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もう一人の転生者 ※リーナ視点



「ああもう、本当に面倒!」


 リーナ・メイビスはベッドにダイブすると、枕を思い切り殴りつけた。


 学園に付属している寮は、学園生であれば誰でも入寮できることになっており、主に遠方の貴族が利用している。

 市井から通う気などなかったリーナも当然入寮願いを出し、晴れて自室をもらっていた。


 本来であれば高位貴族しか一人部屋は与えられないが、平民であるリーナと同室になるのをどの貴族令嬢も嫌がったらしい。

 それに関しては苛立ちを隠せないが、結果的に一人で二人部屋を使えているのだからよしとしようとリーナは思っていた。


 そもそもヒロインという立場に転生できたのだから、平民であることは甘んじて受け入れなければならない。

 それに、小説通りならリーナは卒業後皇太子妃になるのだ。今は見下している貴族令嬢たちにもそのうち仕返しができる。

 そう思っていたのに。


「完全にロゼリアが悪役じゃなくなってるじゃない……! あのライルって奴、本当に鬱陶しい!!」


 何かがおかしいと気づいたのは一般公募試験の時。

 本来であれば『あの人』の手引きのおかげで、リーナは試験など受けずに入学できるはずだった。

 それが、もう一人平民が一般公募試験を受けることになったからと、急遽リーナも試験を受けさせられる羽目になったのだ。


 リーナには生まれた時から前世の記憶があった。そのおかげで小説の内容を細かく把握しており、その知識を使って何とか試験に合格することができたけれど、合格すれすれの点数だったらしい。


 一方、もう一人の一般公募入学候補者はほぼ満点を取り、本来ならばリーナが受けるはずだった特待生枠に収まっているという。


 その話を聞いたとき、リーナは確信した。

 「私の他にもう一人転生者がいる」と。


 その転生者は名もなき平民に生まれ、小説内ではモブだったのに、前世や小説の知識を駆使して貴族学園入学まで漕ぎ着けたに違いなかった。

 一般公募制度なんてヒロインのためだけにあるような制度を、ただの平民が知っているはずはないのだから。


「だけど不幸中の幸いだわ……! 転生者が男なら、少なくとも王太子との結婚を狙っているわけじゃない」


 今日ようやく分かった転生者の正体は、ライル・ガーナという悪役令嬢の邸に仕える従者らしい。

 ロゼリアが小説とは全く違う性格になっているのも、あの男が何かをしたのだと思えば納得がいく。

 おそらくそのままにしていれば従者としてロゼリアに虐め殺されるため、現代の心理テクニックやら何やらを使って幼少期のうちに改心させたのかもしれない。本当に余計なことをしてくれる。


「私は何としてもレンド様と結婚するんだから……! そして王妃にならなきゃ、何のために今まで平民生活を我慢してきたのか分からないじゃない……!」


 ヒロインに転生したと分かったときの嬉しさは例えようもなかった。

 あの美しく精悍な王子様と結婚できることも、平民から王妃になるというシンデレラストーリーも。

 そのためならロゼリアに多少虐められたところで、全く問題ないと思っていたのに。


 ロゼリアは虐めをしないどころか、身分を全く気にしない人格者に生まれ変わってしまっていて、このままでは王太子が彼女と婚約破棄することはあり得ない。


 それでは困るのだ。しかしどうしたらいいのかも分からず、リーナは考えあぐねていた。


 せめてロゼリアの方が転生者ならまだ良かった。一番の問題はあの従者が転生者だということだ。

 何しろ目的が不明なので気味が悪い。


 ただ従者として平穏無事に過ごしたい?

 いや、それならロゼリアを改心させるだけで良かったはずだ。わざわざ学園に入学して来た時点で、何か目的がある。


 地位? 名誉? 領地や金? それとも、そのどれでもない?


 何を考えているのか分からなければ、うかつに行動を起こすこともできない。

 相手の目的が分からない以上、自分が転生者だと知られるのもまずい。


「とにかく、あのライルって男にそれとなく接触しないと…! 大丈夫、平民同士なんだから話しかける理由なんていくらでもあるわ」



 そう思っていたものの、翌日リーナは自分の考えが甘かったことを思い知ることになった。

 思っていた以上に、いや、全くライル・ガーナと接触する機会がないのだ。


「リーナさん、良かったら一緒にお昼を食べない? 王太子様もご一緒なのだけど、ぜひ」

 

