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従者の幸せで不幸な日々 ※ライル視点




 リディウス侯爵家での日々は充実していて、特にお嬢様の傍にいられる幸せは何ものにも代え難いものだった。


 お嬢様は高位貴族でありながら、邸に商人を呼ぶのは好きではなく、よく馬車で王都のメインストリートまで買い物に出かけた。その時はお嬢様の希望もあり、必ず僕も一緒だった。


 侯爵家の領地は広く、国の宰相である侯爵様の俸禄もかなりのものである。

 よってお嬢様の自由にできるお金は、貴族令嬢であることを踏まえても常識を超える範囲だったが、お嬢様はドレスや装飾品を際限なく買うようなことは一切なく、必要十分に留めていた。


「こっちとこっち、どっちにしようかな……」

「どちらもとてもお似合いですよ。両方購入されてはいかがですか?」


 今日は侯爵家で行われる奥様主催のガーデンパーティー用のドレスを見に来ている。お嬢様は主催者の娘として、充分に見映えする装いをする必要があった。

 珍しく悩むお嬢様が可愛くて、思わず頰が緩む。


「だめだよ、私のお小遣いはお父様や領民が頑張って働いてくれているお金だもん。本当に必要な分だけ買わなきゃ。ライルは私に甘すぎ!」


 ドレスの細かな装飾を見るためしゃがんだお嬢様が、僕を見上げ、頬を膨らませた。

 お嬢様は僕の前でだけ、砕けた言葉遣いや令嬢らしからぬ表情をする。そんなお嬢様をすごく愛しいと思うし、どんな表情も可愛いと思う。

 そして時折見せる大人びた表情や言葉は、自分が仕えていることを誇らしく感じさせてくれた。


「お嬢様は本当に素晴らしいですね」

「えっ!? そんなことないよ、その、いろいろ職権濫用とかしてるし」


 お嬢様は赤くなって俯いた。

 職権濫用? 僕が仕える前の話だろうか?

 思い当たることがなく首を傾げていると、お嬢様は慌てて「そんなことより!」と二つのドレスを僕の目の前に持ってきて、片方ずつ自身の身体に合わせた。


「ライルは、どっちがいいと思う?」


 正直お嬢様に似合わないドレスなどこの世にないので、どちらでもいいと思う。それでも、選ばせてもらえるならなるべく露出の低いものを、と首元までレースが上品にあしらわれているものを選んだ。

 それを受けてお嬢様はあっさり僕の選んだドレスをお針子に渡した。とても嬉しいが、そんなに簡単に決めていいのだろうか。


「お嬢様、女性の服飾については、僕より専属侍女マキアの意見を聞いた方が確実かと思いますが……」


 僕が戸惑いながら意見すると、お嬢様は少し頬を赤くして答えた。


「……マキアはもちろん優秀だけど、私は世間一般に評価されるよりも、その……ライルにとって魅力的に映る方が、大事だから」


 そんなことを言われて、一気に顔が赤くなる。これを言われたのが僕じゃなかったら、完全に勘違い男と化しているだろう。

 お嬢様が僕を従者として以上に、まるで弟のように大切に思ってくれているのは知っているけど、それは恋愛感情じゃない。勘違いするな。

 自分に言い聞かせるが、それでも顔の熱は引かない。お嬢様に気づかれないように、そっと顔を背けた。


 お嬢様の僕への特別扱いはドレス選びだけでなく至るところで発揮されるようになり、僕は自分の立場を省みるのに必死だった。

 気を抜くとお嬢様に告白したい、触れたいという欲が溢れそうになるので、ギリギリの精神で抑え込む。

 僕の年齢でここまで自制心を鍛えられている奴はいないだろう。


 精神鍛錬のため、侯爵家の護衛騎士に頼んで護衛術を教えてもらうようになったのもこの辺りだ。

 表面上は、お嬢様と邸の外に出ることが多いから自分もある程度の護衛としての心得を持っておきたい、ということにした。

 もちろん本心でもあったが、それ以上に、お嬢様に対する気持ちを何か他のものにぶつけないと、何かに集中しないと、自分がどんな言動をしてしまうか分からないくらい僕は気持ちを抑えることが難しくなっていた。


 年齢や背丈を鑑みて、護衛騎士は剣術より体術、特に相手の力を利用した反撃方法などを教えてくれた。

 それは僕にとってさほど難しいものではなく、すぐにマスターすることができた。


 いざと言う時の為、相手を殺傷する方法も教えて欲しいと頼み込むと、やはり初めは渋っていたが、侯爵様の許しがあること、お嬢様を守りたい一心であることを天使の皮を被って説明し聞き入れてもらった。

 侯爵様には、お嬢様の為にも色々なことを学びなさいと言われているので嘘ではない。



 ──そうして忙しい日々を過ごすことで、お嬢様の傍にいてもなんとか心の平静を保ち、自身の表情を自在に操れるようになった頃。


 十三歳になった僕は、マリウス様のお墨付きを受けて、正式にお嬢様の専属従者となることを許された。

 これまでの仕事内容もほぼお嬢様の専属のようなものだったが、正式に専属となると自身の気持ちも周囲からの扱いも全く変わってくる。

 何より従者見習いの子供ではなく、一人前の侍従として認められたということだ。

 十三歳でそのような扱いをしてくれることに信じられなかったが、それほど期待されているのだと思い喜びに胸が震えた。


 最初に報告したくてお嬢様を探していると、薔薇園で噴水を眺めて佇んでいる姿を見つけ、声を掛けた。

 振り返ったお嬢様の泣き出しそうな表情は、今でも忘れられない。


「……王太子様と婚約することになったの」


 お嬢様の言葉に、頭を殴られたようなショックを受けた。

 お嬢様は一人娘であるため、将来は婿養子を取り、侯爵家を継ぐはずだった。

 僕は従者だから、お嬢様と結婚などできない。それでも、傍に仕えるものとしてずっと一緒にいられると思っていたのに。


 王宮に行ったら二度と会えなくなるかもしれない。

 お嬢様は決して嫌だとは口に出さなかったが、表情と目に溜まる涙を見れば、その婚約が望んでいるものではないことくらい、痛いほど分かった。


 頭の中を口には出せないようなさまざまな策謀が巡ったが、それでも最終的には『自分にこの婚約は覆すことはできない』という結論に辿り着くしかなかった。


 何もできない自分が不甲斐なくて、悔しくて、腹立たしくて。


 目の前が真っ暗になり、専属従者と認められたことなど頭から消え去っていた。




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