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従者は面倒臭さに拍車がかかる ※ライル視点




「先程は素晴らしい手腕でした」


 ホームルームが終わり、帰宅の馬車の中。

 窓の外を見つめながらお嬢様に声を掛けるものの、その声が明らかにそっけないのは自分でも気がついていた。


「え……絶対にそう思ってないよね……?」

「思ってますよ」


 それは事実だ。お嬢様は事前に決めた計画をこの短時間で全て遂行した。

 王太子とリーナ嬢に面識もできたし、お嬢様とリーナ嬢が今後仲良くしていれば、ますます接点は増えるだろう。

 王太子がリーナ嬢に一目惚れしなかったのは、まあ予想通りだ。問題はそこではない。


『ライルとは幼い頃から一緒に過ごしていますし、特別なんです。あ、その、弟のように思っていて』

『ああ、彼は私たちの二つ下だったな』


 お嬢様の口から出た「弟」という言葉を聞いた瞬間、鉛を飲み込んだような感覚がした。

 ずっと、長年囚われてきた呪いの言葉。


 弟みたいに思われているから優しくされる。特別扱いされる。近い距離でも許される。


 それはひどく幸せで、それ以上に辛いことだった。

 お嬢様から異性として好きと言ってもらえて、恋人になってからは忘れていたその痛みが、お嬢様のその一言で蘇った。


 僕との仲を疑っていた王太子が、「弟」という言葉であっさりと納得したこともやるせなかった。

 十代半ばの二歳差は大きい。特に女性が年上の場合は恋愛対象として見てもらえない。

 そんな当たり前の現実を突きつけられたような気がした。


 本当にお嬢様は僕を恋愛感情で好きなのだろうか。


 家族愛や親愛の延長を錯覚しているのではないだろうか。


 男嫌いのお嬢様が唯一、虚像を被った僕だけは大丈夫だったから、それが恋だと勘違いしたんじゃないだろうか。


 そしていつか、本当に好きになる男が現れて、お嬢様は僕から離れていくのではないだろうか。


 ずっと心の奥底に閉じ込めてきた不安が一気に押し寄せて、僕は唇を噛んだ。


「ライル! 血が……」


 お嬢様の声ではっとする。無意識に強く噛みすぎていたらしい。

 ハンカチを当てようとするお嬢様を制して笑みを作った。


「大丈夫です。汚れますよ」


 自分のものを取り出して拭うと、思ったより出血量が多かったらしく、ハンカチの角が鮮血で染まり、思わず顔をしかめる。


「ライル、どうしたの? 何かあったよね……?」

「……言っても仕方がないことなので」

「そんなの言ってみないと分からないでしょ! どんなことでもいいから、私もライルの力になりたい。お願い……!」

「……では」


 お嬢様をじっと見つめると、僕のただならぬ様子に不安を感じていたのか、瞳が微かに潤んでいるのが分かった。


「もう二度と僕のことを弟だなんて言わないでください。他の誰にそう思われても気にしませんが、あなたにだけはそう思われたくないんです」


 本心を告げると、お嬢様は一瞬ぽかんとした表情をした。

 

「ご、ごめんなさい……! 私、ライルがどう思うかまで考えが及ばなくて……。もう二度と言わないようにする!」


 慌てたように話し出すお嬢様の頬は、俯いていても分かるほどに赤く染まっている。

 少し微笑ましい気持ちでそれを見ていると、不意にお嬢様が顔を上げ、潤んだ瞳と目が合った。


「それに……、ライルのこと弟なんて、私、本当は一回も思ったことないからね?」


 恥ずかしそうに、それでも必死に目を合わせながら伝えるお嬢様はひどく可愛い。


 先程まで吹き荒れる嵐のようだった心情が、お嬢様のこんな一言で一瞬で凪いでしまうのだから不思議だ。

 あまりの気持ちの変わりように我ながら呆れる。


 お嬢様に関してだけ、異常に情緒不安定になることは自分でも分かっている。

 しかも隠そうと思えばなんでもない態度をとることもできるはずなのに、隠さずそのまま気持ちをぶつけてしまうのは、やはりお嬢様への甘えなのだろうか。


 自分の幼稚さに思わず笑みをこぼすと、何を勘違いしたのか、それを見たお嬢様がほっとしたような笑みを見せた。

 そんな頓珍漢ない様子もかわいい。


「…そういえば、お嬢様。リーナ嬢ですが、どう思いましたか?」


 少し冷静になり、先程の様子を振り返る。

 小説の主人公で可愛らしく心優しいという彼女だが、僕は違う印象を持っていた。


「とても良い子だったよ。周りは貴族ばかりだし、本当に大変そうだった。王太子とうまくいくといいんだけど」

「…そうですか」


 お嬢様と話すリーナ嬢を見て、ほんのわずかに感じた違和感。

 彼女は見た目の通りではないと直感で感じた。

 同族嫌悪というものかもしれない。


 しかし今はまだお嬢様に伝えられない。お嬢様は態度に出やすいから、もうしばらくは様子を見るべきだろう。


 そしてウィルシュ・ザッカス。

 今回のお嬢様との会話を見ていて、僕は彼の意外な利用価値を見出していた。


 彼とは利害が一致する可能性が高いのだ。


 おそらくザッカスは宰相を目指す上で、今のお嬢様との関係に頭を悩ませているだろう。

 そしてお嬢様の態度から、簡単に状況が改善しないことも分かっているはずだ。


 かといって、同じ宰相候補になるだろう僕の地位を上げるようなことはしたくない。

 お嬢様が僕を家族同然に思っていると考えているならなおさらだ。

 未来の王太子妃は僕を宰相に推すのではないかと危惧しているに違いない。


 つまり、ザッカスにとってお嬢様が王太子妃になるのは都合が悪い。

 もしお嬢様以外の誰かが王太子妃になる可能性があるのなら、喜んで手を貸すだろう。


 王太子の乳兄弟ということもあり、それなりに信用もある。

 意外と利用できるかもしれない、というのが今日の所見だった。


「では、お嬢様。明日も引き続きリーナ嬢と仲を深めてください。僕はザッカスの方にちょっかいを出してみます」

「分かった」


 頷きながらもお嬢様の表情は暗い。どうしたのかと問えば、ザッカスと接近して、また僕が傷つけられないか心配らしい。


「……お嬢様。ザッカスに何の後ろ盾もない平民と罵られたときより、お嬢様に弟と言われた方が百倍傷つきましたよ?」


 にやりと笑顔を向けると、お嬢様は途端に申し訳なさそうな表情になった。

 本当に素直でかわいい。


 まあでも実際本当のことだからと、僕は反省するお嬢様の姿を充分に堪能した。






ストックが尽きてしまったので、しばらく2日に1度の更新となります…!




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