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恋愛初心者は段階をすっ飛ばす




 目が覚めるとベッドにいた。


 昨日ライルを待っている間にソファで学園の情報収集をしていたら、気づかないうちに眠ってしまっていたようだ。

 ベッドにいたということは、寝ぼけて自分で移動したのだろうか。

 楽しみにしていたライルとの就寝前のひとときを逃してしまったことに気づき、ため息をつく。


 もそもそと起き上がり、寝衣を整えていると、突然妙案が閃いた。

 令嬢としてあるまじき行為だが、ライルに女性として意識してもらえる可能性が高く、しかも自分も嬉しいという一石二鳥の名案だ。


 顔を洗うと、専属侍女のマキアを呼んで身支度を整える。今日は初夏らしい淡い水色のドレスにした。

 部屋を出ると、廊下で待機してくれていたライルと目が合い、心臓が高鳴る。


「お嬢様、おはようございます。今日のお召物もとてもお似合いです」


 ライルの美しい笑顔に朝から目眩がした。天使が降臨している。

 私の眩しそうな様子を見て、マキアがからかうように笑った。


「お嬢様ったら、相変わらずライルのことがお気に入りですね」

「うん。ライル大好き」

「ありがとうございます。僕もお嬢様が大好きです」


 勇気を出して大好きと言ってみたものの、ライルの強烈なカウンターをくらい、嬉しすぎて一瞬呼吸が止まった。

 そして当の本人はいつもの笑みを(たた)えたまま、全く表情を崩さないのだから、主従関係を超えることの難しさを痛感してしまう。

 なんとしてでも今日の作戦を実行して、異性として意識してもらわなければならない。


「ライル、あの、ちょっと話があるから、後で私の部屋に来てくれる?」

「僕にですか? では、朝食のあとにお伺いしますね」


 おずおずと話しかけると、ライルは一瞬不思議そうな表情をしたものの、すぐにふわりと微笑んだ。

 首を傾げた際にミルクティー色の綺麗な長い髪がさらりと落ちて、控えめに言って尊すぎる。


 今日は午後から家庭教師が来る予定で、午前中はフリーだ。

 朝食のあとは自由に過ごし、いつもなら庭園を散歩したり、邸内の図書室で本を読んだりしている。


 早めに朝食を終え、自室でお茶の用意をしながらライルが来るのを待った。

 今日話す内容は誰にも知られたくないため、マキアにはライル以外誰も近づけないようにと言ってある。

 マキアは私がライルを好きなことに気づいていると思うので、これで安心のはず。


「お嬢様、ライルです」


 いつもの柔らかなノック音と声音に、背筋がぴんと伸びた。

 慌てて部屋の中に入ってもらうと、「厨房で貰ってきました」と箱に入ったお菓子を見せてくれる。

 シュークリームのような形にチョコレートがかかっていて美味しそうだ。

 内緒ですよ、と言うように人差し指を口に立てるライルもすごく魅力的で、今からする非常識なお願いに、嫌われないか不安になってくる。


「来てくれてありがとう。えっと、まずはお茶を淹れるね! お母様からのいただきもので、とっても美味しい紅茶があるんだ。ライルが持ってきてくれたお菓子にも合うと思う」

「お嬢様、紅茶を淹れるなら僕が」

「ううん! ライルは座ってて! 今日は私がおもてなししたいの。そこのソファに座って? 大丈夫、この部屋には誰も入れないようにマキアにお願いしてあるから」


 そんな訳には、と言い募るライルにの背中を押し、ソファに座らせる。

 ライルに比べたらまだまだだが、自分なりに丁寧に紅茶を淹れた。それなりに美味しくできたと思う。


「このお菓子、美味しいね」

「お嬢様が淹れてくれた紅茶の方が美味しいです」


 ただ紅茶を飲むだけのライルの所作はとても上品で、思わず見惚れてしまう。

 しかし見惚れてばかりもいられない。私は切り出し方を何度も頭の中で反芻した。

 気付けばどちらも何も言わず、紅茶をこくりと飲む音だけになっていて、私が話し始めるのを待ってくれているのだと気づく。

 私は意を決して口を開いた。

 