 こちらもこちらで何を考えているのか全く分からないロゼリアが、やたら休憩時間に近づいてくる。

 もしもロゼリアが本当に人格者になったのだとしたら、平民のリーナがいじめられないように自身や王太子と繋がりを持たせようとしてくれているのかもしれない。


 またライル・ガーナに接触する機会を奪われたと思いつつも、リーナはこの誘いを好機だと捉えた。

 小説では王太子はリーナに一目惚れするはずで、容姿が好みであることは間違いないのだ。

 昨日はあまりのロゼリアの変貌に驚いてそれどころではなかったが、王太子を攻略するチャンスは逃してはならない。


「も、もちろん、私のようなもので良ければ…」


 リーナは意識して薄幸の美少女然とした笑みを浮かべ、ロゼリアの後をついて歩いた。


 それにしても、このままでは本当にライル・ガーナと話す手段がない。それどころか視界に入れることもままならない現状だ。

 ロゼリアについていればライルと話すこともあるはずと思ったが、あの従者がロゼリアに近づく様子は今のところ全く見られない。

 もちろん同じ邸に住んでいるから登下校の馬車は一緒のようだが、それ以外は口もきかないのだ。


「意外と不仲なのかしら」

「え? リーナさん何かおっしゃいました?」

「い、いえ……!」


 思わず口に出していたらしく、リーナは慌てて口元を隠した。

 いや、昨日ロゼリアはあの従者のことを弟のように思っていると言っていた。

 単にライル・ガーナが主従関係や身分差を弁えて学園内では近づかないようにしているのかもしれない。


「来たか」


 学園の中でも景色がよく、多くの学生が集まる温室のテラス席の一角で、王太子とその側近であるウィルシュ・ザッカスが待っていた。

 王太子に集まっていた周りの視線が、新たに登場したロゼリアに集まり、周囲からほうとため息がこぼれる。

 お似合いね、美男美女だわ、という権力者への媚びたような賛辞がひどく耳障りに感じて、リーナは内心舌打ちをした。


「王太子様、お待たせいたしました。リーナ嬢にもご一緒していただいたんです」

「そうか。私は二人でもいいんだがな」


 は?


 聞き捨てならない言葉に、思わずリーナは目を丸くして王太子を凝視した。王太子は無表情なままだが、耳元が少しだけ赤く染まっている。


「いえ、そんな。私などと二人になっても、私は殿下に楽しい話など何ひとつできませんわ」


 ロゼリアは王太子の態度と意図に気づいているのかいないのか、にこにこと笑いながら穏やかに話している。


「そ、そんなことはない……。それなら、私が何か楽しい話を用意しておこう」


 ますます赤くなりながら言葉を紡ぐ王太子に、リーナは目眩がしそうだった。

 どう考えてもシナリオが崩壊している。それも最悪な方向で。

 王太子が悪役令嬢に恋をしているなんて、それではヒロインは何のために存在しているというのか。


 このまま行けば、ロゼリアは断罪されず王太子妃。

 リーナは王宮で働けるだけの平民上がり貴族となってしまう。


 そこまで考えて、リーナはようやく思い出した。

 そうだ、私にはまだ彼らがいる、と。


 小説でリーナをロゼリアから救い、断罪したのは王太子だけではない。


 騎士団長の息子であるジェイド・ラックバック。

 そして今この隣にいる男──将来の宰相、ウィルシュ・ザッカス。


 彼らは小説において、ヒロインであるリーナに恋心を抱いていながら、彼女の未来のためにとその思いに蓋をし、王太子とリーナのために奔走した。


 しかし現状では、悪役令嬢が改心し王太子がロゼリアに恋をしている。

 なら、リーナはジェイドかウィルシュのどちらかとくっつけばいいではないか。

 王太子と結婚するつもりしかなかったので全く考えていなかったが、よく考えれば二人とも未来の騎士団長、未来の宰相と将来性も地位もばっちりだ。王太子には劣るが見目もいい。


 ふと視線を感じて顔を上げると、ウィルシュ・ザッカスがリーナを見てふわりと微笑んだ。

 その微笑みが間違いなく自分への好意のためのものだと感じて、リーナは内心で大きく頷いた。


 間違いない。このルートで行こう。


 しかしどちらかというとリーナの好みはジェイドの方だ。

 彼は王太子の乳母兄弟であるウィルシュと違い、王太子と元々仲が良いわけではなく、ロゼリアの悪事を暴き証拠を集める過程で仲良くなる展開だったので、今ここにいないのは道理だろう。


 教室に戻ったら早速彼に話しかけてみようと、リーナは他愛もない話に相槌を打ち続け、昼食を終えた。

 無表情ながらもロゼリアに向けられる王太子の熱烈な視線については、もはやどうでも良くなっていた。




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