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うちの従者はかなり手強い

 



 前世を思い出した夜から丸一日が経った。


 ライルに女の子として意識してもらうと言っても、何をしていいか全く分からない私は、混乱を極めたまま日中を過ごしている。

 ロゼリアとしての十五年間があるせいか、小説の内容含め前世の記憶はあまりにも朧げだが、この体たらくでは恋愛経験皆無だったことだけは想像に難くない。


 当然、私とライルの距離は全く縮まっておらず、今日も至って良好なただの主従関係が続いている。

 今も私室で二人きり、ライルが淹れてくれた紅茶を楽しんでいるが、会話らしい会話はほぼない。


「ライル。いつもありがとう。ライルが淹れてくれた紅茶、大好き」


 なんとか距離を縮ませたくて口を開いても、当たり障りのない感謝の言葉しか出てこない自分に辟易する。

 本心だけど、そうではないのだ。主人としてではなく、女の子として意識して欲しいのに。

 まして紅茶に告白などしている場合ではない。


 そして突然こんな訳の分からないことを言われても、ありがとうございますと優しく微笑んでくれるライルに、逆に私が癒されてしまう始末だ。せめて癒し料を上乗せした給料を支払いたい。


 とりあえず私のアピールポイントを考えてみると、まずは間違いなくこの容姿だ。

 前世時代、この小説の挿絵を見て、ロゼリアめっちゃ可愛い!と思ったのを覚えている。


 艶やかな濃茶の髪は長く、腰まであって、毛先は緩くカーブを描いている。

 間違いなく年齢よりも童顔で、大きな眼に蠱惑的な濃いピンク色の瞳。鼻は小さくツンと尖っていて、さくらんぼ色のぷるぷるとした唇に小さな顎。

 手足や腰は折れそうなほどに細い華奢な体躯なのに、胸元だけは一人前というか、それ以上に豊かに成長していて、アンバランスな美しさが魅力だと思う。


 確か小説では、この容姿を利用して数多の男性を籠絡し、ヒロインのいじめに加担させていた。

 しかし容姿を利用するとは、具体的にどうするのだろう。本家ロゼリアに教えを乞いたいくらいである。


「あの……変なことを聞いてもいい? ライルは、どんな女性が好きなの? 好みとかある?」


 そう言えば、そもそもライルの好みを把握していないことに気づき尋ねてみた。

 いくら容姿が整っていても、ライルの好みに合っていなければ意味がない。


「好みですか?」


 ライルはきょとんと首を傾げたあと、にっこりと天使の笑みで言った。


「もちろん、お嬢様のような方が好きです」

「え……あ、ありがとう」


 そうじゃない。そうじゃないのだ。

 従者として満点の回答かもしれないけど、今は従者としての模範回答ではなく、本音が聞きたいのだ。

 十五歳の今なら、なんとか今後の努力次第でライルの好みに修正できる可能性がある。


「あの、今は二人きりだし、本当のことを言っていいよ。主従とか、関係なく……」

「本当にそう思っています。お嬢様が一番好きです」


 当然、というように全く動揺せずに言い切るライルに、どうしようもなく嬉しく思う反面、やはり私と同じ好きではないのだと思い知らされる。


 だって本当に好きなら、顔色一つ変えず言える台詞じゃないのだから。



 というかそもそも、ライルって恋とか愛とか知っているのだろうか?

 見た目も中身も天使だし、博愛精神と家族愛しか持っていないのかも。

 十三歳という年齢を考えると、初恋もまだだったとしてもおかしくない。


「ライルは、恋をしたことはある?」


 使用人に好みのタイプや過去の恋愛について尋ねるなんて、完全にパワハラでありセクハラだけど、子供の戯れとして許してほしい。

 この世界に前世で言う労働局があったら、相談コーナーに電話されているかもしれないと思いながら、遠慮がちに目を上げてライルの顔を見る。天使は手に顎を乗せて考える表情をしていた。


「……失礼ですが、恋とはどんなものかお聞きしてもいいでしょうか?」


 やはり天使は恋愛未経験だった。

 なにせ幼少期から従者教育を受け、十一歳の時から侯爵家の従者として、十三歳からは私の専属従者として働いているのだ。


 ちなみに、侯爵家令嬢ともなれば、通常従者は複数名いるのが当然なのだが、ライルは一人でほぼ全ての業務をこなしてしまうので、私の従者はライルと専属侍女のマキアの二名だけだ。

 ライルの優秀さは家令マリウスのお墨付きであり、私の専属となることもお父様が直々に命じたと聞いている。ライルすごい。


 ライルの雇用当初、お父様は従者というより友達のつもりで私の世話係として付けてくれたようだが、ライルは優秀すぎて初めから従者としての態度を完璧に崩さず、友達になる隙もなかった。


 それにしても、これでは恋愛などできなくて当たり前だ。十一歳から子供を働かせ、私の専属であるせいで休日も週に一度しかないのだ。

 その休日もなぜかライルは私の世話をしていることが多い。私が休んでと言っても、気づけば視界の端にいるのである。

 完全毎日出勤。ブラックすぎる。


「……ごめんね、ライル」

「? なぜお嬢様が謝るのですか?」


 ライルに普通の子供としての幸せを経験してほしいと思いつつ、ライルがいなくなってしまうのは嫌なので、謝罪するだけに留めておく。

 我儘なお嬢様で申し訳ない。これでも本家のロゼリアよりはだいぶ大人しいから許してほしい。


「お嬢様は恋をしたことがあるのですか?」


 何とかライルの休みを週二日にできないかと考えていると、本人から爆弾のような質問が降ってきて、飲んでいた紅茶を吹きそうになる。


 現在進行形であなたに恋をしています、と言いたいけど、言えない。

 少なくとも王太子と婚約解消するまでは言えない。早く、早く学園に行かなければ。


「……すみません、お嬢様はもう婚約していらっしゃいましたね。無礼な質問をお許しください」

「ううん大丈夫、あ、ちなみに王太子のことはミジンコほども興味ないからね」


 急に黙り込んだ私に、ライルは何を勘違いしたのか王太子のことを持ち出したので、即座に断りを入れる。うっかり様をつけ忘れてしまったけど気にしない。

 ライルに好きと言えない上に、ライル以外に興味を持っているなんて思われたら生きていけない。


「……でも、お嬢様はいずれ王太子妃となって王宮に行かれるのですよね」


 ライルの表情がかげる。

 確かに、王太子妃として王宮へ上がれば、このやしきに戻ってくることはできない。

 王宮に、私付きの従者として専属侍女マキアを連れて行くことはできても、男性であるライルは連れていけない。

 王宮に行ったら、私はライルと二度と会うことができないかもしれない。


 ──本当に、婚約解消になる未来に感謝してもしきれない。ヒロイン様様である。


「大丈夫、私はこの婚約はなくなると思ってるの。王太子様にはもっと相応しい方が他にいるから」


 詳しくは言えないけど、このくらいなら言ってもいいだろう。

 しかしライルはまだ不安なようで、表情の翳りが消えることはなかった。




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