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王妃教育と侍女と恋バナ




「ロゼリアお嬢様、今日は一体どうされたのですか? いつになくミスが多いですが」


 午後になり、私は家庭教師であるドルヴィ伯爵夫人から王家に連なるものとしての心得やマナーのレッスンを受けている。

 いわゆるお妃教育である。


 王太子の婚約者となってから、領政に関する勉強は全てなくなり、王室関連の勉強ばかりになってしまった。

 

 私は王妃にはならないので、はっきり言って時間の無駄だと思う。

 とはいえ、王宮の侍女長であるドルヴィ伯爵夫人の忙しい時間をもらっている手前無下にもできず、領主教育と同じくらい頑張っている。


 しかし今日はライルのことが気になって集中できず、些細なミスを連発していた。


「も、申し訳ありません。ドルヴィ伯爵夫人」

「いいえ。ロゼリアお嬢様は既に本来の予定より遥かに先の範囲まで修得していますし、無理をさせてしまい疲れが出たのかもしれません。今日はここまでにしておきましょう」


 ドルヴィ伯爵夫人はにこりと笑い、お茶にしましょうと侍女に伝えた。

 今までほとんど夫人に褒められたことがなかった私は、思わず目を丸くする。


「ロゼリアお嬢様は大変優秀です。そして侯爵家の後継教育を受けていたからでしょう、素地もありますし博識です。将来王宮に来られるのが楽しみですわ。きっと素晴らしい王妃になるでしょう」


「ド、ドルヴィ伯爵夫人。今日はどうされたのですか?」


 いつになく褒めそやされて、嬉しいよりも猜疑心の方が勝ってしまう。それくらい、普段は注意と叱責ばかりなのだ。

 そんな私に、夫人は茶目っ気たっぷりに片目をぱちりと瞑って見せた。堅物を絵に描いたような人だと思っていたけど、ウインクなんてできるのかと驚愕する。


「ふふふ、申し訳ありません。実はこれが私の本音なのですよ。

 王宮に入り王太子妃、いずれは王妃ともなれば、楽しいことばかりではなくむしろ辛いことの方が多いでしょう。それに耐えられるか、今までテストさせていただいていたのです。王妃殿下の命で」

「テ、テスト。それなのに、今私にそれを話してしまってよかったのですか?」

「ええ。ロゼリアお嬢様は文句なく王妃の器です。本日そのように王妃殿下にお伝えします。私の堅物演技も今日までですわ」


 この半年間のドルヴィ伯爵夫人の堅物ぶりが演技だったなんて信じ難いが、先程のウインクのこともある。本当にそうなのだろう。

 確かに王太子妃になるのであれば、家柄だけでなく人柄や能力についても事前に調査すべきだ。

 それにしてもまさか王妃様が直々に動いていたとは。

 

