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全てはお嬢様の一番近くにいるために ※ライル視点


ライルを天使だと思ってくださっている方がいましたら、大変申し訳ありません。






 近頃、お嬢様の様子がおかしい。不自然に僕に声をかけたり、恋愛関係の質問をしたりする。


 昨年、あの忌々しいクソ王太子との婚約が決まってから、結婚や恋愛といった話は一切しなくなっていたのに。


 お嬢様に話しかけられたり、異性としての質問をされることは正直非常に嬉しい。しかしその真意を考えると喜んでばかりもいられない。

 お嬢様のことだから、せめて僕には望んだ恋愛をと、お嬢様のお眼鏡に叶った相手をあてがおうとしている可能性さえある。

 もしそうだったらさすがに苛立ちを隠すことができなくなりそうなので、追及するのはやめているが。


 一日の仕事を終え、雇用人用の自室へ戻ると、ようやくほっと息をついた。

 侯爵様は専属侍従を何名も持っているが、お嬢様は現在僕と専属侍女のマキアの二名だけということもあり、この年齢にして一人用の個室を与えてもらっている。

 それは非常にありがたいことだった。天使の皮を被り続けるのはひどく疲れるからだ。



 ふと、リディウス侯爵邸に来て二年が経っていることに気づいた。


 三年前、父に連れられて初めてこのやしきに足を踏み入れたときのことを思い出す。

 代々リディウス家に仕えるガーナ家に生まれた僕は、定められたように幼少期から侍従としての知識・教養を学んでいた。

 十歳になり、将来仕える主人に挨拶をと、初めて入ったリディウス家は荘厳で、本当に自分がこんな場所で仕えることができるのかと不安になった。


 しかし、その不安はお嬢様に会った瞬間なくなった。


「ロゼリア・リディウスと申します。よろしくね。お父様、この子はいつ家に来てくれるの? 早く一緒に遊びたいな」


 ロゼリアという名前がよく似合う、淡い薔薇色の瞳の美しい少女に、一瞬で恋に落ちた。

 お嬢様は侯爵令嬢で、本来自分なんて視界の隅にも入らないような遠い存在なのに、一緒に遊びたいと、早く家に来て欲しいというようなことを言ってもらえるなんて、信じられなかった。


「ね、大人のお話はつまらないから、あっちで一緒に遊びましょ? すごく綺麗な薔薇園があるの! 噴水もあってね……、ふふ、噴水にいっぱい薔薇の花びらを浮かべて、お父様をびっくりさせたいんだ」


 最後の台詞だけ耳元で囁くと、パッとお嬢様は僕の手を引いて駆け出した。今までにないくらい、心臓が早鐘のように打ったのを覚えている。侯爵様も父も何も言わず、僕たちを微笑ましそうに見つめていた。


 薔薇園にある噴水の周りに、薔薇の花びらをせっせと散らしていると、あっという間に噴水は薔薇色に染まった。お嬢様は嬉しそうに手を叩き、僕の作業が早いと褒めてくれた。


「……あ、申し訳ありません、申し遅れましたが僕はライル・ガーナと申します。執事のエディル・ガーナ、メイドのセリア・ガーナの息子です」


 ふと自己紹介すらしていなかったことに気づき、慌てて頭を下げると、お嬢様はくすくす笑って言った。


「知ってる。エディルからもセリアからも、よく聞いてたの。ずっと会えるのを楽しみにしてたんだ。でも、こんな綺麗な子だったなんて知らなかった!」

「ありがとう、ございます。僕なんて、……お嬢様の方が、ずっと綺麗です」


 お嬢様が僕を知っていてくれて、会えるのを楽しみにしていたと言われて、嬉しくて仕方がなかった。

 容姿はそれなりに褒められることがあったけど、お嬢様の美しさを前にすれば路傍の小石でしかない。

 それでもお嬢様に気に入っていただけてよかったと、自分の容姿に初めて感謝する。


「ライルの方が綺麗だよ! 髪の毛はミルクティー色だし、瞳も蜂蜜色で、とっても綺麗」


 お嬢様にそう言って見つめられて、自分の顔が熱くなるのを感じた。

 顔が赤いのはわかっているから、見られたくなくて顔を伏せた。


 ミルクティー色って。ただの薄茶色だし、よくある色だ。瞳だって、だいだいがかった暗い黄色。それなのに、蜂蜜なんて。

 そんな風に綺麗に、お嬢様には見えているのだろうか。


 その後は、家に帰っても、何をしてもお嬢様のことが頭から離れなくて。

 数日後、意を決した僕はお嬢様付きの従者になりたいと父に懇願した。

 翌日から今までの勉強に加えて、令嬢付きになるために必要な専門知識を学ばせてもらえるようになり、それこそ血を吐く思いで勉強した。


 一年後、父からはまだ早いと言われていたが、リディウス家の執事長で家令でもあるマリウス様と面接の機会を設けてもらい、侯爵様の許可もあって、無事従者見習いとして仕えることになった。


 従僕として現れた僕を、お嬢様は目をキラキラさせて歓迎してくれた。

 自分専用の従者にする! と侯爵様に言っているのを偶然聞いてしまって、今までの努力が全て報われた気がした。



 当然使用人の中で最年少だった僕は、周囲から認められるよう、何よりお嬢様に一人前の従者として扱ってもらえるよう、寝る間も惜しんで仕事を覚えた。

 マリウス様にエディルより才能があると言われたけど、才能でもなんでもなくただの努力だ。

 お嬢様の傍に仕えたい一心だった。


 お嬢様は一人娘なので、一般的な令嬢としての教育の他に、リディウス家の後継としての教育もあり、忙しい毎日を送っていた。


 お嬢様が快適に勉学に励めるよう身の回りのサポートをしながら、家庭教師の授業内容は全て自分も頭に入れた。

 何かあったときに助力できるように。

 お嬢様付きの従者として一日のほとんどを一緒にいることができたので、そんなに難しいことではなかった。


 お嬢様はまだ社交会デビューはしていないので、社交といった社交はしていなかったが、母であるリディウス侯爵夫人主催のお茶会は時々参加していた。


 稀にお嬢様と同じくらいの年齢の令息も参加することがあり、ほぼ全員がお嬢様を下心満載の目で見るので何かと理由をつけて引き離した。

 躾のなっていないオスガキどもの中には、お嬢様に近づきたいあまり、からかってみたりわざとぶつかって来たりと幼稚な行動をとるバカもいる。

 内心本当にこの場から、というかこの世から排除したくて仕方がなかったが、なるべく奴らの視界にお嬢様が入らないよう努めるにとどめた。


 そしてそのクソガキどもの存在が良い面に働いたこともある。

 そういうことが重なってお嬢様が徐々に男嫌いになったことと、唯一僕のことだけは天使と言って変わらず接してくれたことだ。

 むしろ以前より距離が近くなったかもしれない。


 お嬢様が僕を純粋で無垢な生き物だと思っているのは知っていたし、僕自身そう思ってもらえるように振舞った。


 男として見てもらえない辛さより、ずっと一緒に、一番近くにいられることの方が何倍も大事だった。




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