従者は作戦を変更する
「ライル。まさかの展開だよ。どうしよう。リーナが王太子に全く興味ないみたい」
帰り道の馬車の中、ライルと肩を並べながら、私は頭を抱えていた。
考えてみれば、兆候は今日の昼食の時からあった。
リーナは王太子や私の話に笑顔で相槌を打ってくれていたが、自分から話をするようなことはなく、昼食が終わればすぐに教室に帰って行ってしまったのだ。
突然高位貴族や王族に囲まれているのだから相当気を遣うだろうしそうなっても仕方がない、もう少し時間が経てば慣れてくれるかもと期待していたが、その期待は無惨にもすぐさま打ち砕かれた。
教室に戻ると、リーナはラックバック公爵家の令息と満面の笑顔で話をしていたのだ。
それは昼食時の王太子に対する態度とは明らかに違うもので、鈍い私でも好意が見てとれた。
しかも公爵家なんていう、王家を除けば最高爵位の令息とあんなに懇意に話せるのだから、お昼の時は遠慮していたのではなく、本当に楽しくなかったのだと認めざるを得ない。悲しい。
そういえばリーナは可愛いし性格もいいが、元々控えめで少し恋愛には疎い子なのだ。悪役令嬢から虐げられることがなければ、当然王太子に窮地を救われることもないため、王太子からの好意に気づいたり、王太子に好意を持つことはないのかもしれない。
さらに問題は王太子の方にもある。彼は可愛いリーナに恥ずかしくて声をかけられないらしく、ひたすら私の方を見てくるし、私にばかり話題を振るのだ。
最終的にはリーナの目の前で私をデートに誘いだしていた。まだリーナと恋人になってもいないのに、やきもち作戦は流石に早すぎる。むしろリーナが自分に興味がないのかもと勘違いしてしまうかもしれない。
王太子はそれなりに女性経験がある設定だった気がするが、一体どうしてしまったのか。
とにかくそんな惨状で、王太子とリーナをラブラブにする作戦は完全に破綻している。
私は二人を引き合わせさえすれば全てがうまく行くと思っていたので、全く策も何も練っていない。もはやどうしていいか分からなかった。
自分の考えの甘さを反省しながら、ことの次第を全て話すと、ライルは顎に手を当て考える表情をした。
この表情をするとき、ほぼライルの思考は固まっている。その思考をどう私に伝えようか考えているのだ。
本当にライルが味方で良かったと、その表情を頼もしく思いながら私はライルの綺麗な横顔を見つめた。
「……お嬢様が覚えている限りでいいのですが、小説でリーナ嬢に思いを寄せている人物は王太子以外にいませんでしたか?」
「え? えーと、確かいたよ。王太子の取り巻きみたいな感じで、ロゼリアの悪事を暴く協力もしてたはず。……何人いたかな、二人か三人か……」
多分その一人があの側近のウィルシュ・ザッカスだと思う。他にもいるはずだが、名簿一覧を見ても思い出せなかった。自分のポンコツ頭が呪わしい。
「今日リーナ嬢が教室で話していた、ジェイク・ラックバック公爵令息もそうではありませんか?」
「うーん、ジェイク……ジェイク……そうかも……」
何しろ少なくとも十五年以上前に読んだ小説で、しかもその十五年間は別の人間として全く違う常識の中生きてきたのだ。前世で読んだ一小説の登場人物まで全て覚えていられるわけがない。
「たぶんとしか言えなくてごめんなさい……。でもジェイク・ラックバック公爵令息は騎士団長の息子でもあったよね? 立場的にも、可能性はかなり高いと思う」
事前に王妃教育を受けていて良かった。重要貴族の情報は全て頭に入っている。
「小説の中でロゼリアは悪事を断罪されて王都追放に処されたけど、王太子が筆頭に動いていたとは言え、リディウス侯爵家を調べるのはかなり大変だったと思うんだ。下手をしてお父様の機嫌を損ねたら、中立派だった侯爵家が貴族派に転じちゃうかもしれないでしょ。そうなると一気にパワーバランスが崩れて王家は不利になるから。
つまり王家ではなく、しかも侯爵家より高い地位で、自由に動ける人物の協力者がいないと難しい。そう考えたらジェイク・ラックバックは最適の人物だよね」
「さすがお嬢様です。僕もそう思います」
私が考えながら意見をまとめると、ライルはにっこり笑って頭を撫でてくれた。ちょっと子供扱いされている気がするけど、素直に嬉しい。
「でも、なんで急にそんな話を?」
「以前から気になっていたからです。リーナ嬢の行動は不可解というか……、少なくとも単なる一般庶民の行動ではない。それで気をつけて見ていたのですが、今日の昼休憩時の行動と、今のお嬢様の証言で確信を持ちました」
「確信?」
「はい。おそらく彼女にも、お嬢様と同じように前世の記憶があり、この小説の内容を知っています」
ライルは無表情で淡々と話しているが、私は驚きすぎて声も出なかった。
確かに私のような前例がいるのだから、他にも同じような転生者がいたっておかしくはない。
「全く接点がなく、しかも身分差も甚だしいラックバック令息にわざわざ話しかけに行ったのは、彼が小説内で自分に思いを寄せていたことを知っていたからでしょう。そうでもなければ平民が公爵令息になど声をかけられるはずもない。おそらく王太子の気を引くことができなかったため、彼に鞍替えをしたと予想されます」
「……」
どうしようライルの頭の回転が早すぎてついていけない。
それに、確かに辻褄は合っているけど、あの天使のように優しく可愛らしいリーナが、そんな打算的な行動をとるだろうか。
「でももしそうだとても、王太子を諦めるのが早すぎるんじゃないかな……? まだ数回しか話していないし。まあ確かに王太子はちょっと……いやかなり、女の子の気持ちが分からないような態度を取ってはいたけど」
「というと?」
「恥ずかしいのか、全然リーナの顔を見ないし、話しかけやすい私にばかり話題を振ったり。嫉妬させるためにリーナの目の前で私をデートに誘ったり。なんか行動全てが裏目に出ている感じで……」
「ふ……っ、ははっ、そうですか。へえ」
堪えきれないように笑い出したかと思えば、ライルは嬉しそうに私の顔を覗き込んだ。
「今までお嬢様のこの鈍感さにどれだけ鬱々とさせられたか分かりませんが、相手が別の男となると、こんなにも楽しく頼もしいものなんですね」
「えっ?」
「いえ。確かに想い人への行動が全て裏目に出ていますね、王太子は……ははっ」
ライルはまた楽しそうに笑い出した。なんだか釈然としないが、こんなライルはなかなか見れないので良しとする。
心のシャッターを切っていると、ライルはふと笑うのを止めてこちらに向き直った。口の端に薄い笑みを浮かべている。
「まあ、王太子にお嬢様を渡したりなどしませんから、安心してください。作戦を移行しましょう。もうリーナ嬢とは関わらなくて大丈夫です」
「ええ!?」
「リーナ嬢がこのままラックバック令息と懇意になるかは知ったことではありませんが、とにかく王太子とどうこうなる気はないようですから、彼女を作戦に関わらせる必要はありません」
「そうだけど、でも、彼女も一人で心細いはずだし……」
「お嬢様より高位貴族の、しかも男性と仲良くしているのだから大丈夫ですよ。では今後の作戦を話しますね」
ライルはふわりと美しい笑みを浮かべた。
久しぶりのその純粋な笑顔にときめきつつ、私はその天使のようなかんばせから語られる恐ろしい作戦に冷や汗を流したのだった。