 しかし、こんなことなら真面目に王妃教育を受けるんじゃなかった、と心の中でため息をつく。

 もし王妃の器でないと判断されていれば、王太子とヒロインの出会いを待たずに婚約を解消できていたかも知れないのに。

 もちろん相手がライルなら、血を吐くまでそれに見合う努力をしてみせるが、王太子相手では全く努力する気力が起こらない。


「浮かない顔ですね? 王太子妃になれることがほぼ決定したと言うのに」

「いえ、ちょっと、色々と考え事をしてしまって」


 今からでも暴れたらその決定は覆るだろうか、と本気で考えているうちに、ティータイムは終了してしまった。







「マキア、ライルはどうしてる?」

「そういえば見かけませんね。いつもお嬢様の授業の際は必ず一緒にいるのに……」


 伯爵夫人を見送り、自室で紅茶を嗜んでいるが、ライルの姿はない。

 昼食のときも、後ろについていてくれたものの笑顔がなかったライルのことが気になって仕方がなかった。


 確かにライルの言う通り、主従の関係なのに一緒のベッドに寝るなんて、懲戒免職もあり得ることだ。

 私の命にかけてもライルのことは守るけど、無駄に心労をかけてしまったと、早くもあの提案を後悔しはじめていた。


「ああ!そういえば、昼過ぎにマリウス様やエディル様と一緒にいるのを見ましたから、午後からの会議に参加しているのかもしれません」


 マキアの言葉に、なるほどと納得した。

 私も十五歳になったら参加してもらうとお父様から言われていた、侯爵家の当主夫妻及び家令を筆頭とした上級使用人だけの会議だ。

 最も、私はその前に王太子と婚約してしまい、後継ではなくなったので、会議に出られなくなってしまった。


 ライルはまだ従者だから上級使用人ではないが、私の専属ということを考えれば会議に出ても不思議ではない。

 どちらにしても、優秀なのは周知の事実なので、いずれ会議に参加することになるだろう。

 今日はその見学のようなものかもしれない。


「ライルはすごいですよね。十三歳で専属従者なんて! まぁ仕事ぶりを見れば納得できますが。顔も綺麗ですし、ほんとに羨ましいというか」


 マキアが溜息をつきながらこぼした。

 やはりライルは侍女からも人気があると分かり、不安になってしまう。


「マキアもライルが好き?」

「え? いえ、恋愛対象としては見てませんよ。十三歳なんて子供じゃないですか!

 私は年上に憧れているんです。そう、マリウス様のような……」


 マキアはうっとりとした表情を浮かべた。

 二十歳になったばかりのマキアに対して、マリウスはもう六十歳近いはずだ。年上といっても上すぎやしないだろうか。


「というか、お嬢様。今、マキア()と仰いましたよね?」


 マキアににやりと笑われて、思わず顔が赤くなる。

 完全に墓穴を掘ってしまった。ライルがいないことで、私は相当気が抜けているか、動揺しているらしい。


「……マキアは、もう気づいてたんでしょう? 私がライルを好きだって」


 仕方がないので開き直り、口を尖らせると、マキアはくすくすと笑いながら言った。


「いえ。弟のように可愛がっているのだと思っていました。

 普通、お嬢様くらいの年だと、年下の男の子なんて子供にしか見えないでしょう? むしろエルンやマッカスの方が恋愛対象になりそうです」


 エルンとマッカスは二十代前半の侍従だ。いつも侯爵家のために働いてくれていることに感謝しているが、もちろん恋愛感情を持ったことはない。

 私がドキドキしたり、切なくなったりするのはライルのことを考えているときだけなのだ。


「あまり年齢は気にしてないかなぁ……。もしライルが二十歳でも三十歳でも、ライルが好きだと思うから」


 マキアの気持ちが分かった気がする。確かにライルなら六十歳でも格好いいだろう。


「お嬢様……かわいいです!」


 目をキラキラさせたマキアは、本当にライルが好きなんですねと微笑んだ。

 主人が従者に恋心を抱いているなんてご法度なので、信頼しているマキアといえど、何も言われなかったことにホッとする。

 さすがに本気で結婚するつもりだとは思われていないのかもしれない。


「それにしてもライルは今日なんか変でしたよね。上の空というか、にこりともしないし。朝は普通だったのに」


 マキアの鋭い指摘にどきりとする。私のせいでライルが仕事に身が入っていないなどと思われるのは論外なので、慌てて口を開いた。


「それは、私がその、ライルに無理を言っちゃって。それで……」

「無理ってどんなことです? お嬢様が言うことならライルは何でも叶えそうですけど」

「えっと……ちょっと面倒臭い用事を押し付けたというか……」


 流石に一緒に寝てとお願いしたとは言えないので、適当に誤魔化す。

 何も知らないマキアは、それを聞いて明るく笑った。


「そんなこと! お嬢様になら、私だって面倒臭い用事を押し付けられるのは大歓迎ですよ! 私たちはそれが仕事でもありますし」


 それを聞いて、改めて従者に恵まれたことを心の中で感謝していると。

 ふと、私がライルの立場だったらという考えが脳裏に浮かんだ。

 その瞬間、私はライルに言った言葉を思い出し、取り返しがつかないほどとんでもないことをしてしまったという事実に、ようやく気づいた。




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