と一緒にそれを見つけると
乱暴に引っこ抜き、再び少年の元へと駆け寄る。
ただただ目を丸くしながら見つめるその少年の目の前にそれを差し出して見せた。
「……え?」
何が何だか分からないといった表情でそれと俺の顔を交互に見つめる。
「あの…」
「やる。」
「え?」
「お前、花好きなんだろ?」
「へ?…は…な?
え?いや…まぁ…嫌いじゃないですけど…ああ…じゃあ頂きます。」
そう言って俺の手から雑草交じりに差し出された黄色いタンポポの花を受取った。
「なんだかよく分らないけど…有難う」
にこりととびっきりの笑顔で少年は答えた。
ちょっとほっとして軽くため息をつく。
「ねぇ、名前は?」
「え?僕?観月紫苑です。あなたは?」
「俺?日向明」
「日向?」
そう言って観月紫苑はクラス表に目を移し変えた。
しばらくして再び先ほどと同じく目を丸くしてみせる。
「ああ!!クラス一緒!
あ…なんだ…そうか…それで花束を?」
どうやら同じクラスだと俺が分っていて花束を渡したと思われたらしい。
まぁ…どうでもいい…。
そんなの…。
ちょっと照れくさくなり「じゃ。」
と軽く片手を上げながら逃げるように昇降口の中へ小走りで入っていった。
-3-
「あ、日向君だ!」
俺が席についてぼんやりと黒板に書かれた「入学おめでとう」の文字を
眺めていると突然上から明るい声が降ってきた。
顔を上げると見慣れた顔がそこにあった。
潤った瞳をキラキラさせながら
僕をにこやかに見つめる人物、佐藤美月だ。
こいつも俺と一緒で満天星の初等部に在籍していた。
クラスは一緒になった事がないが
男女別とは言え同じバスケット部という事もあって
何度も顔を合わせている。
「とうとう一緒のクラスになっちゃったわね。それにしてもなんて言うか…
中等部の制服似合ってるわねぇ…今日入学式だっていうのに
もう随分前から通っていたみたいになじんでるわよ。やっぱり背が高いからかな?」
「そう?」
「え?」
俺の一言に美月が目を見開いてみせる。
「ちょ…今なんていった?」
「え?そう?って言っただけだけど?」
「ああーっ!!日向君声が大人!!…それって声変わりってヤツよね?
わぁ~…3月に会ったときと全然違う~!!」
美月が大声でキャイキャイ騒ぐから回りの生徒たちの注目の的になってしまっている。
大勢の視線を浴びさすがにちょっと恥ずかしくなる。
と、斜め前の席からにこにこしながらこちらを見ている先ほどの生徒…
たしか名前は…観月?とか言ったかな…。
あいつも俺らに注目していた。
「あ!そうだ!」
俺が顔を上げた拍子に
思わずそこにあった美月の顔真正面を真っ直ぐ見つめてしまった。
きらきらと輝く瞳に桜色の唇…。
自分でも驚くぐらい真っ直ぐ見つめてしまってから
恥ずかしくなって思い切りそっぽを向く。
「え?そうだって…何が?」
美月は特に気にしている様子をみせない。
「いや…だから…その…あれだよ、あれ。
名前!」
「名前?」
「お前フルネーム“さとう みづき”だろ?
アイツ苗字が“みづき”なんだよ。
かぶるよな?」
そう言って観月のほうを目で指した。
「え?あの子も同じ“みづき”なの?」
「まぎらわしいよな。それに…お前の隣の席のヤツも同じ“佐藤”じゃねぇか…
お前のことなんて呼べばいいんだ?」
「あら?じゃあ美月って名前で呼んでよ。ねぇ、そこの!」
そういいながら観月少年の肩を叩く。
呼ばれてまたさきほどのような目をぎょろりと丸くして驚いた表情をしながら
観月少年が振り向いた。
「あなた名前なんていうの?下の名前」
「え?紫苑だけど?」
「紫苑?観月紫苑君ね?
じゃあ、日向君!彼の事は紫苑君って呼べばいいんじゃない?
ねぇ、紫苑君?」
「え?」
ちょっと戸惑いながら俺と美月を交互にみる紫苑。
「あ、ごめんごめん。こいつの名前、佐藤美月っていうんだよ。
同じ“みづき”だから紛らわしいって話を今しててさ…。」
「ああ…そうなんだ…。うん、紫苑って呼んでくれて構わないよ。」
そういいながら紫苑はニコリと微笑んでみせる。
「じゃあ紫苑な?でさ、俺らってどっかで会ったことなかったっけ?」
「え?日向君と?
う~ん…どうだろう…僕小学校ここじゃなかったし…
日向君は初等部もここ?」
「そうだよ。」
「僕の知る限りでは…日向君と会ったのは今日が初めてだと思うけど…なんで?」
思わず言葉に詰まる。
そっけなく否定されたからだ。
俺の6年以上積み重ねられた過去を。
「…いや…、よく似た人を知ってるから…さっきもその知り合いと間違えちゃって。
悪かったな?」
「ああ…そうだったんだ…それで花束を?」
「花束?」
美月の瞳が俺に問いかける。
「いや…だからさ、知り合いにすげー似てたんでその知り合いと間違えて花束
渡しちゃったんだけどさ…今分った。人違いだった」
「ふぅ~ん?」
なんとなく納得がいかないような顔をしながら美月は再び紫苑を見る。
「あ!椿ちゃん!!やった!!同じクラスになれたんだね!!」
紫苑の前の席に座るおさげの少女の肩をぽんと叩くと美月は俺らのそばを離れて行った。
で、俺ら二人取り残される。
「日向君は何処に住んでるの?」
紫苑だ。
「え?ああ…西金倉って分る?」
「うん分るよ。じゃあ通学はモノレール?」
「そう。一度応船に出てスカ線で金倉まで」
「そうなんだ。乗り換えって大変?」
「いやそうでもない…っていうか紫苑は?どこすんでんの?」
「僕はすぐ近所なんだ。だから歩いていけるよ。
でもバスも通ってるから楽したいときはバスかなぁ?」
「ふぅーん…」
とりとめのない会話の中にある何処かしら懐かしいあの風景…。
きっと目の前のこいつには全く想像もできないような世界を
俺だけが抱いているに違いない。
だが正直残念でならなかった…。
こんなにもそっくりなのに…別人だったなんて…。
いや…まぁ…期待しすぎた俺もいけないんだけど…だけど…
…だけど…。
と、降り注いだチャイムがその思考回路をさえぎった。
その後、生徒たちは体育館に移動し入学式を行った。
新しい中学生活の幕開け…。
観月の存在といい出だしから幸先いいスタートを切ったような気分になっていた俺。
だがしかし…
期待に胸を膨らませていた新しい中学校生活は
理想とは異なる方向へとねじ曲がっていくことになることを
この時の俺には全く想像する事が出来ないでいた。