二人の出会いは演出とともに
リガシュタイン学園の入学式典はつつがなく行われ、私はライルの最高に尊い制服姿を存分に堪能した。
ライルの色素の薄い髪色と瞳に、おしゃれなデザインの茶色の制服がよく似合う。今日は髪を少し高めに結っていて、歩くたびに髪が揺れて綺麗な光を反射する。天使だ。
そしてこれから教室に戻り、最初のホームルームがある。
ライルと同級生で、同じ教室で机に向かうというのが、何とも不思議ではあるけれどとても嬉しい。
「お嬢様、では計画通りに」
教室に向かう途中、ライルは私にしか聞こえない声でそれだけ言うと、先に教室に入った。私も心の中で頷く。
そう、最初が肝心。今日は大事な計画があるのだ。
こほんと咳払いして、侯爵令嬢に相応しい佇まいと話し方を意識する。
「リーナさん、ごきげんよう。初めまして、ロゼリア・リディウスと申します」
講堂から移動してきた直後の、先生もおらずざわめく教室を縫うように進み声をかけると、彼女──ヒロインであるリーナ・メイビスは驚いたように顔を上げた。
「ご、ごきげんよう。なぜ、私のような者の名前をご存知なのですか……?」
「私の従者であるライル・ガーナも、貴方と同じ一般公募選抜での入学者なのです。だから、親近感があって」
にこりと微笑むと、「そうなのですね」と彼女もほっとしたような表情をした。よし、とりあえずそこまで警戒はされていないようだ。
今日の計画は、私がリーナと仲良くなって、王太子と引き合わせるという単純かつ効果的なものだ。
私は名目上は王太子の婚約者だし、リーナと仲良くなってしまいさえすれば、堂々とリーナと一緒に王太子に近づくことができる。
ライルの心配のしすぎだとは思うが、ライルは本気で王太子が私に一目惚れしたと思っているらしく、王太子をリーナ嬢と合わせるならなるべく早期にということでこの計画を立てた。
王太子がリーナ嬢に興味を示さない場合はまた作戦を変更するとのことだ。もちろんそんな場合があるはずないと私は思う。
「私の他にももう一人、一般公募試験を受ける人がいるというのは聞いていたんです。でも、試験日も違ったのか、挨拶もできなくて。今日もその人を探していたんですけど、名前も分からないし……。でも私とその方以外には平民はいないし、もう、不安で」
本当に心細かったのだろう、リーナはどんどんと不安を吐露した。
確かに平民として市井で生きてきたなら、貴族と接することはほとんどないはずだ。知り合いもいない場所で、一人で不安だったに違いない。
いつの間にか本気でリーナの力になりたいと思ってしまった私は、不安そうなリーナの手を取り、心からの笑みを浮かべた。
「もし分からないことがあればなんでも私に聞いてください。力になれるように頑張ります」
「ほう、未来の王妃は本当に身分で人を卑下したり蔑んだりすることはしないようだな。この間の一件が納得できる」
「えっ?」
聞いたことのある声に振り返ると、王太子が会った時と同じ無表情で立っていた。
その側に、あの失礼な側近もばつが悪そうな顔をして控えている。
「その、リディウス侯爵令嬢。先日は本当にすみませんでした」
「……謝る相手は、私ではないのでは」
側近の彼が視線を彷徨わせながら謝罪するのを見つめながら、冷静に返す。
この後に及んでライルではなく私に謝るとはどういう了見なのかと、思わず苛立ちを覚えた。
「え、えっと……ロゼリア様は、未来の王妃様なのですか?」
おずおずとリーナに話しかけられて、側近の彼に注意を奪われていた私は、この場にリーナと王太子が揃っていることにようやく気づいた。
王太子に話しかけるのはもう少しリーナと仲良くなってからと思っていたのに、突然こんなチャンスが来るとは。この機会を逃す手はない。
「ええ、つい半年前に勝手に婚約が決まったばかりで、私も王太子様もお互いが望んでのことではないのですが、現状においては王太子様の婚約者で……あっでも大丈夫です、もっと相応しい方が現れれば、私はいつでも辞退する用意ができていますので!」
とりあえず王太子自身と王太子妃という立場に全く興味がないことと、リーナたちを応援する意思を見せる。私の王都追放を左右するかもしれないのだ、ここはきちんと言っておかなければ。
「王太子様、こちら一般公募試験で入学したリーナ・メイビスさんです。一般公募試験はとても難しかったと聞きました、きっとすごく勉強されたのですよね? 素晴らしいです!」
そして王太子にリーナを紹介することも忘れない。ちらりと王太子の表情を確認すると先程と同じ無表情だったが、なぜか憮然としているように見え、私は眉根を寄せた。
あれ。おかしい。リーナに一目惚れしている感じではない。
王太子の視線はリーナではなく確実に私の方を向いていて、その端正な顔には不快という文字がありありと見えた。
「……ロゼリア嬢、君は私との婚約をいつでも辞退する準備ができていると? 私が嫌なのか? 先日まで呼び出しに応じなかったのもそのためか?」
苦々しく問う王太子に、ああそうか、と思い当たる。
こんな教室で、王太子に興味はないなんて言われたら彼の沽券に関わる。そこまで直接的に言ったつもりはないけれど、王太子の気分を害すには十分だったのだろう。
「申し訳ありません、そうではないのです。私は少し、その……男性に苦手意識がありまして、急な婚約に心がついていけなかったためなのです。決して王太子様が嫌などということはございません」
とにかく私のせいでリーナの方に目がいかないのは困る。
なんとか怒りを納めてもらおうと必死で言葉を紡ぐと、王太子の纏う雰囲気が少し和らいだ気がした。
「……そうか。だが、あのライルという従者には随分距離が近かったように思うが。あの従者も男だろう」
「ライルとは幼い頃から一緒に過ごしていますし、特別なんです。あ、その、弟のように思っていて」
「ああ、彼は私たちの二つ下だったな」
王太子は納得したように頷くと、ようやくリーナの方を向いた。
ライルの名前が出たのは予想外で、思わず本音が出て特別なんて言ってしまったけれど、弟という免罪符ワードのおかげで助かった。これからもライルとの仲が疑われた場合にはこのワードを使わせてもらおう。
「リーナ嬢、この国の第一王子であるレンドリアス・フォン・マグノリアだ。このように民が、特に君のような女性がこの学園に入学し地位を得ることを嬉しく思う。今後も身分や性別に関わらず、才能あるものが就くべき役職に就くことができる、そんな世の中の先駆けとなるだろう。無事卒業し、民のために力を尽くすことを楽しみにしている」
「あっ、はっ、はい! お、王太子様とは知らず、挨拶もせず申し訳ありません。リーナ・メイビスです、精一杯頑張ります」
「ああ」
おお、これはなかなかいい感じなのでは。
早速のミッション達成に少し誇らしい気持ちになった私は、さりげなくライルの方を見る。
ライルは少し離れた窓際の席に座ってこちらを見ていたが、目が合うとにこりと微笑んだ。しかしその目は全く笑っていないばかりか、王太子の比ではないほどのドス黒いオーラが全身から出ている。
え? なんであんなに怒ってるの?
確かに私はうまくやったはずだ。王太子とリーナを応援する姿勢を二人に見せたし、二人をそれぞれ紹介して現在仲良く会話もできている。
先生が教室に入ってくるまで、私はヒロインと王太子の会話の仲立ちを続けながら、理由の分からないライルの冷徹な視線をひたすら受け続けたのだった。