「あの、お願いがあって。今日、ライルに私と一緒に寝て欲しいんだ」


 そう、これが私が思いついた妙案である。


 通常は主従の関係で同衾などあり得ない。しかも低年齢同士というわけでもないし、ここまで言えば私が主人から従者として以上の好意があることに気付くかもしれないが、背に腹は変えられない。

 ライルも一緒のベッドに入れば、少しは女の子だと意識してくれて、上手くいけばドキドキしてくれたりするかもしれない。

 もちろん私の方がドキドキするに決まっているけど。

 とは言えもちろん天使には指一本触れたりはしない。本当に一緒に寝るだけのつもりだ。

 ただ寝顔は至近距離で見たいです。許してください神様。


「…………。理由をお聞きしてもいいですか?」


 一瞬の間があったあと、ライルは真っ直ぐにこちらを見て言った。

 ここが正念場だ。


「もうすぐ、私は学園に行って、今までみたいにライルと一緒にいられなくなるでしょ? だからその前に、ライルと思い出をたくさん作りたくて。一緒にベッドに入って、眠るまでライルと色んな話をして、主従の関係じゃなく……と、友達みたいに。ダメかな?」


「友達は一緒のベッドで寝たりしませんよ。まして僕は従者ですから、懲戒処分にもなり得ます」


「大丈夫! いつもライルは夜、飲み物を持ってきてくれるでしょ? その時にそのままこの部屋で寝たらいいんだよ。寝間着も今のうちに準備して。朝も、私がマキアを呼ぶ前にライルを呼んだことにすれば、絶対誰にもバレないと思う」


 ライルの蜂蜜色の瞳が揺れる。もう一押しだと思った。


「それに、万が一誰かに知られちゃったら、私が責任を持つから! 言うこと聞かないと解雇するとか言って、無理矢理一緒にいさせたことにするから! ……お願い」


 もちろん強制するつもりなんてないけど、いざとなればそう言えば、お嬢様の我が儘に付き合わされたということにしてもらえるはずだ。

 さすがにライルが大人の男の人だったら無理だけど、十三歳だし、ライルは周りからの信頼も厚いから大丈夫。


「……お嬢様、僕は男です。それでもいいですか?」


 もちろん知っている。ライルが男の子なのは分かっているから、今度は私を女の子だとライルに意識して欲しいのだ。

 こくこく頷くと、ライルは右手を顎に当て、テーブルを見つめて、何かを考えているようだった。


 いつもにこにこしているから、こんなに真面目な顔をしているライルは珍しい。彫刻のように整った、綺麗な横顔を見つめた。

 そしてふと、この話を始めてからライルが一度も笑っていないことに気づき、やはり主人からの提案だから強制だと捉えられているのではと不安になる。


「あの、もちろんライルが嫌だったら、断っていいんだよ。無理なお願いなのは、私も充分分かって……」

「いえ。では今夜、お伺いします。準備をして参りますので、これで」


 言いかけた私を遮るように話を締めると、ライルは紅茶セットを持って私の部屋から退出してしまった。


 最後まで笑わなかったライルに、こんなことをお願いしてやはり気分を害したのではないかと、どうしようもなく不安になる。


 でももう約束してしまったのだから、頑張るしかない。


 私は少しでもライルに可愛いと思ってもらえるよう、クローゼットを開けて夜着を選び始めた。




読んでいただき、ブックマークもつけていただき、本当にありがとうございます!


明日からは毎日1〜2話ずつ投稿できればと思います。


もしライルとロゼリアを応援しようと思っていただけたら、スクロール下の星で評価をつけていただけると、むせび泣いて喜びます…!!

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